アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(70)高橋哲哉「靖国問題」

(今回は、ちくま新書、高橋哲哉「靖国問題」についての書評を「岩波新書の書評」ブログですが、例外的に載せます。念のため、高橋哲哉「靖国問題」は岩波新書ではありません。)

靖国神社による「英霊」追悼・鎮魂の問題、いわゆる「靖国問題」について常々思うのは、かなり露骨にその人の思考力が試される問題であるということだ。私は「靖国に否定的」な立場をとるのだが、国による靖国主体の追悼・鎮魂をいまだ願う人達というのは、死者を出して同胞を失った人間の哀しみ感情や亡くなった人々が自らの命を賭けて共同体に献身した、そのことに対する感謝の思い以外に物事を筋道立てて考える能力がないのか。思考力がなく賢くなくて非常に気の毒で可哀想な感じが拭(ぬぐ)えない。彼らが「靖国問題」にて根本的に致命的に欠けているのは、事物の政治的機能性への着目である。そのものが発揮するイデオロギー性視点が欠如している。すなわち

「靖国神社というのは、死者に対する死後の追悼・鎮魂のための宗教施設ではなく、実質は顕彰の褒め称えで、生前もしくは現在進行で生者に『死んだら靖国で会おう』の論理にて国家が人々を積極的に戦時動員させる政治装置に他ならない」

以上に尽きる。もちろん、反論もあるだろう。例えば「当時動員された兵士たちは『靖国で会おう』『靖国の桜の下で再会しよう』など、そんなこと実際に思っていなかった」という主旨の反論である。確かに「死んだら靖国で会おう」まで考えず、戦争に引っ張られて戦死して国の規定路線で勝手に自動的に「名誉の死者」の「英霊」に祀り上げられた人もいるだろう。しかし、国から調達・動員され死んでいって兵士たちが「靖国で会おう」と互いに誓い合うのは実は靖国神社本体の方から提供された話であり、靖国の宮司が近年でも神社の公式案内冊子にて明確に堂々と語っている。少なくとも靖国神社側としては、兵士らに「死んだら靖国で会おう」と言わせる自身の役割に十分自覚的であったわけだ。

また決定的なのは、前から指摘されるいわゆる「英霊という名の捕囚」問題である。靖国神社は一度「英霊」として祀った兵士の合祀は、絶対に取り下げない。例えば、キリスト者や旧植民地の台湾や朝鮮出身の兵士の遺族が靖国神社に合祀の取り下げを求めても一貫して拒否し続けている。なぜなのか。遺族感情を無視して強引に一方的に無理やりの強制で、「国のために死んだ名誉の死者」の「英霊」にする。神道とは相容れないキリスト者や無理やり動員された旧植民地出身の兵士、その他、国により不本意ながら戦地に送られた多くの兵士たちとその遺族が、靖国に祀られることは何ら追悼・鎮魂にならない、むしろ逆に屈辱と怒りを感じる。事実、そうした理由で一部遺族らが合祀取り下げを要求しているのに靖国神社から拒まれ続け、戦争が終わっても、いまだ「英霊という名の捕囚」状態で靖国に祀られてある。もうここには人間個人に保障されている「信教の自由」も何もない。

そもそも遺族感情を完全無視した国家による強引で一方的な死者の追悼など成立するのか。遺族の感情を無視し、そこまで強硬に例外を認めず一律に戦没兵士を「英霊」に仕立て上げて合祀する(合祀したがる)のは、なぜなのか。近年はどうか知らないが、以前は靖国神社の遊就館に行くと「先の戦争は大東亜戦争で、アジア解放のための正戦の自衛戦争であり、戦没兵士たちは、お国のために散っていった尊い犠牲」という基調の展示が満載だった。「学徒動員・特攻隊志願=若年兵士の死」という感傷的な文脈も巧(たく)みに絡(から)めて。「大東亜戦争の正当美化」と「戦死の兵士たちの名誉の褒め称え顕彰」が必ずセットになっていた。つまりは、名誉の死を遂げた「英霊」死者の顕彰が「大東亜戦争」そのものの正当美化の宣伝に露骨に利用されていた。

冒頭で述べたように、「靖国問題」は、まさにその人の思考力が試される問題である。靖国肯定派の人達は、「単に国が自国のために亡くなった兵士に敬意と感謝で哀悼の意を表し、国家が主体となって靖国に英霊として祀っているだけ。お国のために戦って亡くなった兵士を国が追悼して何が悪い」の素朴さの前提をまずは疑うべきだろう。

靖国神社は、戦時中には出兵兵士たちを「死んだら靖国で会おう」の論理で動員し、家族・親族らに戦争参加の協力を納得させる精神支柱としての政治イデオロギー的機能を果たした。そして戦後は、追悼・鎮魂であるよりは実質は国による顕彰の褒め称えで国家のための名誉の死者の「英霊」にして、遺族感情を無視して合祀を強行する。しかも後々まで「英霊」に仕立て上げられ「捕囚」された死者は、近年の遊就館の展示に見られるように「大東亜戦争の正当美化」の宣伝のために末永く死後も抜け目なく利用され続ける。ここにあるのは、政治権力と癒着した靖国神社による国家のためにことごとく人間を利用し尽くす戦時から戦後まで一貫した靖国神社の政治的姿勢でしかない。亡くなっていった死者に対して敬意や哀悼の意を表する本来的な意味での「追悼」や「鎮魂」から、これほどまでに外れ、むしろ政治利用で生者と死者の人間利用の「冒涜」に近い靖国神社である。未だその靖国支持の人達とは一体、何者であろうか。果たして、まっとうな人間なのか。

さて、高橋哲哉「靖国問題」(2005年)である。帯に「決定的論考」というコピーがあるように、この書籍は確かに「決定的」だと私は思う。要するに「国家神道」復活への危機感からくる従来の靖国反対一辺倒の書籍とは違い、「靖国神社と国家との癒着を断つこと」を主張した上で靖国に代わる新たな追悼の対案まで提示しているからだ。つまりは「国家機関」としての靖国神社を廃止する、そして「第二の靖国」の出現を防ぐべく、追悼が国による顕彰になり、死者や施設が過去の戦争美化や将来の戦争動員に利用されないよう国家に「不戦の誓い」宣誓の担保を突きつけた上で、国による新たな追悼施設のあり方を模索する。

結局のところ、戦没兵士の追悼は個人が個別にやるには限界がある。戦争で亡くなっていった兵士たちを社会の共同体の中で位置づけ記憶し、人々の間で共有し後々まで語り継ぐ必要は必ずやある。しかし、政府や国と癒着(ゆちゃく)した「国家神道」だった靖国神社が追悼をやると、たちまち死者の政治利用の線に陥(おちい)るので「不戦の誓い」をまず国家にやらせてから、その上で国が主体の戦没兵士の追悼・鎮魂を進めるべきという著者による提言である。追悼と鎮魂の宗教施設ではない、実は過去の戦争美化と現在と将来に渡る戦時動員の政治機能のイデオロギー性を持つ「政治装置たる靖国神社の本質」を正しく見極めた、極めて正当な結論の提言だ。

高橋哲哉「靖国問題」では、「日本浪曼派批判序説」(1960年)にて橋川文三が「私はこれほどにみごとな靖国信仰の表現をあまり読んだことがありません」と、以前に驚いてみせた戦時中の雑誌記事「愛児を御国に捧げた誉れの母の感涙座談会」での遺族の母親の発言、靖国による「感情の錬金術」を第1章の中で取り上げている。国による戦争動員で息子を戦死させ亡くしても、靖国神社に「英霊」として祀られることで息子の死の悲しみの「感情」は「錬金」せられて結果、国への感謝や息子への誇りや母親自身の喜びの「感情」に変えられてしまう。あの「靖国の母」の発言は何度読み返しても、さすがに強烈だ。靖国神社が発揮するイデオロギー性の「靖国信仰のみごとさ」が、座談中の母親の無意識発言のうちに実に見事に露骨なまでに凝縮されている。

こういった靖国神社による「感情の錬金術」の策術もどきが、廉価で多くの人が手に取って読むであろう新書の「靖国問題」に再掲され、現代社会に拡散し再度広く伝わるだけでも、高橋哲哉「靖国問題」という書籍の今日的意義は十分にあるといえる。