アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(21)原武史「滝山コミューン 一九七四」(その2)

(前回からの続き)原武史「滝山コミューン・一九七四」(2007年)は、「国家や政治権力と対決する民主政を標榜する自治集団が、なぜか同質的な全体主義になってしまう逆説的な社会ファシズム現象」を描いていて非常に優れている。読んでいて滝山団地の第七小を席巻する「滝山コミューン」の全体主義は確かに憂鬱(ゆううつ)なのだけれど、しかしながら同時に私は「滝山コミューン」の実態以上に著者の原武史の自己愛が入った書きっぷりにかなりの憂鬱を感じた。

5組の担任の片山先生を始め、5組の生徒、その他クラスの児童に関し、原は本名ではなく全て仮名で書いてはいる。しかし、この書籍を後に当時5組だった片山学級の卒業生が読んだら確実に気分が悪いだろう。事実、本書の執筆にあたり、元同級生らに連絡をとって、こちらの趣旨を説明したが「相手の了解を得るのは至難のわざであった」。当たり前だ(笑)。「滝山コミューン」の理論的指導者、5組の担任・片山先生(仮名)は、本書執筆時の2004年の時点で「いまでも大阪の公立小学校に勤める現役の教員」で現職で教師をやっているわけで、いくら仮名とはいえ、関係者が読めばすぐに誰だか分かるし、こんな一方的に書かれて片山先生も5組の生徒同様に気分が悪いだろう。

結局、これはまだ皆が子どもで児童の小学校時代の話なので、「大学生や成人した判断力ある大人が、自分の意志で共産党の政治運動に参加したら思いのほか組織が旧式の全体主義でヒドくて参った。それで自分が経験し味わった組織内部の暗黒な暴露話をやる」類(たぐ)いの話ではない。「たまたま滝山団地に住んでいて、義務教育で第七小学校に普通に入学して行ったら、なぜか学校が滝山コミューンになっていた児童らの話」で、自覚的な入党や離脱の選択余地がない、義務教育の地域の小学校に通っていた子ども集団の話なので後々になって扱うこと自体に非常に細心の配慮を払うべき内容である。

また著者の原武史少年は、実は小学4年生の時からから都心の学習塾「四谷大塚」に通い始め、中学受験で進学を目指す。やがて私立の中学に合格し、地域の公立中学には行かず「滝山コミューン」から脱出する。彼は「滝山コミューン」の第七小の中では圧倒的な少数派であり、中学入試や進学主義に否定的な片山先生を始めとする「滝山コミューン」の面々から批判される立場にあった。しかしながら原は、「自分は滝山コミューンから距離を取っていたが、同様に当時から学習塾が旗を振ってやってた中学受験や進学主義の学歴信仰に決して自分は心酔していたわけではない。いや決してなびいていなかった」という自己イメージ救出の操作を非常に、しつこく卑劣に周到にやる。例えば、自身が学習塾の四谷大塚へ通い始めた記述の後に「いまから思えば、七小の授業に不満があったとはいっても、全くいい迷惑であった。私はいまでも、この時点で中学受験戦争の権化というべき四谷大塚と関わりをもったことを恥ずかしく思っている」(単行本、65・66ページ)といった現在視点からの自己救出の文章を抜け目なくはさむ。

原武史という人は、これまでの氏の研究の著述仕事からして「天皇と鉄道の人」なわけで、学校内でのウンザリする「滝山コミューン」との関わりと新しい世界である四谷大塚への塾通いとの間に鉄道が好きで当時、都心や地方に鉄道を見に行ったエピソードをしばしば入れて、「確かに自分は塾通いをして中学受験をやるが、私は決してガリ勉ではないし進学主義にも屈服していない。趣味の鉄道もあり、バランスがとれた健全な子どもであったこと」を何気に読者にアピールする。

そして著者の原少年と同様に、四谷大塚の塾に通い中学受験をやる小林次郎(もちろん仮名)という同級生がいるのだけれど、彼に関しては自分に対し周到に丁寧にやるような「塾通いで中学受験をやっても、決して進学主義や立身出世主義に心酔・屈服していたわけではない」イメージの救出は一切ない。むしろ当時、小林少年の母親が書いた中学受験体験記の書籍を今更ながらに持ってきて引用する。しかも「私たちが、なぜ、地域の公立の中学校を避けて、遠くの国立や私立の中学校へ子供を入れようとするのか。それは、一口に言って、それが有名大学への、最も近道だからである」など教育ママぶり全開の現在の読者が読んだら確実にひくであろう極端な文章を載せる。「イメージが大切な自己の救出」とは対照的に他者の小林少年はイメージ操作の救出なく、容赦なく奈落の底に突き落とす(笑)。

だが自分に関してだけは以下のように続けて、またまた手堅く救出する。「それはおそらく、四谷大塚に子供を通わせていた多くの親たちの本音でもあったろう。しかし少なくとも私の場合、受験の動機がいい中学に行き、いい大学に進学したいという立身出世的なものとはかなり異なっていたことだけは確かである」(257・258ページ)。つまりは「少なくとも私の場合、私だけは例外的に当時の中学受験をやる立身出世な他の子どもたちとは違っていた」。仮名ではあるが、第七小学校で同級の小林少年に当たる人が今この書籍を読んだら他の同級生らと同様、これまた気分が悪いだろう。

原武史「滝山コミューン・一九七四」は「滝山コミューン」そのものを問題にする著者の視点や問題意識はそこそこ優れていて、まずまずなのだけれど、自分以外の他者、例えば5組の片山学級の生徒や片山先生、同じ塾通いをしていた小林少年に対する著者の原の容赦ない書きっぷりが実にえげつない、全く感心しない、正直好きになれない。そのくせ小学校時代の自分のイメージを大切にする、自分だけを執拗に救出してよく書こうとする自己愛が入ったナルシシズムが非常に鼻につく。

あまり言うと何だが、その他にも「私が中学入試の第一志望に不合格だったのは、この試験の結果如何で滝山コミューンから逃れられるか否かが決まる緊張感のプレッシャーから本番の試験では実力が出せず、そのため事前の模試で合格判定圏内だった第一志望の開成中学受験は不合格で失敗した」旨のことを原は書いている(263ページ)。「何だ、この人は自身の個人的な中学入試の失敗の原因まで滝山コミューンなのか、こいつは滝山コミューンのせいにするのか(怒)」という思いだ。

「滝山コミューン・一九七四」は社会ファシズムの全体主義の話で、読んでいて興味深い話だし著者も研究者としては優秀なのだが、私はこういうタイプの人とは絶対に友達にならない。仮にこの人と小中高で同級であっても、この人が呼びかける同窓会には、少なくとも私は絶対に出席しないし関わりは持たない。そうした読後の感想である。著者は研究者としては確かに頭がキレて優秀なのだけれど、書籍の書きっぷりに自己愛が入っていてえげつない。率直に言って「著者が未成熟で小児病ぽい大人」の悪印象が読後に残る。

原武史「滝山コミューン・一九七四」は、「半分が個人史、残りの半分が社会史」な著作である。そして「個人史」の自伝やエッセイを記述の際には、人はどうしても過去の自分のことを現在視点からイメージ救出して良イメージで出来る限りよく書こうとし、他方、自分以外の他者に関しては比較的冷淡で意外と容赦ない。この辺り「個人史」の自伝を執筆する際の難しさを本書「滝山コミューン・一九七四」を読むとひしひしと感じ、私は背筋が寒くなる。