アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(434)今野真二「『広辞苑』をよむ」

「広辞苑(こうじえん)」は、日本語国語辞典である。もともとは戦前昭和より言語学者の新村出(しんむら・いずる)が国語辞典の執筆をやっていて、当初は博文館という出版社から「辞苑(じえん)」という書名の辞書を出していたが、戦後に今後の日本語文化を担う重要な一大出版事業と国語辞典編纂(へんさん)が目され、敗戦当時、比較的大手出版社であった岩波書店に従前の新村出の辞書作成の改訂作業が引き継がれた。その際、より幅広く多くの日本語を収録した新編集版の意味を込め、かつての「辞苑」に「広」の文字を頭に加えて「広辞苑」となったのであった。

「広辞苑」の初版は1955年、収録内容の改訂を後に重ね、現時点(2021年)での最新版は2018年発行の第七版となる。「広辞苑」は、基本の日用使いから高等な学術にも耐えうる硬派で真面目な日本語国語辞典であるが、時に時代の流行語や新造語や乱れた日本語の若者言葉も改訂の度に新たに収録したりするので、そうした時代の流行語や若者言葉が辞書に載り人々に驚かれてニュースとなったり、新語として「広辞苑」に掲載されると、その言葉の関係者や業界団体が喜んだりする社会現象も巻き起こした。

岩波新書の赤、今野真二「『広辞苑』をよむ」(2019年)は、そういった「広辞苑」の国語辞典をタイトル通り「よむ」という内容の新書である。著者は国語辞典の「広辞苑」は「バランスのとれた小宇宙」であるという。本書では、「広辞苑」の凡例(書物のはじめに掲げる、その書物の編集方針や利用のしかたなどに関する箇条書。例言)をじっくり読む、語源に遡(さかのぼ)って読む、同じ「広辞苑」でも旧版と新版における語釈の相違を読む、中型辞書である小学館「大辞泉」(1995年初版)と三省堂「大辞林」(1988年初版)と岩波書店「広辞苑」との読み比べ、さらには大型辞書の小学館「日本国語大辞典」全二十巻(1972年初版)と「広辞苑」の対照などが行われている。

通常、国語辞典は、ある文章を読んでいて自分が分からない言葉に出くわした際に辞書を開いて意味を調べる「困った時に辞書を引く」用途がほとんどだ。少なくとも私はそうである。書籍を読んでいて分からない言葉が出てきたら国語辞典を開いて意味を調べる。ところが本書は、最初から「広辞苑」の国語辞典を読んで、そこで様々な日本語の意味や用法に触れ、新たな発見をして日本語と共に「広辞苑」という国語辞典そのものを積極的に楽しむという趣向が新しく、そういった「国語辞典活用の新たな楽しみ方のすすめ」とでもいうべき所が本新書の目玉であり、ウリである。

「広辞苑」の活用や楽しみ方に関しては、例えばクロスワードパズルの問題作成者が本辞書を参考にしてクイズ作成したり、逆にクロスワードパズルを解く人が「広辞苑」を利用し解答を探したり、また「広辞苑」に掲載の、ある言葉の語釈本文をヒントで出して、何の語か見出し言葉を当てる「広辞苑クイズ」なる遊びも昨今ではあるらしい。

岩波新書の赤、今野真二「『広辞苑』をよむ」を一読して、私は「なるほど、こういう国語辞典の読み方、楽しみ方もあるな」の無難な軽い感想である。それよりも本新書に関しては、すでに同じ趣向の書籍が他社新書から以前に出されている。文藝春秋の文春新書、柳瀬尚紀「広辞苑を読む」(1999年)である。こちらの方が後出の岩波新書の今野真二「『広辞苑』をよむ」よりも数十年早く、しかも書籍タイトルが全く同じである(ただ題名表記が微妙に異なるのみだ)。「広辞苑」は岩波書店から出されているのに、自社出版の「広辞苑」に関する読み物企画の新書を他社新書に先に出されての後追いとは、「岩波新書編集部も下手(へた)を打ったな」の思いが本新書に対し正直、私はした。

「使いながら必要以上にいろいろなことを考える。しょっちゅう脱線。それが辞書を『よむ』ということだ。ことばを愛してやまない日本語学者が、真剣に、マニアックに、ときに遊び心たっぷりに、『広辞苑』をすみずみまでよむ!こんな辞書なのか。こんな使い方があるのか。え、辞書で遊ぶ? ようこそ、ことばの小宇宙へ」(表紙カバー裏解説)