アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(184)清水幾太郎「論文の書き方」

岩波新書の青、清水幾太郎「論文の書き方」(1959年)は、論文・レポート作成教授の古典の新書で昔からよく知られている。ただし「論文の書き方」のタイトルではあるが、「このように準備して段階を踏んで、こうした手順に従って論文執筆を行うべき」というような有機的で一貫した具体的作業の方法論の雛型(ひながた)を提示するものではない。どちらかといえば、著者の論文執筆経験に基づく大局的見地から、「論文の書き方」のアドバイスを散発的に幾つか述べるスタイルの書籍だ。

本新書は全8章よりなる。まず目次を挙げておくと、「Ⅰ・短文から始めよう。Ⅱ・誰かの真似をしよう。Ⅲ・『が』を警戒しよう。Ⅳ・日本語を外国語として取扱おう。Ⅴ・『あるがままに』書くことはやめよう。Ⅵ・裸一貫で攻めて行こう。Ⅶ・経験と抽象との間を往復しよう。Ⅷ・新しい時代に文章を生かそう」

以下、各章の概要を簡潔に述べてみる。

「Ⅰ・短文から始めよう」は、「論文の書き方」修行にて、まずは短いもの(原稿用紙二、三枚程度)から始めて後に長い本格的な論文(原稿用紙百枚とか二百枚、さらには書籍一冊の上梓など)に至るべきのアドバイスである。「Ⅱ・誰かの真似をしよう」は、一般に「美文」や「名文」と評される立派な文章の模範が世間にはあるので、それら「大家の文章を真似しよう」ということである。ただし真似をするのは文章だけで、思想まで真似をしてはいけない、あからさまに影響されてはいけない。また「新聞のスタイルを真似してはいけない」。新聞の文章スタイルは、人々の耳目を集め注目させるニュース本位であり、出来るだけ多くの人に読ませようとする商業主義が特徴の文章であるから、学術論文の文章の手本にはならない。

「Ⅲ・『が』を警戒しよう」は、接続助詞の「が」の曖昧(あいまい)な一語で文をつなぐと、結果として長文になり、一文が長く意味が不明瞭になる。また本来の接続助詞の「が」は、「しかし」や「けれども」の逆接や、「ので」や「ゆえに」の順接の意味を含む両義的な言葉であるから、何となく漠然と使ってしまう「が」を減らすようにするべきである。「が」を警戒し、「『が』は小さな魔物である」と心得よ。

「Ⅳ・日本語を外国語として取扱おう」は、日本語を外国語の如く外部の客体として扱う。母国語だからといって、日本語に甘えてはいけない。日本語で書く際にも、外国語で記述するように言葉の意味(定義)や文法規則に従って厳密に正確に書こう。詩人のように自由気ままに論文の文章を書いてはいけない。同様に「Ⅴ・『あるがままに』書くことはやめよう」。論文執筆において、自分の考えや感情を「あるがままに書く」ことや「正直に打ち明ける」ことは慎むべきである。もとより文章は「つくりもの」でよい、否(いな)、むしろ「文章は(精密な)建築物である」。文章とはレンガを一つ一つ積み上げるように人工的に作るべきものだ。「文章は空間の時間化」であって、「書くというのは、空間的並存状態にあるもの(混沌)を、時間的継起状態(秩序)へ移し入れることである」。

「Ⅵ・裸一貫で攻めて行こう」。「書くことは観念の爆発である」から、自身の独自性(オリジナル)を目指し、「笑われても、軽く見られても、自分の言いたいことだけを言おう。味方がひとりもいなくても、自分だけで攻めて行こう」。そうして常に「いま何処を自分は攻めているのか」考えながら書こう。「Ⅶ・経験と抽象との間を往復しよう」については、具体的な経験の言葉と内容だけで書くと論文は幼くなる。幼稚になることを避けるために、「経験の言葉でなく抽象の言葉を用いる」。論文の文章には、適度な「抽象的概念の使用」を心がけるべきである。

「Ⅷ・新しい時代に文章を生かそう」。現代社会の時代の早さに合った論文になるように、「密度の濃い論文を心がける」。つまりは無駄にもったいつけたり、執拗に繰り返したり、議論の進みが異常に遅い論述展開は避け、よりスピーディーに簡潔に、結果として中身の濃い論文になるように書く。そのためには間延びした文章を避けて、「短くて強い文章を書こう」。

岩波新書「論文の書き方」に対し、時に痛烈批判の書評を見かける。「本書タイトルとは異なり、何ら『論文の書き方』を順序立てて教えてくれないじゃないか」というような文句を。冒頭で述べたように本新書は「論文の書き方」のタイトルではあるが、「このように準備して段階を踏んで、こうした手順に従って論文執筆を行うべき」というような有機的で一貫した方法論の雛型(ソフトウェアのウィザードのような具体的作業手順)を何ら提示するものではない。むしろ著者の論文執筆経験に基づく大局的見地から、全8章に渡って「論文の書き方」のアドバイスを散発的に幾つか述べるスタイルの書籍だ。

そういった点からして岩波新書の青、清水幾太郎「論文の書き方」は、これまで全く論文やレポートを執筆したことがない超初心者向けの手取り足取りの「論文の書き方」教授の書物ではなくて、今まで論文やレポート作成をしてきたけれども、「どうしても私的な随筆や俗っぽい新聞記事のような文章になってしまう」だとか、「学術的に説得力がある文章がなかなか書けない」の悩みを持つ、ある程度の論文執筆経験がある人に対する悩み解決の処方箋(しょほうせん)の「論文の書き方」書籍であるように思う。