アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(104)坂井榮八郎「ドイツ史10講」

近年、岩波新書から「××史10講」というタイトルで古代から近現代までの各国通史を新書の一冊で、それぞれ書き抜くという非常に大胆で面白い試みのシリーズが出ている。

そのドイツ版に当たるのが岩波新書の赤、坂井榮八郎「ドイツ史10講」(2003年)である。新書ゆえ最大でもせいぜい300ページの紙数制約の中で、ドイツ史の古代から近現代まで全時代を概説するというのは、なかなか難しい仕事だ。長い現代までの各国通史を新書一冊にまとめるのが、そもそも強引で冒険な企画だと思われる。

「新書一冊の少ない枚数で一国史すべてを概説するなど、そんなこと出来るわけないだろう」といった各国史執筆担当者のボヤキが聞こえてきそうである。そこで各人なりに「無謀企画のかわし方、切り抜け方」というものがある。例えば、「あえて詳細な親切な解説は断念回避して先行研究や参考文献を多彩に雑多に引用して済ませる」(「イギリス史10講」)、「限られた紙面だが、しかし自身が言いたい最新研究の成果を踏まえた歴史の原理的なことを果敢(かかん)に書き入れる」(「フランス史10講」)などである。そうした各国史担当の著者らの無謀企画への処し方、切り抜け方が各人各様であり、そこが岩波新書の赤「××史10講」シリーズ企画の当たり具合の面白さだといえる。

岩波新書の「××史10講」シリーズの中で世間の書評では総じて「ドイツ史10講」が一番の高評価であり、「分かりやすい解説記述」ということで「イギリス史10講」や「フランス史10講」よりも好評であるらしい。それは「ドイツ史10講」にて、ひとえに「解説記述の歴史事項を極度に削り内容を易化させて何とかまとめる」というドイツ史概説の際の著者の方針選択による。例えば「フランス史10講」は、最新の歴史研究成果や近代国民国家システム批判の時事的論点を積極的に取り入れて語っているため正直、内容が難しいように思う。

ところが「ドイツ史10講」では、そうした最新研究成果や歴史の原理的なことをあえて回避し、個別の歴史事項に関しても解説記述を極度に削り内容をわざと易化させる著者の工夫が各講随所に見られる。「あとがき」を読むと、本書は著者が出講している聖心女子大学での実際の講義(「宗教改革時代のドイツとヨーロッパ」「絶対主義時代のドイツとヨーロッパ」など)とそれら講義ノートを元に執筆されているという。常日頃からの大学でのドイツ史講義にて、著者は簡潔で分かりやすい通史解説を心がけているに違いない。

本書でのドイツ史概説のヤマは、本論にて著者が再三に渡り強調する「ヨーロッパの中のドイツ」という各国関係史の視点からして、近世の「宗教改革」と近代の「ファシズム台頭」だといえる。すなわち、ルターの宗教改革を介してのローマ・カトリック教会への批判・改革要求たる宗教上の問題が、実はルターを支援したドイツ領邦君主らのローマ普遍世界からの分離・自立をも促し、地域国家たる領邦絶対主義権力の形成という世俗政治のあり様と平行して結果、ヨーロッパ全体に及ぶ中世世界(普遍世界)の崩壊をドイツが引き起こす過程。そして、ヒトラーのナチスの台頭のドイツ国民支持とファシズム国家の形成にて第二次世界大戦にいたる、背後にスターリンのソビエト共産主義の影をちらつかせながら「宥和」を引きだし英仏の中心の当時のヨーロッパ秩序を動揺させ、かつ第一次大戦後のドイツに対する懲罰的戦後処理体制(ヴェルサイユ体制)への復讐を主に対仏にてヒトラーがドイツ国民と共に果たす、ドイツがヨーロッパ全体を戦禍に巻き込む経緯。

この二つが「ヨーロッパの中のドイツ」たるドイツ史の語りの力点であり、概説する際の教師の腕の見せ所だと私には思える。よって「ドイツ史10講」でも読み所は「第4講・宗教改革時代のドイツとヨーロッパ」と「第9講・ナチス・ドイツと第二次世界大戦」になるのではないか。それらが注目の講義箇所だ。

「ゲルマン世界、神聖ローマ帝国、宗教改革、絶対主義、二回の世界大戦…二千数百年の激動の歩みを一講ずつ、要点を明確にして、通史的に叙述。中世的世界、大学や官僚と近代化の役割など重要なテーマに着目しつつ、つねに『ヨーロッパの中のドイツ』という視点から描き、冷戦後の統一ドイツの位置にも新たな光を当てる」(表紙カバー裏解説)