アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(214)吉村武彦「大化改新を考える」

岩波新書の赤、吉村武彦「大化改新を考える」(2018年)の表紙カバー裏解説は次のようになっている。

「六四五年、蘇我入鹿暗殺。このクーデターを契機とし、激動の東アジア情勢を背景に『大化改新』が始まる。新たな中央集権国家形成を目指した改革が実行されてゆくなかで、具体的に社会はどう変わり、民衆の生活はどのような影響を受けたのか。例えばそのヒントは『日本書紀』の『雨乞い』記事にある。文献の徹底した解読と考古資料の検討を通じ実態に迫る」

本書は大化改新(645年)またの名の乙巳(いっし)の変に関し、古代政治にてのこの大きな変革を通し「具体的に社会はどう変わり、民衆の生活はどのような影響を受けたのか」文献史料と考古学遺跡・遺物に即し考察する。タイトル通り「大化改新を考える」の内容である。

「例えばそのヒントは『日本書紀』の『雨乞い』記事にある」と新書解説文にせっかくあるので、本論にある「雨乞い」記事の概略を以下に書いてみる。

「日本書紀」皇極元年七月条、大化改新が始まる三年前の六四二(皇極元)年五月は日照りであったという。五月が田植で、その後に田に水をはる。翌六月に日照りが続くと稲の生育に極めて悪いため、七月に入り雨乞いが行われることになった。その際に三者により、それぞれ別の方式で雨乞いが行われる。「書紀」記述に最初に登場するのは、村で祭祀を担当していた祝部(はふりべ)による「牛馬を殺す」生贄(いけにえ)の民間信仰による雨乞いである。次に出てくるのは、大臣(おおおみ)の蘇我蝦夷による仏教の儀式にのっとり仏に祈る雨乞いである。そして最後に紹介されるのは、皇極天皇が直接に天に祈る雨乞いであった。「書紀」の記述では、それら三者各様の雨乞いに効果の序列(ヒエラルキー)をわざと付ける。すなわち、祝部の雨乞いは効き目が全く現れなかった。蘇我蝦夷による雨乞いでは少々の降雨のみであった。だが皇極天皇がする雨乞いでは、天皇が跪(ひざまず)いて四方を拝み天に向かって雨乞いをすると、たちまち雷を伴う大雨となり降雨は五日も続いた。これに当時の人民は大いに喜び「至徳のある天皇だ」と賛美したという。

こうした「書紀」記述にて、村の祝部の民間祭祀は明確に否定され、仏教を奉じた蘇我大臣の勢力はその限界を示され、しかし天皇は有徳を天下に表し大雨を降らせて人々を喜ばしめ、祝部や蘇我氏は到底、天皇には勝てないことを示す。これは神に祈る雨乞いに名を借りた権力闘争、いわば「神々の戦い」である。このように雨乞い祭祀の効力序列を明確にすることにより、後の大化改新にての天皇中心の時代の到来を暗に説き諭(さと)す意図の「日本書紀」記述である、と著者はいう。

もちろん、そもそもの「大化改新」を経ての「改新詔」そのものが、後代に改作され加えられた潤色(じゅんしょく)の疑いが強い。また蘇我入鹿の暗殺という衝撃的な政治的クーデターの「大化改新」から新たな中央集権国家形成へ着手したように思えるが、実は数年前から天皇中心の律令体制の国づくりは着実に進行していた。もしくは「日本書紀」の雨乞い記事が史実として信頼できなくても、こうした潤色の誘導記述は大化改新以前の皇極朝にてすでに有徳の神格的天皇による集権体制が、あたかも存在したかのように故意に思わせる記事である。この雨乞いの天皇祭祀エピソードに見られるように、大化改新が当時の社会に与えた影響は、天皇中心の国家体制を当時の人々に広く深く知らしめる、日常生活に強い改変を及ぼす形での中央集権国家への志向が常に具体的にあったと著者は指摘する。

それは古代史の大化改新(乙巳の変)に関し、「これまでの多くの研究が、乙巳の変がなぜ起こったかという政治史研究と、『改新詔』の研究をはじめとする部民制・評制の研究とに主に注がれがちであった。しかしながら『日本書紀』孝徳紀を読めば、政治史や制度史に収斂(しゅうれん)できない興味深い記事が多く書かれていることに気付く。この事実を考えると、大化改新の改革によって生じた社会の変化の実態を何よりも明らかにすることが最重要である」旨、そうした著者の強い思いに本書は支えられていた。

大化改新についての先行研究が政治史や制度史の律令国家の上層理論的な抽象トピックに、ともすれば偏(かたよ)り、実際に統治されている律令体制下の一般人民の実際生活の社会史的事柄は看過されがちであった。だが、大化改新の変革が当時の人民の日常生活に与えた具体的影響を史料や史跡に詳細に当たり明らかにすることで、「大化改新といわれる改革とは一体何であったのか」その実態を見事に浮かび上がらせる、そうした考察の切り口が岩波新書「大化改新を考える」は非常に優れている。

この点からして、「大化改新の変革が当時の人々の社会生活にどのような変化を具体的にもたらしたか」の社会史、つまりは婚姻習俗、祓除(ばつじょ・けがれを祓う儀式のこと)と薄葬令、宮廷儀礼と歌木簡、仏教興隆のための宗教政策の内容からなる「社会習俗の『文明開化』」の章が特に面白いと私には思えた。

本新書には「日本書紀」を始めとする史料や史跡の図版が多く掲載されてあり、しかも読み仮名も丁寧にふられ、また図表も多くあり、こうした著者の周到な書きぶりに誘導されて実際の史料に基づいて歴史を理解する日本古代史研究の醍醐味(だいごみ)を、歴史に素人(しろうと)な私のような一般読者にも存分に味わわせてくれる。本書にて導き出される結論よりも、本書に掲載されてある文献史料を著者と一緒に読んでいく過程が面白いのだ。

ただ後に掲載する本書目次タイトルからも明白であるが、日本古代史なのに「民衆」「宗教改革」「文明開化」といったヨーロッパ近世史や日本近代史の概念用語を使って論述している所に私は不信と不満を持った。例えば、終章は「エピローグ・大化改新後と民衆」となっている。古今東西の歴史学の一般認識からして、古代史には「民衆」などそもそも存在しない。「民衆」という概念用語には、生産力の増大に伴い階級意識の一体感を自覚した近代社会への萌芽(ほうが)としての「民衆の登場」といった、およその凡例定義の共通理解がある。ヨーロッパ古代のローマ帝国統治下でも古代中国の秦の統一国家でも、もちろん日本古代の律令国家にても、古代国家の体制下にあるのは「民衆」ではなくて、せいぜい言って「人民」が妥当である。同様に「宗教改革」や「文明開化」の近世や近代の歴史用語も日本古代史にて使用するべきではない。そういった表現表記への不満は本書に対し正直、残る。

最後に岩波新書の赤、吉村武彦「大化改新を考える」の目次を載せておく。

「プロローグ・神々の大化改新、一・『日本書紀』が描く『大化改新』とは、二・『諸国』を統(す)べる新政権、三・社会習俗の『文明開化』、エピローグ・大化改新後と民衆」