アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(93)山本義隆「近代日本一五0年」

岩波新書の赤「近代日本一五0年」(2018年)は、山本義隆の初の岩波新書である。山本義隆といえば元東大全共闘代表であり、駿台予備学校の物理科講師であり、私は文系選択で物理を本格的に勉強したことがなかったが、それでも学生時代より山本の駿台文庫「物理入門」(1987年)が名著である噂はよく耳にし、山本義隆の名は昔から知っていた。

近年の科学史家としての氏の仕事「磁力と重力の発見」全3巻(2003年)も素晴らしい。また、いわゆる3・11以後の福島第一原発での放射能漏(も)れ過酷事故を受けての原発ならびに国の原子力エネルギー政策に対する氏の発言や文章にも私は注目していた。読む前から、いやがうえにも期待が高まらざるを得ない岩波新書の山本義隆「近代日本一五0年」である。

「黒船がもたらしたエネルギー革命で始まる近代日本は、国主導の科学技術振興による『殖産興業・富国強兵』『高度国防国家建設』『経済成長・国際競争』と国民一丸となった総力戦体制として一五0年続いた。近代科学史の名著と、全共闘運動、福島の事故を考える著作の間をつなぐ初の新書。日本近代化の歩みに再考を迫る」(表紙カバー裏解説)

本新書の副題は「科学技術総力戦体制の破綻」である。このサブタイトルに引き付けて本書概要をより詳しく述べるとこうだ。「近代日本一五0年」は、明治期も戦前も戦後も列強主義・大国主義ナショナリズムに付き動かされて、エネルギー革命と科学技術の進歩に支えられた経済成長を追求してきた。その意味で、日本の近代科学史は一貫している。しかも、そうした明治以降の日本の近代科学は中央官庁と産業界と軍隊、そして国策大学としての帝国大学の協働により、生産力の増強による経済成長とそのための科学技術の振興を至上の価値として進められてきた。また戦後の復興もその延長線上にあった。

明治の「殖産興業・富国強兵」の歩みは「高度国防国家建設」をめざす戦時下の総力戦体制をへて、戦後の「経済成長・国際競争」へと引き継がれていった。そうした近代日本において一貫してあった国家主導の科学技術振興、つまりは官(中央官庁)・産(産業界)・軍(軍隊)・学(大学)の構造化された協働関係の仕組みと、それによって経済の成長・拡大と国力増進を第一とする「列強主義ナショナリズムに支えられた成長イデオロギー」の内的思想に依拠した体制こそが「科学技術総力戦体制」である。

そうした「科学技術総力戦体制」が「初めて公然と問われ、疑問符が投げかけられたのが、明治維新から百年をへた一九六0年代末であった」と著者はいう。1960年代末までに始まった四大公害訴訟や60年代後半のベトナム戦争の激化による化学兵器の使用、それら科学技術の非人道性に加え、本書執筆時の今、科学技術総力戦体制の「破綻」たる福島の原発事故、さらには今後急速に見込まれる経済成長の終焉を象徴する人口減少である。以上のような「科学技術総力戦体制」の構造的仕組みと思想的内実、そしてその体制の「破綻」を本書では「近代日本一五0年」の近代科学史として概観しながら明らかにしていく。その上で明治以来の国家主導の「科学技術総力戦体制の破綻」を指摘する著者は、本書の執筆意図を次のようにまとめる。

「今、科学技術の破綻としての福島の原発事故、そして経済成長の終焉を象徴する人口減少という、明治以降初めての事態に日本は遭遇している。大国主義ナショナリズムに突き動かされて進められてきた日本の近代化をあらためて見直すべき決定的なときがきていると考えられる。本書は、そういう思いから捉え返した近代日本一五0年の歩みである」

本新書は日本の近代科学史を明治から現代まで概論の体裁だが、その時々の時代主流の日本の科学技術や、それら科学技術を支える時代潮流や科学理論の煩瑣(はんさ)で具体的な史実の指摘に溺(おぼ)れてはいけない、惑わされてはならない。そうした「近代日本一五0年」の科学史の歩みの背後に一貫してある問題や思想を読み取り、熟考すべきだ。

例えば、著者がいう「科学技術総力戦体制」とは明治の「殖産興業・富国強兵」から戦中の「高度国防国家建設」を経て戦後の「経済成長・国際競争」まで、その体制は一貫し連続してあった。ここから「総力戦体制」などというものは国家による露骨な目に見えた統制・検閲がなくても、特に戦時の非常時ではなくても、明治の建国時でも戦後の「平和な」民主主義を標榜の社会でも「科学技術総力戦体制」の全体主義は存在し存続しうるということだ。

また、本書サブタイトルになっている「科学技術総力戦体制の破綻」の時期を著者は、前述引用のように「初めて公然と問われ、疑問符が投げかけられたのが明治維新から百年をへた一九六0年代末であった」としているが、それは(おそらくは)1960年代の著者の全共闘の学生運動、自身の青春時代の経験に絡めた感傷的(センチメンタル)な言い方であって、確かに「六0年代末までに始まった四大公害訴訟や六0年代後半のベトナム戦争の激化による化学兵器の使用、それら科学技術の非人道性」があった。そして後に至り現在、「科学技術総力戦体制の『破綻』たる福島の原発事故、さらには今後急速に見込まれる経済成長の終焉を象徴する人口減少」がある。だが、そうした「科学技術総力戦体制の破綻」の非人道性の問題は本書を読むまでもなく、実のところ、足尾銅山鉱毒事件や、アジア・太平洋戦争にて強力な殺傷力を持つ近代兵器の登場により兵士のみならず民間人も戦闘に巻き込まれる総力戦体制下における戦時暴力の問題、広島と長崎への原子爆弾投下、第五福竜丸の水爆実験被曝事件など、日本の近代にて常に連続して存在したのであった。日本の近代を冷徹(シニカル)に見て、そういう「破綻」が各時代で連続してありながら、日本の国家や社会は単にわざと見過ごし、時に過小評価し隠蔽してやり過ごしてきただけのことである。あえて1960年代まで待つことなく、いつの時代でも「科学技術総力戦体制の破綻」は明確に認められ「公然」とあった。

例えば、本書の「原子力開発をめぐって」の章の中で著者が指摘するように、いわゆる3・11の福島第一原発の過酷事故にて日本の「科学技術総力戦体制の破綻」はより一層明確になり世界に露呈した。しかしながら厳密に言って、それは「科学技術総力戦体制の破綻」にはなり得ないのである。現に原発技術の「綻び」が決定的に露呈した福島以後でも、かの「科学技術総力戦体制」下にて、国家も産業資本も大学も原発推進の立場は堅持で変更しない。事実、老朽化した国内原発施設は運転延長され未だ廃炉にならないし、国内新規の原発建設は計画進行されているし、海外に原発施設を売り込む官民一体の日本の国策プロジェクトは目下進行中である。福島の原発事故が起きても国家主導の国策たる国の原子力エネルギー政策は変わらず、日本の「科学技術総力戦体制」は何ら実質的に「破綻」しない。今後も「破綻」せず、総力戦体制は延命し存続していくだろう。原発問題に関し、かつてのように「科学技術総力戦体制の破綻」が見えたとしても、その「綻び」を弥縫(びぼう)してまた今回もやり過ごすだけである。

以上のことから、本書のサブタイトルになっている「科学技術総力戦体制の破綻」の時期が、「初めて公然と問われ、疑問符が投げかけられたのが、明治維新から百年をへた一九六0年代末であった」云々というのは、おそらくは1960年代の著者の全共闘の学生運動、自身の青春時代の経験に半ば強引に引き付けて絡めた感傷的(センチメンタル)な言い方であって、この意味で表紙カバー裏解説の末文にあるように本書は「近代科学史の名著と、全共闘運動、福島の事故を考える著作の間をつなぐ」といえるのかもしれない。これまでの近代科学史の著者の原理的な仕事と、現実状況批判の全共闘運動参加の自身の経歴や個々の科学技術問題に対する著者の発言・記述の時事論との間をつなぐ架橋の仕事として、本新書は読まれるべきとも言えそうだ。

何よりも本書は「日本近代化の歩みに再考を迫る」著者の思想的立場からして、細かで具体的な科学史の史実に触れながら、「近代日本一五0年」を「科学技術総力戦体制の破綻」という点で総括し、それが実質的には「破綻」しているのに、実はすでに「破綻」しているにもかかわらず今後も「科学技術総力戦体制」は存続するであろう一読者としての私の絶望感情の見通しはさておき、その「科学技術総力戦体制」を近代日本において一貫してあった国家主導の科学技術振興、つまりは官(中央官庁)・産(産業界)・軍(軍隊)・学(大学)の構造化された協働関係の仕組みと、それによって経済の成長・拡大と国力増進を第一とする「列強主義ナショナリズムに支えられた成長イデオロギー」の内的思想に依拠した体制であると明確に定義し、この問題史的視点から日本の近代科学史を概説できている所が非常に優れている。岩波新書の赤、山本義隆「近代日本一五0年」は読前の期待を裏切らない良書といえる。