アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(211)堀田善衛「インドで考えたこと」

岩波新書の青、堀田善衛「インドで考えたこと」(1957年)について、一読者の私が下手な要約をするよりも、ここはまず著者の堀田善衛その人に直接に本書の概要を語ってもらおう。

「この手記は、私が一九五六年の晩秋から五七年の年初にかけて、第一回アジア作家会議に出席するためにインドに滞在したその間に、インドというものにぶつかって私が感じ考え、また感じさせられ考えさせられたことを、別に脈絡をつけることなくじかに書きしるしてみたものである。スマートな旅行記といったものではなく、また理論の筋をととのえる努力もあえてしなかった。おそらく、順序もなにもないたいへんに行儀のわるいものになるだろうが、仕方がない。行儀のわるい一小説家とインド・日本・アジア、相対しての小さな対話の記としてでも読んでいただければ仕合せである。行儀のわるい思想旅行、思考旅行、抽象旅行の記であるかもしれない」(「はじめに」)

堀田善衛「インドで考えたこと」は1957年、堀田が39歳の時に第一回アジア作家会議に出席のためにインドを訪れた際の記録である。同時代文学でいえば、小田実「何でも見てやろう」(1961年)や石田保昭「インドに暮らす」(1963年)や大江健三郎「ヒロシマ・ノート」(1965年)と内容と共に読み味も似ている。

堀田善衛が「インドで考えたこと」とは、実はインドを通して、そこから反射して跳(は)ね返り浮かび上がってくる日本人たる堀田自身にとっての、他ならぬ日本のことなのであった。よく人は海外に行くと、これまで日本国内にいて「自分は日本人だ」と意識して思ったことがなかったのに、外国の地で異質な文化や他者に会って急に「私は日本人なのだ」と強く思い知らされ深く実感するという経験があるが、堀田の「インドで考えたこと」はその話に似ている。よって本書は、タイトルから推測されるようなインドに関しての「インド滞在記」というよりは、どちらかといえば日本人論の日本論の書籍であるように昔から私は思う。

本書にて堀田は現地のインドの人と対面しても、自身と同様にアジア作家会議に出席のためにインドに来た各国の作家らと同席しても、食事をしている時でもインドの伝統音楽を聴いている最中も散策して寺院を見学したり洞窟美術の探索をしている際にも、堀田において「インドで考えたこと」は、最終的にはインドのことではなくて、絶えずインドを通して跳ね返ってくる自身の故国・日本のことなのであった。その「インドで考えたこと」、すなわちインドを通して考えた日本のこととして、夏目漱石「現代日本の開化」(1911年)にての漱石の指摘たる「日本の近代は皮相の上滑(うわすべ)りで外発的である(つまりは日本の近代化は内発的な本来的な近代ではない)」旨の日本「近代」批判の言説が繰り返しよく語られる。当然、その日本的「近代」の批判は、インドも含む近隣アジアに対する先のアジア・太平洋戦争での日本の戦争責任追及の言説となっている。

だから、本書には「決定的に欠けているものは、一言で云って、責任、人間の責任という体系である。戦争責任者がふたたび首相になるということが日本では見事なほどに可能なのである」(203ページ)といった記述もある。これは執筆当時1957年の第一次岸内閣成立を受けての、戦中に満州国の建国と運営に深く関与し、日米開戦前後の東条内閣にて商工大臣を務め大陸経営をやって、戦後にまたゾンビのように甦(よみがえ)ってきた岸信介が首相に就任した「戦後日本のデタラメさ」に対する同時代人・堀田善衛のインドからの強い日本批判なのであった。

その他、多様性への寛容がない画一的で閉鎖的な日本文化批判など、堀田が「インドで考えたこと」は、いかにもな朝日新聞社的論調と岩波書店的文章からなる「朝日岩波文化的な」戦後の進歩的知識人の考えであり、左派的で反国家的であり地球市民的で戦後民主主義的なものだ。この点において、前述のように堀田「インドで考えたこと」は小田「何でも見てやろう」や大江「ヒロシマ・ノート」と、やはり読み味が似ている。

本書を好印象で肯定的に読めるのは、著者の堀田善衛と思想的に同じである、左派や戦後民主主義的理念に共感する朝日岩波文化を尊重享受する読者であろう。反対に本書に嫌悪して批判的であるのは、右派の保守で反共であり、戦後民主主義理念の朝日岩波文化に常日頃から反感を抱いている人達であるに違いない。岩波新書の青、堀田善衛「インドで考えたこと」は昔から知られ広く読まれている古典の新書であるが、書評にての本新書に対する高低の評価があまりに両極端に明確に割れてしまうのは、そうした各読み手の思想的立場に由来している。

堀田善衛「インドで考えたこと」のパロディ・タイトルで、椎名誠「インドでわしも考えた」(1984年)という書籍が後にあった。「インド人は空中浮遊できるか」「インドの人は毎日カレーを食べているのか」など、最近のテレビのバラエティ番組のお笑い突撃海外ロケ企画のような(笑)、実に馬鹿らしいインドに関する疑問を真面目に確かめるために作家の椎名誠が実際に現地に出向くインド訪問記である。岩波新書の堀田善衛「インドで考えたこと」と共に椎名誠「インドでわしも考えた」も、私は強く推薦します。