アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(157)岡本隆司「袁世凱」

先日、ジャッキー・チェン主演の映画「1911」(2011年)を観た。本作は中国近代史の辛亥革命を扱った作品で、劇中「中国革命の父」孫文が身なりも思想人格もしっかりした好印象の理想的な良人物として、そして孫文とは対照的に袁世凱が小太りのヒステリックな個人の権力欲にまみれた野心家で、あまりにも俗悪人物として描かれ過ぎており、「孫文は善だが袁世凱は悪」の露骨で単純な善玉・悪玉論に思わず私は笑ってしまった。

事実、袁世凱に関しては中国でも日本でも昔から印象は良くない。このことは岩波新書の赤、岡本隆司「袁世凱・現代中国の出発」(2015年)にての以下のような表紙カバー裏解説を一読するだけでも、「昔からの袁世凱の評判の悪さの嫌われぶり」は、とりあえず確認できるのである。

「無学で無節操な裏切り物、『陰険な権力者』と、日本でも中国でも悪評ばかりの袁世凱。しかし、なぜそんな人物が激動の時代に勢力をひろげ、最高権力者にのぼりつめ、皇帝に即位すらできたのか。褒貶(ほうへん)さだまらぬ袁世凱の生涯を、複雑きわまりない中国のありようを映し出す『鑑(かがみ)』として描きだす」

「無学で無節操な裏切り物と日本でも中国でも悪評ばかり」とは、まさに悪名三昧(あくみょう・ざんまい)の散々な言われ様の袁世凱である(笑)。しかしながら、そういった悪名高い「陰険な権力者」袁世凱が、なぜ中国近代の激動の時代に勢力をひろげ最高権力者の地位に登りつめ、最後は皇帝にまで即位できたのか、それはそれで不思議であるし、私には大変に興味ある話である。悪人ゆえに人を惹(ひ)き付ける悪の人たらしの魅力かあったのか。さもなくば革命混乱時の火事場のどさくさに紛(まぎ)れ悪知恵に長(た)けて、たまたま上手い具合に権力掌握できただけなのか。

岩波新書の岡本隆司「袁世凱」は、そうした「袁世凱=悪玉」の人物評価の定番歴史認識を転換しようとするものである。本書にて著者はいう、「専門の研究では近年、周辺の史実が精細に解き明かされて、袁世凱にも、いわゆる再評価がすすんでいる。悪評に満ちた人物は過去のものになったといってよい」。ならば、今日の研究にて袁世凱はもう「陰険な権力者」ではないのか。彼をむしろ「周到な政治家」と言い換え再評価すれば済むのかといえば、事はそう簡単ではない。その辺りの袁世凱評価が未確定な所こそが、「褒貶(ほうへん)さだまらぬ袁世凱の生涯は、複雑きわまりない中国のありようを映し出す『鑑(かがみ)』」とする本書での著者の本意である。

国内政治の辛亥革命(1911年)後の孫文に代わる臨時大統領就任と後の皇帝推戴の専制支配の確立から、袁世凱は「反革命」であり、国外政治にての、例えば日本の大隈内閣からの二十一カ条の要求(1915年)の袁政府の受諾から袁世凱は「媚外」でもあるとされる昔からの悪評である。そして袁世凱の生涯の最大のクライマックスは、やはり辛亥革命にあるのであって、人々は袁世凱をして「清朝から寝返って中国民国の大統領となり権力を掌握した。ここに主君を裏切る節義のない権謀術数、自己の権力欲にまみれた信義なき無能な俗物政治家」とするのであるが、こうした袁世凱の「俗物悪評」に対し著者は次のような別の見方を述べる。

「かれ(註─袁世凱)は軍事力を掌握するがゆえに、日清戦争・戊戌政変・義和団事変など、重大事件がおこると、そのたびキャスティング・ボードを握る立場にたたされ、そのつど帰趨(きすう)を左右する選択、決断を強いられた。…それは辛亥革命でも、ほぼ同じである」「当時、最も実力ある者が政権を掌握して、…その任にあたるべきは、袁世凱しかいなかった。こうした客観的な趨勢は、むしろ火を見るより明らかで、当時は内外の別なく、誰もが理解できたところである。外国人が袁世凱を『ストロング・マン』と称したのも、不思議ではない。かれが野心をもち権謀をめぐらせた、というより、衆望が期せずして、かれのもとに集まっていった、とみるほうがいっそう適切である」(176・177、182ページ)

このように袁世凱には、そもそもの軍事力を背景とする実力があり、清王朝滅亡から辛亥革命を経ての中華民国成立の激動の時代にて、中国国内の勢力を分裂させず一つにまとめ統一して、その上で中国を蹂躙(じゅうりん)する外国勢力に一致団結して立ち向かう、いわば「ストロング・マン」として袁世凱当人の意向とは関係なく、袁の有能さの実力ゆえに周囲の者が勝手に袁世凱の元に集まり、結果的に彼に権力が自然と集中していったとする著者による袁世凱の実像素描である。同様に後の第三革命にての袁世凱の皇帝推戴(1915年)にしても、「袁世凱の帝政運動・皇帝即位は、アナクロニズムと評されがちだが、しかし当時の世上、帝制への志向は、皆無ではなかった」(199ページ)と述べて、「是非とも皇帝になりたい」権力固執の袁世凱当人の意向というよりは、もともと当時の中国での「世上、帝制への志向」に基づく「袁世凱を是非とも皇帝に」の世論の後押しの支持が暗にあったことを指摘する。

また、こうした袁世凱の実力者ゆえの周囲からの働きかけによる自然な権力掌握過程の理解は、例えば「宣統帝即位に伴う袁世凱の罷免」(1909年)について、北洋軍の建設や幅広い人脈保持で彼の有能さを高く肯定的に評価して袁世凱を弁護するとともに、他方で、主に「私怨」にて袁世凱を罷免し切り捨てた清朝を「小児的な短慮」と厳しく批判する記述を著者から引き出させることにもなった。

「(袁世凱が)私腹を肥やしたと弾劾する上奏があって、それに答えての命令である。…つまりは突然の罷免、政府からの放逐である。…しかり、小児的なのである。私怨の報復かどうかはともかく、北洋軍の建設に力をつくし、各界にひろい人脈をもつ袁世凱を罷免、放逐した行為じたい、短慮としかいいようがない」(150・151ページ)

冒頭で触れた映画「1911」の人物描写に見られるように、孫文の善人と対比させ、袁世凱をして「俗物」の悪玉とする方が歴史の語られ方としては確かに面白い。しかしながら、厳密な歴史学の研究では、岩波新書の岡本隆司「袁世凱」にて史料提示の論証を交え厳密に考察されているように、「袁世凱自身が野心をもち権謀術数をめぐらせたというよりは、当時の中国の衆望が期せずして彼のもとに集まっていったと見るほうがいっそう適切」というのが、袁世凱その人の史実に近いと思える。

本新書にて描かれている袁世凱は、精鋭軍の育成掌握に優れ各界に幅広い人脈を持つ、生(なま)の軍事力と政治力とに秀(ひい)でた実務の処理を黙々粛々とこなす典型的な有能官僚タイプの男である。ゆえに、もはや繰り返すまでもなく、本人の思惑を遥かに越えた所で混迷の中国近代史にて時にキャスティング・ボードを握る重要立場に立たされ、周囲からの期待により彼は辛亥革命の歴史の表舞台に押し出されたのであった。そうして袁世凱は確かに有能官僚タイプの優秀な男であったが、如何せん実務能力のみ、せいぜいのところ実直な官僚たる「俗吏」止まりであったため、彼の能力と実績は必ずしも比例しなかったというのが本新書にての著者の結論である。

辛亥革命の袁世凱に止まらず、ピューリタン革命のクロムウェルや、フランス革命のロベスピエールやナポレオンら、本人に独裁への露骨な権力独占の欲望がなくとも、当人が誠に有能優秀であるために周囲から押し出されて知らぬまに革命の中心に躍り出て、最後は結果的に反革命の専制支配の反動役割まで一気に演じてしまうことは時にある。これも革命という歴史の劇的進歩に伴う一時的な反作用であり、古今東西、激動の革命の歴史にて実は共通して見られる現象なのではという思いがする。

近年、岩波新書の新赤版にて岡本隆司「袁世凱・現代中国の出発」(2015年)の他にも、岡本隆司「李鴻章・東アジアの近代」(2011年)や深町英夫「孫文・近代化の岐路」(2016年)が出ている。扱われる人物評価を含めて中国近代史に関する書籍は、だいたい誰の何を読んでも面白いというのが私の率直な感想だ。