アメジローの岩波新書の書評(集成)

岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(190)今野晴貴「ブラックバイト」

「ブラックバイト」という言葉は昔からある用語ではなく、近年の社会問題を反映して作られた造語である。その意味は以下のようになる。

「ブラックバイトとは、ブラック企業になぞらえた造語であり、学生の大多数が法令(特に刑事法や労働法)に無知であることにかこつけ、残業代や割増賃金不払い(サービス残業、長時間労働)、休憩時間を与えない、不合理な罰金の請求など、労働基準法に違反して学生に契約内容と違った業務をさせたり、販売数や売上に厳しいノルマを課したり、高校や大学の定期試験期間であっても休ませてくれないなど扱いが酷いアルバイトのことをさす」

岩波新書の赤、今野晴貴「ブラックバイト」(2016年)は、そうした学生アルバイトの労働問題を扱ったものだ。

「学生たちを食い潰(つぶ)す『ブラックバイト』が社会問題化している。休みのない過密シフトで心身を壊すほど働き、売上ノルマのため『自爆営業』も強いられる。授業に出ることもできず、留年・退学に至るケースまで。多くの相談・解決にあたった著者が、恐るべき実態と原因を明らかにし、具体的な対策をも提示する」(表紙カバー裏解説)

本新書は、社会問題追及の報告(レポート)として誠に基本に忠実な構成で議論が展開されている。まず、学生アルバイトの「ブラックバイト」の実例を匿名ルポにて幾つか挙げて紹介する。次に、それら実態を踏まえて、「ブラックバイト」蔓延(まんえん)の原因や社会的背景を分析する。その上で、最後は「どうすればよいか」現実的な解決の方向を示すの三段構成になっている。

最初の「ブラックバイト」実例の匿名ルポは、「辞められずに『死にたいと思った』─外食チェーン店の事例」「バイトで就職活動ができない─コンビニチェーン店の事例」「社会経験のはずが進路を断念─塾講師の事例」などだ。ここでは学生アルバイトをめぐる「ブラックバイト」の問題実態が明らかされている。低賃金で臨時の非正規雇用な学生バイトなのに正社員並の過重な労働を強いられる。例えばシフトの強要、長時間勤務や深夜労働や遠距離職場へのヘルプ、急な呼び出し、上司や店長からの圧力(パワハラ)にて意に反する自腹購入、罰金(ペナルティ)、ノルマの強要。そして「辞めたくても辞められない」、退職しようとすると契約違反での損害賠償請求や「バイトでもめると就職活動に響く」の脅しをかけられる。

次の、それら「ブラックバイト」蔓延の原因や社会的背景の分析については、熟練者を必要としない誰にでも出来る労働の単純化・定式化・マニュアル化の労働形態の傾向による製造、商業、サービス業界におけるアルバイト・非正規雇用の常態化がある。しかも「業態の変化」と「サービス内容強化」にて、店舗や事業所の大規模展開による業務の量的増加とそれに伴う慢性的な人手不足、年中無休や24時間営業や各々の顧客の要求に見合ったきめ細かなサービス要請による労働負荷の質的強化により、現場は学生アルバイトを巻き込んで、ますます過酷になっていく。また現在の経済状況を背景に、本来は正社員に任せるべき業務を人件費(賃金)を削減する目的から、低賃金で社会保障のケアも不必要な「使いやすい」学生アルバイトや非正規雇用の割合を増やし彼らに過重な業務を任せ、人件費を抑制しようとする企業の経営方針も顕在化している。

加えて「ブラックバイト」を招く学生側の要因として、アルバイトで働いている学生に知識や社会経験が少なく、そのため労働法などの法律制度を知らず自己の権利意識も希薄で、また職場の上司による「職務遂行の責任感の説教」や「達成感や、やりがいや社会への貢献の動機付け」や「労働者に対しての常に利益を確保する擬似的経営者目線の強要」に学生アルバイトの若者が、大人の労働者と比べ簡単に騙(だま)されてしまいやすい問題がある。さらには近年の経済状況の悪化や一人親世帯、低所得者世帯、生活保護世帯の増加、学費の高騰により、学生に対して実家から送られてくる仕送りの額の減少に加え、近年のフリーターの増加といった社会現象によって他のアルバイトを見つけにくいといった厳しい現実から、「ブラックバイト」であったとしても容易に辞めることができない学生の経済的事情もあるという。

そうして最後に示される現実的な解決の方向は、「どうすればいいの?対策マニュアル」にて「ブラックバイトの見分け方」や「トラブルへの対処法」として本新書に具体的に示されている。もはや学生独力での解決は困難であり、家族や学校教員に相談する、著者も参加し活動している学生アルバイトの労働問題解決の組合(ブラックバイトユニオンなど)に案件を持ち込んで連帯する、ブラック企業被害対策弁護団へ依頼するなどの対策が主である。

以上のような学生アルバイトをめぐる「ブラックバイト」の問題は実は、それだけが突出し孤立してあるわけでなく、学生以外にも大人の社会人や主婦(主夫)のアルバイト・非正規雇用にてある深刻な日本の現代社会の労働問題である。学生アルバイトのみならず、多くの人々が現在では、いわゆる「使い勝手のよい労働者」として低賃金で長時間労働で社会保障のケアなく、しかも仕事の責任は重く辞めたくても時に退職は認められず、アルバイト・非正規雇用にて、まさに「使い倒されている」のが現状だ。そうした現代日本の全体的な労働問題の一角に学生アルバイトの「ブラックバイト」の労働問題もある。

確かに若い学生は一般知識も社会経験も社会人と比べて相対的に少ないため、一部の大人からしてみれば「安くて従順な学生」はアルバイト雇用にて誠に使い勝手がよい。本来、学生は「未来ある、これからの人達」であって、そうした学生に対し社会の大人は、知識も経験も少ない未熟な学生の失敗も時に見過ごし許し、見守り保護して彼ら・彼女らの成長を待つのが普通である。以前の社会には、そういった大人側からの若い学生へ向けての配慮や社会全体の余裕があったように思う。しかしながら、近年の日本社会では、そうした大人からの若者への配慮なく、逆にアルバイト雇用の現場にて一部の大人逹が「ブラックバイト」で学生らを食い潰し食い物にしているとは。岩波新書の赤、今野晴貴「ブラックバイト」を読んで私は暗澹(あんたん)たる気持ちにならざるを得なかった。

最後に私の学生時代の経験も踏まえて言えば、どうしても学費が捻出できないとか、毎月の生活費が足りないなどの差し迫った状況にない限りは、学生はあまりアルバイトなどしない方がよいと思える。学生の本分は学業なのだから、経済的にそこまで困窮していないなら、若い内から自分の大切な時間や労力を切り売りして金銭のために無理して働かなくてもよい。その時間は勉学やスポーツや無償の課外活動に一生懸命に費やした方がよい。学校を卒業して学生でなくなったら、ほとんどの人は自身のため、もしくは家族のために嫌でも働かなくてはいけなくなるのだから。もし状況が許すなら、「学生時分はアルバイトなどあまりしない方がよい。ましてやブラックバイトに関係して若い時代の自身の貴重な青春を無駄に過ごしてしまうのは、非常にもったいない」と私には思える。