アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(147)林茂「近代日本の思想家たち」

近代日本思想史における明治の思想は、どの思想家のものを読んでも、それなりに面白い。明治の思想家たちは概して優秀であるといえる。

以前に明治思想だけを集中して読んでいた頃は、まだ単一で絶対的な理念的読みであったので明治の思想家に対し、どうしても不足の欠陥が目立ち厳しい評価を私はしていたのだけれど後々、大正・昭和や戦後の思想を学んで知るにつけ、比較考量の相対的評価が働いて、例えば「昭和初期の思想家や政治家らと比べると明治の思想家や政治家らは、はるかに優れている」の好感が自分の中で増していくようになった。

こうした相対的評価による「明治の思想家びいき」や「明治の精神礼賛(らいさん)」は、例えば司馬遼太郎の「『明治』という国家」(1994年)と「『昭和』という国家」(1998年)での一連の議論に見られるような、「昭和ファシズム期の軍部のナショナリズムは非合理で狂信的で破滅的だが、他方、明治国家のナショナリズムは合理的で健全で筋道が通っていた」旨の昭和ファシズムとの対照からする明治国家への高評価たる、いわゆる司馬史観が「明治の思想びいき」の典型といえる。

司馬遼太郎その人は1923年の生まれであり、敗戦時の1945年は22歳の青年であって、対ソ連のノモンハンでの日本軍の無謀と大敗について後の執拗なまでの彼の痛烈批判に象徴されるように、「昭和の日本の国家は、なぜここまで人間を無駄に死に至らしめ、国民をいたずらに疲弊させるような勝ち目のない無謀な戦いに次々に挑(いど)むのか」の不信の怒りが戦時の同時代を生きた日本人の実感として一貫して強くあった。そうした「昭和」という国家に対する直接の強い不信の思いが、対比(コントラスト)の屈折した形で「明治」という国家への間接な好感・賛美の回路へ司馬史観において見事に繋(つな)がっていた。

確かに明治の日本人は後の昭和の人達と比べて戦争のやり方一つにしても、例えば日露戦争に際し、先を見越し日本の現国力で勝利できるかどうか事態の落とし所をギリギリの所まで見極め、戦費調達、戦況、終戦工作その他を十分に考慮しイギリスとアメリカに事前に根回しした上で短期決戦の前提にて終戦の収束先まで見越して対ロシアの開戦に踏み切っていた。そこには幾重にも重ねられた想定と攻略の事前の慎重さと、結果的に時宜(じぎ)の幸運に助けられた時に大当たりの事後の大胆さとかあった。

かたや昭和の時代では、もう日本の国家は日清・日露戦争や第一次世界大戦でのアジア戦線を始めとする、かつての対外戦争にての連勝実積の中で次第に醸成された帝国軍隊の妙な過信と、国内政治組織の内張りセクショナリズムの勢力争いから、軍部の政治化の肥大拡大志向に歯止めが効かず、内閣も宮中も、もはやなすすべがなかった。天皇制国家の「神国日本の皇国の使命」の神がかり美談が「戦争遂行の大義」として染みついていたし、日米開戦でも一国の首相(東条英機)がその決断にあたり、「ここはひとつ清水の舞台から飛び降りる覚悟で」とか「ここで退却しては当戦役で死んでいった英霊たちに申し訳が立たない」の非合理に満ちた惨憺(さんたん)たる戦争遂行のあり様であった。戦費調達や事態収束の見通しが立たないにもかかわらず、次々に北進と南進の開戦の傷口を広げ、昭和の大日本帝国は各戦線ともに長期の泥沼の戦いにはまっていった。

ただし、このような「明治の精神」に対する高い評価は、あくまで後の他の時代との比較考量による相対的評価であって、そもそもの明治の思想がそれ自体で最良であったかについては熟考を要する。明治国家や明治の思想にて、明治維新よりの万世一系の神権的天皇制創始の問題もあったし、後の昭和の時代まで続く東アジアへの大陸膨張侵出の外交政略は明治初年の時期から早くも既定路線だったし、国内政治にての帝国憲法体制下での「信教の自由」問題や、国会開設はしたものの普通選挙の未だ施行されざる不備ら、それ自体としての問題は明治の国家や思想に多くあったからである。

この点に関し、司馬遼太郎「『明治』という国家」にて主に論じられる「明治は透きとおった格調の高い精神でささえられリアリズムに満ちあふれた、誠に偉大としかいいようのない時代だった」とするような司馬史観に対する、例えば成田龍一による一連の批判がある。成田の「他の時代との比較から、明治国家や明治の精神を過度な美化で相対的に高く評価しすぎている」主旨の司馬批判に最終的には私も同意するのだけれど、だがしかし、やはり明治の思想や明治時代の思想家たちに、それなりの合理性や透徹したリアリズムに支えられた健全なナショナリズムの魅力があることも確かで、明治の思想家たちの著述には、それ自体として現代でも熱中して人々に読ませる魅力があることを認めざるを得ない。

岩波新書の青、林茂「近代日本の思想家たち」(1958年)は、中江兆民と幸徳秋水と吉野作造の三人の明治・大正の思想家らの生涯と思想の概要をまとめた新書である。本書の初版は1958年であるが、絶版・品切の時期が長く続き、アンコール復刊を望む多くの声に応えて近年、復刻・復刊された。私が所有しているのは復刊後の2007年発行の第10刷だが、本書に付された帯には次のようにある。

「民主主義とは何か、明治・大正から今を問う」

林による内容記述は、中江兆民、幸徳秋水、吉野作造の各人とも、その思想の良さや先進性と同時に問題点や時代的制約の限界性も書き分け、比較的冷静で落ち着いた公平記述の明治・大正の「近代日本の思想家たち」の紹介になってはいる。しかし2000年代復刊の際に新書に付された帯の文句「民主主義とは何か、明治・大正から今を問う」の書きぶりからして、岩波新書編集部としては「あらためて近代日本の思想家たちを振り返り再読して、そこから謙虚に学び、特に明治・大正の思想家たちから民主主義の正統性やナショナリズムの健全さを再確認して今の時代に生かす。今日の民主主義の危機的状況に警鐘を鳴らす」ような、司馬史観に通ずる「他の時代との比較から主に明治国家や明治・大正の思想を過度な美化で相対的に高く評価する」意向の危うさも正直、私は本新書の再刊事情に関し強く感じた。

だが岩波新書の青、林茂「近代日本の思想家たち」を無心に読んで「中江兆民や幸徳秋水ら近代日本思想史における明治の思想は、どの思想家のものを読んでもそれなりに面白い。明治の思想家たちは概して優秀である」という感慨を、やはり私は持つ。

林茂「近代日本の思想家たち」の類書に松本三之介「明治精神の構造」(1981年)というのがある。その書籍では「明治精神」の典型として、植木枝盛、内村鑑三、陸羯南、堺利彦、徳富蘇峰、中江兆民、福沢諭吉の七人の思想家たちが取り上げられている。松本の「明治精神の構造」を読むといつも「明治の思想は、どの思想家のものを読んでもそれなりに面白い。明治の思想家たちは概して優秀だ」の好感の思いを、またしても私は抱いてしまう。