アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(88)遅塚忠躬「フランス革命」

岩波ジュニア新書の遅塚忠躬(ちづか・ただみ)「フランス革命」(1997年)は、中高生向けのジュニア新書であるにもかかわらず、専門的なことを分かりやすく懇切丁寧に説明する「フランス革命」の解説記述で大人の読者にも好評人気な新書であるが、その副題が「歴史における劇薬」とあるように、なぜ著者はフランス革命の「歴史の劇薬」作用を本書にて一貫し強調して論じるのか、私はかねがね疑問に思っていた。

本書にて著者のいう「歴史における劇薬」とは次のようなことだ。そもそも「劇薬」とは「作用が激しく、使用の度を過せば生命にかかわる危険な薬剤」のことである。そしてフランス革命は当時の社会を変革するための作用の激しい、まさに「劇薬」の危険な薬剤のようなものであった。つまりは、フランス革命は革命当初の「人権宣言」や封建的特権の撤廃や普通選挙の採用など、理想の実現のために様々な政策を打ち出し一定の効果をあげたが、その反面、革命の中途や後半には流血のギロチン送りなロベスピエールの恐怖政治やナポレオンの独裁が現れ、次いで王政復古となり、いわば革命の「揺りもどし」の反革命の時代も伴った。ここに「フランス革命の偉大と悲惨」がある。フランス革命には人類の歴史の著しい発展進歩の効能が見られると同時に、その直後には激しい「揺りもどし」の反作用も認められる。まさに革命は「歴史における劇薬」である、と。

しかしながら私は、「革命とは劇薬のようなものであり、古い社会を一掃し変革する偉大な効果を発揮する一方、独裁や恐怖政治の悲惨の反作用も後に、もたらす」とするような、本書での著者による革命に関する「歴史における劇薬」の力説を不思議に感じていた。本新書が出版された1990年代には、革命の中途には恐怖政治や独裁の弊害も見られるから結果、革命を全否定したり、革命の歴史的意義を低く見積もるようなフランス革命研究の流れも世論の高まりも顕著に確認できなかったからだ。そこで「私は、この本を今まさに青春時代にある、若い皆さんに読んでもらうために書きました」という著者の言葉、本新書が中高生の若者向けの岩波ジュニア新書であることを踏まえて読むと、なるほど著者のいう「フランス革命は確かに劇薬で弊害もあったが、だからといって革命の歴史的意義を安易に否定してはならない」本意の意図が理解できるように思えた。

岩波ジュニア新書「フランス革命」には、革命の歴史から学ぶべき、現代に生きるこれからの若い読者諸志に対する著者からの強いメッセージがあるのではないか。近年、再評価の高まり著しい吉野源三郎「君たちはどう生きるか」(1937年)のように。「劇薬」反動をも伴ったが人類の歴史の発展進歩に大きく寄与した「フランス革命」の歴史考察を通しての、実は若者に対する生き方指南である。

つまりは以下のようなことだ。人間の一生、人生とは決して直線的な前進の成功の積み重ねによる順調な筋道ではなく、時に挫折や失敗の後退も伴うが絶対に諦めてはいけない。決して、めげてはいけない。「劇薬」たる後退の挫折・失敗をも時に味わうことで、そうしたジグザクな回り道をしながら人は着実に自身の生を前へ進め成長していく。あたかも「フランス革命」が、革命当初は人権宣言や普通選挙への理想の一定の成功をおさめながら、しかし、その直後にはロベスピエールの恐怖政治やナポレオンの専制や王政復古の反革命の「劇薬」の反動を経て、前進と後退のジグザクの過程にて封建的絶対主義から近代社会の国民国家形成へと結果的に歴史の進歩を遂げていったというように。

「フランス革命」の人類の歴史の進歩と若者のこれからの人生の成長とを暗に重ね合わせる、こうした理解が岩波ジュニア新書、遅塚忠躬「フランス革命」の一つの読み方の落とし所のようにも私には思える。前進と後退を繰り返し回り道をしながら世界史の歴史や個人の精神が前進し展開発展していく、このイメージの発想由来の根源はヘーゲルの「理性の狡知」や「奴隷の弁証法」に求められる。おそらくは著者もヘーゲルを意識して「歴史における劇薬」理論を述べているに違いない。

本書5ページに掲載の北蓮蔵(きた・れんぞう)「岩倉邸行幸」の歴史絵は、じきに人生を去っていく死の床にある維新の功労者、岩倉具視を、これから新たに人生を刻む年少の明治天皇が見舞う情景を描いたものだ。老齢な岩倉と若々しい明治天皇の二人の人間の対照(コントラスト)が実に素晴らしく、未来ある若い人が読むべき生き方指南の本書新のテーマに合致して非常に印象深い。

本書に関しては、なぜ著書の遅塚忠躬が主に中高生の若い人が読む岩波ジュニア新書のために、わざわざ書いたのか、その「フランス革命」記述に込められた世界史解説以外での氏の言外の意図まで押さえなければ本当の意味で本書を読めたことにはならない。単に大人の読者が、「本新書は中高生向けのジュニア新書であるにもかかわらず、専門的で分かりやすいフランス革命についての歴史解説記述だから大人が読んでも有益」云々の「好評人気」だけで済ませては本当はいけないと私は思う。