アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

哲学・思想・心理

岩波新書の書評(304)大平健「やさしさの精神病理」

岩波新書の赤、大平健「やさしさの精神病理」(1995年)のおおまかな話はこうだ。著者によると「やさしさ」というものには2種類ある。一つは人の心に寄り添い共感するタイプのやさしさである。もう一つは人の心を傷つけまいと相手と距離をとるやさしさだ。…

岩波新書の書評(303)佐々木毅「近代政治思想の誕生」

岩波新書の黄、佐々木毅「近代政治思想の誕生」(1981年)が昔から好きだ。本書は何度読んでも面白い。本新書の副題は「16世紀における『政治』」である。末語の「政治」がカッコ付けになっているのは、「本書は16世紀の近代政治思想を扱い論じてはいるが、…

岩波新書の書評(297)柄谷行人「世界史の実験」

文芸批評家の柄谷行人の岩波新書での仕事は「世界共和国へ」(2006年)と「憲法の無意識」(2016年)と「世界史の実験」(2019年)の3冊がある。最初の「世界共和国へ」は岩波新書の1001点目に当たり、岩波新書は本書から装丁がリニューアルされた。もとも…

岩波新書の書評(295)松村一人「弁証法とはどういうものか」

マルクスの著作ないしはその思想を読む際には、さまざまな読み方があるに違いない。マルクス「資本論」(1867年)に関して、マルクスの資本主義批判を好意的に理解し読み込もうとする共産主義者でも、またマルクスを批判し躍起になって否定しようとする反共…

岩波新書の書評(294)中村雄二郎「哲学の現在」

岩波新書は赤版、青版、黄版、新赤版とこれまでに4度カラーを変えている。青版を衣替えしての黄版の出発は1977年であった。新装黄版の発刊にあたり、岩波新書編集部は「岩波新書新版の発足に際して」の各冊巻末に収められる文章にて「戦後はすでに終焉を見…

岩波新書の書評(293)宮城音弥「性格」

岩波新書の青、宮城音弥「性格」(1960年)は、紙面にて著者の宮城が自ら言うように本新書は「性格学概論」ともいうべき内容である。著者は心理学における性格の研究を踏まえて、性格学にての各種の性格類型を紹介し、その概要を解説する形で本論は進む。例…

岩波新書の書評(278)内田義彦「社会認識の歩み」

岩波新書の青、内田義彦「社会認識の歩み」(1971年)はマキャヴェリ、ホッブズ、スミス、ルソーら先人たちの「社会認識」のあり様を読み解くことを通して、社会科学における「社会認識の歩み」を歴史的に概観しようとするものだ。その際、著者の内田義彦は…

岩波新書の書評(275)務台理作「現代のヒューマニズム」

東映実録のヤクザ映画「仁義なき戦い・代理戦争」(1973年)にて、菅原文太が「仁義のない」ヘタレ極道の室田日出男の親分裏切りの寝返りに激怒し、「おどりゃア男らしくせい!親分がおらんでも最後まで戦うのが極道じゃないんか」と啖呵(たんか)を切る場…

岩波新書の書評(274)佐藤金三郎「マルクス遺稿物語」

マルクス「資本論」(1867年)に間する書籍といえば、「資本論」精読とか「資本論」を介したマルクス主義入門的なものが昔から多くあるが、岩波新書の赤、佐藤金三郎「マルクス遺稿物語」(1989年)はそれら書籍とは少し勝手が違っている。本書はマルクス「…

岩波新書の書評(265)稲垣良典「現代カトリシズムの思想」

近年(2017年)、岩波新書の青、稲垣良典「現代カトリシズムの思想」(1971年)が復刊されていたので先日、読んでみた。岩波新書編集部による本新書の公式紹介文は以下だ。「社会があらゆる面で大きな転換期を迎えた時代において、カトリック思想は何を思考…

岩波新書の書評(261)見田宗介「社会学入門」

岩波新書の赤、見田宗介「社会学入門」(2006年)は他の方の書評にてよく評されるように、タイトル通りの理論的な「社会学入門」というよりは、その「社会学入門」のさらに一歩手前の初歩に位置する、これから社会学を学ぶ人へ向けて社会学の原初の心得を説…

岩波新書の書評(259)鹿野政直「岩波新書の歴史」

岩波新書の赤、鹿野政直「岩波新書の歴史」(2006年)は、同赤版の岩波書店編集部「岩波新書をよむ」(1998年)の続編に位置するような新書だ。前書「岩波新書をよむ」では1998年までの総目録掲載で中断していたものが、本書「岩波新書の歴史」では「付・総…

岩波新書の書評(253)馬場紀寿「初期仏教」

紀元前5世紀前後に北インドにてガウタマ=シッダルタ(仏陀、ブッダ)によりおこされた仏教にて、後の各地域への伝播に伴う仏教そのもの(思想や教団)の変容を踏まえ、開祖たるブッダの教えに比較的忠実な正統(オリジナル)なブッダから直の古い仏教を「原…

岩波新書の書評(253)馬場紀寿「初期仏教」

紀元前5世紀前後に北インドにてガウタマ=シッダルタ(仏陀、ブッダ)によりおこされた仏教にて、後の各地域への伝播に伴う仏教そのもの(思想や教団)の変容を踏まえ、開祖たるブッダの教えに比較的忠実な正統(オリジナル)なブッダから直の古い仏教を「原…

岩波新書の書評(250)田中浩「ホッブズ」

イギリスの哲学者・政治学者であり、経験論と唯物論に基づき社会契約論(より正確には統治契約論)を展開して「リヴァイアサン」(1651年)を著したトマス・ホッブズ(1588─1679年)は、ピューリタン革命の時代に活動した。父親が牧師であったホッブズは英国…

岩波新書の書評(248)今井むつみ「ことばと思考」

私は一時期、哲学の認識論や認知心理学の書籍をよく読んでいたことがあった。自分の外部にある物事や他者の対象世界を雑多に知るよりは、自分が物事を認識して理解する自己内の認知の原理的な構造(機制)を知ることの方が自身にとってより本質的で優先の事…

岩波新書の書評(247)沢田允茂「現代論理学入門」

昨今、「論理的であること」が異常に持てはやされ論理的思考(ロジカルシンキング)流行りである。「論理的」でありさえすれば自身の中で理路整然とした思考ができて聡明になり、他者に対しても有利に説得交渉できるとするような「論理」に関する異常なほど…

岩波新書の書評(246)宮城音弥「超能力の世界」

岩波新書の黄、宮城音弥「超能力の世界」(1985年)の概要はこうだ。「物理的な力を加えずに物体を動かしたり曲げたりする超能力とか念力とかいわれるもの、またテレパシーや透視、未来の予知などが、よく人びとの口にのぼる。これらの超能力現象については…

岩波新書の書評(237)ビュァリ「思想の自由の歴史」

今どき教養主義というのも流行らないが、改めて「教養とは何か」を定義するとすれば以下のようになろうか。「教養とは、独立した人間が持っているべきと考えられる一定レベルの様々な分野にわたる知識や常識と、古典文学や芸術など質の高い文化に対する幅広…

岩波新書の書評(222)神谷美恵子「生きがいについて」

(今回は、神谷美恵子「生きがいについて」の書評を「岩波新書の書評」ブログではあるが、例外的に載せます。念のため、神谷「生きがいについて」は岩波新書には入っていません。)みすず書房「神谷美恵子著作集」全10巻にての、神谷美恵子の公式紹介文は次…

岩波新書の書評(221)市井三郎「歴史の進歩とはなにか」

岩波新書の青、市井三郎「歴史の進歩とはなにか」(1971年)の大まかな話はこうだ。人間にとっての「歴史の進歩とはなにか」形式的な理屈をいえば、「進歩」とは時間と共に変わる変わり方が価値的によい方向へと向かうことである。ところが、本書にも書かれ…

岩波新書の書評(219)山本光雄「アリストテレス」

西洋哲学史にてプラトンとアリストテレスは、哲学思考の原型をなす二大潮流と言える。プラトンは万物の多様な表層を捨象して原理を見透かし、あぶり出す抽出能力の世界の単純原理化に卓越した哲学者であった。かたやアリストテレスは万物の表層を保持し物事…

岩波新書の書評(217)山我哲雄「キリスト教入門」

岩波ジュニア新書は10代の中高生向けに書かれた岩波新書のジュヴナイル(少年少女向け読み物)であるが、そうしたティーンエイジャーが読むライトな読み物と思って軽い気持ちで読んでいると、文章表現は易しいけれど内容が思いの外、本格的であり高度で「も…

岩波新書の書評(209)カー「歴史とは何か」

岩波新書の青、カー「歴史とは何か」(1962年)は有名な古典の名著で、岩波新書の創刊節目の読者アンケートにていつも上位にランクインする新書であるし、特に大学生には昔から必ず読むように勧められる定番の推薦書だ。カーの「歴史とは何か」についての書…

岩波新書の書評(201)小田実「『民』の論理『軍』の論理」

岩波新書の黄、小田実「『民』の論理『軍の』論理」(1978年)は、「民の論理の基本の態度」たる、過去の悲惨(広島・長崎への原爆投下やベトナム戦争など)に学んで非人間的なやり方ではなく人間的やり方で問題を解くことと、問題をできるだけ人々全体に行…

岩波新書の書評(200)木田元「現象学」

岩波新書の青、木田元(きだ・げん)「現象学」(1970年)は広く読まれている有名な名著ではあるが、本書に対し「タイトルに偽(いつわ)りあり」という思いが、昔は私は拭(ぬぐ)えなかった。本新書のタイトルは「現象学」であるけれど、書籍の全体で現象…

岩波新書の書評(199)滝浦静雄「時間」

西洋哲学史において、存在論と認識論とは昔から主な理論支柱をなしてきた。そもそも「事物や世界が存在するとは、どういうことなのか」その意味を突き詰めると、人間主体の外部に分離独立して事物が先天的に存在している素朴実在論ではなくて、物事が存在す…

岩波新書の書評(198)栗原康「アナキズム」

2018年11月に創刊80周年の節目を刻んだ岩波新書にて、同年同月に配本された新赤版の栗原康「アナキズム」(2018年)は、岩波新書の長い歴史の中で相当に新奇な新書であり、後々まで「異色の岩波新書」として折に触れ話題になるに違いない。何はともあれ、ま…

岩波新書の書評(196)権左武志「ヘーゲルとその時代」

岩波新書の赤、権左武志(ごんざ・たけし)「ヘーゲルとその時代」(2013年)の書き出しはこうだ。「ある思想や哲学がその時代を支配する時、われわれの考え方を特定の溝へ流し込み、行動を一つの方向へ導く見えざる力、時には恐るべき力を発揮するものであ…

岩波新書の書評(189)岡本清一「自由の問題」

人間の自由について、「自由とは拘束の欠如」とよく言われる。しかし、そうした何ら拘束されず強制のないことを「自由」とするのは人間の本来的な自由ではない。加えて、そういった束縛や強制なく、常に自分のやりたいように自身の欲望の赴(おもむ)くまま…