アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(20)原武史「滝山コミューン 一九七四」(その1)

前回、岩波新書の赤、原武史「昭和天皇」(2008年)を取り上げたので、今回は岩波新書ではないが、同じく原武史の著作「滝山コミューン・一九七四」(2007年)について以前に書いた書評を2回に渡り例外的に「岩波新書の書評」ブログに載せます。念のため、原武史「滝山コミューン・一九七四」は岩波新書ではありません。

正直、読み返すと我ながら著書の原武史には大変に申し訳ないほどの人格毀損(きそん)な痛烈書評に結果的になっている。ただ書き手の原が、わざとなのか、それとも全くの無意識なのか私にはよく分かりかねるが、この「滝山コミューン」に関しては「半分が個人史、残りの半分が社会史」で、非常に自身の人柄や性格がにじみ出るような手法の記述にてあえて筆を進めていることも確かで、氏が自身の人柄や性格に乗せ割合無防備に書いているため本書を読む方も、その点に触れないわけにはいかない。到底看過などできないのである。

最初にこのように述べたところで、おそらく誰にも信じてもらえないと思うが(笑)、実は私は原武史ファンであり、自伝やエッセイ類はともかく、氏の一連の近代日本史研究、とくに近代の天皇制に関するもの、例えば「可視化された帝国」(2001年)は相当に屈指な名著だと思い、日々読み返しては陰ながら氏を尊敬している。そういったわけで「岩波新書の書評」の番外編、原武史「滝山コミューン・一九七四」に関する記事を2回に分けて以下再掲する。

先日のNHK教育「ハートをつなごう」の番組再放送で「脱・孤育てのススメ」をやっていた。内容は、子育てを家庭内のみで孤立してやるのではなく、地域の大人たちが協力して皆で育てるある地域の取り組みを紹介するもので、課外活動や野外教室(行事、レクリェーション、実験学習)を地域の大人たちが協力して精力的にやると自分の両親以外の大人と接し、ほめられたり時に叱られたりして自主性・積極性やコミュニケーション能力が育ち、子どもたちがイキイキしてくるというまさに「脱・孤育て」な内容であった。番組では司会者やコメンテーターら全員が、地域一体となってやる協力した子育てを肯定称賛するような流れであった。

しかし、このとき私は番組内の「野外学習や課外活動をふんだんに盛り込んだ地域の大人らによる自主学習・積極教育への取り組み」を観ながら、原武史の書いた「滝山コミューン・一九七四」を反射的に思い出していた。

場所は東京郊外の多摩地区にある滝山団地、時は1974年、「滝山コミューン」とは、著者いわく「国家権力からの自立と、児童を主権者とする民主的な学園の確立を目指した地域共同体」のことである。1974年の70年代前半は大学闘争の学生運動を現役でやっていた大学生が大学を卒業し、社会人として社会に出てくる頃で、滝山団地の子どもらが通う第七小学校にも大学を出たばかりの若い先生、片山先生が赴任してくる。日教組教育の理論的実践者である彼が指導する「滝山コミューン」とは「自由よりは平等、個人よりは集団を重んじるソビエト型教育」であり、「偶然にも同質的な滝山団地の環境と適合的であった」。ゆえに第七小では、そうした「滝山コミューン」の旧ソ連型の集団主義教育が学校全体を席巻する。もちろん、それは「団地環境との適合性」や「片山先生一人のごり押し」だけでなく、当時の第七小には20代の若い教員が比較的多くいたこと、以前の文部省の言うことを何でも聞く国に言いなりの立場の校長が退任し、学校自治や教員組合の活動を黙認する新しい校長になったこと、児童の増加で校舎が応急的なプレハブだったため、その改善要求を学校に突きつけるPTA組織の自治の力がもともと第七小学校では強かったことの複合的要因がある。

具体的には「学級集団づくり」で、児童を班に分けて班競争させて点数をつける。もちろん切磋琢磨の向上もあるが、かたや点数の低い「ボロ班」や「ビリ班」のあぶり出しをやる。学校行事や課外活動でも大人の教師ではなく、子どもたちが自治的に進める。選挙にて立候補・演説をやって児童らが主体的にアピールして、係を決めてルールやスケジュールを自分たちで作って活動する。集団を乱した児童に対し、皆で自己批判の反省を迫る「追求」の実践もある。学習も算数の「水道方式」に象徴されるような皆に分かりやすい教授法の授業展開で、脱落者を出さないようにする。だから、一部の出来る子どもだけを、さらに伸ばす能力別指導や中学受験を目標にした学習塾の詰め込み式教育には第七小全体で批判的である。また日教組だから当然、第七小では学校行事式典での日の丸掲揚・君が代斉唱には反対である。

著者の原武史少年は、「滝山コミューン」の中心学級の片山先生が担任の5組ではなく、日教組に入っていない教師が担任の3組の生徒で、端からみて5組の片山学級が引っ張る「ソビエト型集団主義教育」に違和を感じている。4年、5年のうちは他学級のことなのでそこまで気にしていなかったのだが、6年生になり課外活動の林間学校を経て5組の片山学級の生徒が児童委員会への組織的・積極的な立候補を行って、いよいよ5組が第七小全体の「中心学級」になっていく。やがて5組以外の他のクラスの生徒も、大いに片山学級の影響を受けるようになる。著者がいうところの「片山のもくろみは見事に成功し、…6年5組による絶対的支配が確立した。独裁体制の確立と言ってもよい」。そして著者の原少年は、学校全体が「滝山コミューン」化していくことに不快や嫌悪を募(つの)らせていく。

著者の原武史の不快や嫌悪というのは「滝山コミューン」におけるソビエト型の集団主義である。これは政治学で昔からよく指摘される逆説の陥穽(かんせい)であるが、「国家権力と対決する民主主義や自由主義を標榜する集団組織が、その闘争性ゆえに集団内部での引き締めで平等や規律が極度に重んじられ結果、個性や自由が排除され非常に風通しが悪くて重苦しい同質的な全体主義的集団になってしまう」現象がある。

本書を読むと原少年の小学校時代の回想を述べた後、必ずセットで日教組の研修プログラムやテキストや機関誌、学級づくり指導法の関連書籍よりの引用があり、そこから「当時の第七小学校の滝山コミューンは、かなり忠実に日教組による旧ソ連型の集団主義教育をやっていたのだな」と読み手に伝わる記述になっている。それで原少年は、そうした「滝山コミューン」の「自由や個性が認められない同質的な全体主義」に対し以下のような反感の怒りを持つ。おそらく、この部分が著者の核心の思いであり、まさに「心の叫び」の本書での一番の読みどころだ。

「滝山コミューンに対して、当時の私が抱いた最大の違和感は、なぜ子供が背伸びして大人のまねをしなければならないのかというところにあった。何が『民主主義』だ、何が『民主的集団』だ。子供は子供らしくすればいいではないか」(単行本・151ページ)

この書籍は「国家や政治権力と対決する民主政を標榜する自治集団が、なぜか同質的な全体主義になってしまう逆説的な社会ファシズム現象」を描いていて非常に優れている。

この記事は次回へ続く。