アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(429)今井むつみ「英語独習法」

岩波新書の赤、今井むつみ「英語独習法」(2020年)だけを読むと気付かないかもしれないが、本新書は今井の旧著、同じ岩波新書の「ことばと思考」(2010年)と「学びとは何か」(2016年)の続編となっている。すなわち、「ことばと思考」と「学びとは何か」にて認知科学の観点から明らかにされた人間の「思考」や「学び」に関する原理的考察の成果を、今度は実際の日本人による第二言語習得であるところの英語学習に適用させて具体的に生かそうとする実践編として、この度の新著の「英語独習法」はあるのであった。

より詳細に言えば、認知科学専攻の今井むつみにおいて、「ことばと思考」にて展開された、言葉とは単なる伝達のための手段の道具と目されていた、かつて支配的であった、いわゆる「言語道具論」に対する批判に裏打ちさせて、言葉を元に言葉を使って人間は思考するのであり、言葉が人間の思考をかなりの所まで根拠づけ言葉によって人間の思考は相当に左右されて、ゆえに当然ながら異なる言語を話す日本人と外国人とでは認識や思考のあり方が違うのは、世界を切り取り発想したり認知したり判断したりする、そもそもの言語が相違するからといった人間の認知や思考に関する原理的解明。さらには「学びとは何か」にて指摘された、人が物事を「学ぶ」ということは、単なる知識の雑多な寄せ集めではなくて、言語知識の行間を補うために使う常識的な知識のフィルターである「スキーマ」に当てはめ人は有機的に知識を取り込んで記憶のネットワークを構築しており、さらには、そのような知識についての認知(知識についてのスキーマ)であるところの「エピステモロジー」に各人の「学び」の方向や質は決定付けられるとされる。こうした人間の「思考」や「学び」に関する原理的考察の成果を、今回は実践的に日本人の「英語学習(独習)法」に生かそうとするのである。

だから岩波新書「英語独習法」にて、「第1章・認知のしくみから学習法を見直そう」よりのはじめの四つの章は、「日本語と英語のスキーマのズレ」など認知科学による人間の「思考」や「学び」の仕組みを踏まえて、日本人にとっての英語学習の見直しや効果的な学習方法を述べる「英語独習法」についての概論的な解説となっている。この部分の記述はこれまでの「ことばと思考」「学びとは何か」の内容を踏まえたものであるが、今井むつみが多用する「スキーマ」らの術語に関する基礎的な一通りの説明は本書にもあるので、それら今井の旧著を未読であっても何ら問題はない。その上で次に「英語独習法」における具体的なツール(道具)使いの方法(「コーパスによる英語スキーマ探索法」など)や、日々の英語学習のポイント(「語彙を育てる熟読・熟見法」など)のアドバイスがあって、さらに最後に「探求実践篇」として語法・英文法の問題演習が付されている。本新書は、およそこのような構成になっている。

今井むつみ「英語独習法」を一読しての私の率直な感想は、「本書を熟読してこの通りに独習で英語を学んだとしても到底、英語がマスターできるようになるとは思えんな(笑)」。

これまでの今井むつみの岩波新書を連続して読んできて、私が危惧するのは、認知科学の観点から彼女により考察された人間の「思考」や「学び」について、それが読み手の各人に、認知科学の最新理論に厳密に裏付けられた合理的できわめて効果の出る自己啓発の勉強論とか学習法として読まれ使われる場合に、彼女の口ぶりを真似た「スキーマ」などの認知心理学の専門用語をただ振り回して、より合理的で効果的な学習法を追求の方法論にばかり終始し逃げて結果、本来の目的たる勉強を真面目にやらず、学習の成果が全く上がらない落とし穴にはまる心配だ。勉強法はどこまでいっても勉強をやる方法の「手段」なのであり、勉強そのものをやる本来の「目的」にはならない。  

なるほど、本新書の帯には「楽してではなく合理的に楽しみながら英語の達人になろう」とあり、本書「英語独習法」の目玉は、「英単語でも英熟語のイディオムでも、とにかく暗記しろ」とか「英文読解や英会話は習うより慣れよ。反復して繰り返せ」の英語上達への確固たる理論や合理的筋道なく、昔からの、ただ暗記や反復を奨励するだけの非合理な根性主義の英語学習法に対する批判である。だから、本新書の第1章より「認知のしくみから学習法を見直そう」の、従来型の英語学習法を見直すべき旨の著者からのアドバイスになっている。

しかし、英語を本気で習得して自分のものにするには、「認知科学の学術成果に裏打ちされた合理的で効果的な学習法」などアテにせず、時に無心に愚直に自分が消耗する程までに苦労して長い時間をかけて長期の学習計画にて勉強してもよいのではないか。特に英語をこれから本格的に学んでマスターしようとする人には、10代の学生ら若い人が多いのだから、人は若い時分は長い時間を費やし向こう見ずな努力の苦労を重ねるのもよいのではないか。

泳ぎを覚えたいなら正しいフォームや効果的な息継ぎのやり方の方法理論以前に、とにかくまず水の中に飛び込め。苦しくて沈まないよう、もがいている内に泳げるようになるよ。勉強でもスポーツでも仕事でも何でも「最初から失敗しないように上手くやろう」「工夫して合理的な努力で最大の成果を上げるようにしよう」など事前にあれこれ考えず、まずは素直な気持ちで無心にやってみることではないか。

1970年代生まれで、80年代に高校時代を過ごし大学受験英語を学んだ私らの世代では、英語独習の英文読解には駿台予備学校・英語科の伊藤和夫「英文解釈教室」(1977年)が定番の参考書で、当時は皆がやっていた。私も高校生の時は伊藤師の「英文解釈教室」の参考書を一生懸命にやって英語が読めるようになった。

岩波新書の赤、今井むつみ「英語独習法」に関しては、やはり「本書を熟読してこの通りに独習で英語を学んだとしても到底、英語がマスターできるようになるとは思えんな(笑)」。今井むつみの口ぶりを真似して認知科学の「スキーマ」とか言わずに、まっとうな苦労の正攻法で伊藤和夫「英文解釈教室」辺りの大学受験英語の参考書でもコツコツと地道に真面目にやった方が「英語独習法」の近道なのでは、と私には思える。