アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(220)ハンケ「アリストテレスとアメリカ・インディアン」

岩波新書の青、ハンケ「アリストテレスとアメリカ・インディアン」(1974年)を手にして、「なぜヨーロッパ人のアメリカ・インディアン征服の話でアリストテレス!?普通はスペイン人のラテンアメリカの原住民支配では、アリストテレスであるよりはキリスト教布教の教化を介してなのでは!?」とまず引っ掛かり不思議に思う人は、本新書をそのまま興味深く読めて楽しめる資質の読者だ。

書き手のハンケも、そうした読み手の引っ掛かりを狙(ねら)い著作への興味を掻(か)き立てるよう、わざと「アリストテレスとアメリカ・インディアン」の新奇タイトルにしているフシはある。本書の書き出しからしてこうだ。

「アリストテレスとインディオ、つまりアメリカ・インディアンの取り合わせなど、一見滑稽(こっけい)で意味をなさないように見える。次のように尋ねる人もいるだろう。十六世紀のスペイン人が、自分たちのアメリカ征服に関して生じた問題に、紀元前四世紀という昔この世にいた一ギリシャ人の思想を適用するようになったというのは一体どうしたわけなのか。アリストテレスがインディオに関係のあるようなことを何か言ったのだろうか」

本書は大航海時代を経て各地の植民地政策に入った16世紀のスペイン人が、ラテンアメリカを征服する際の話である。スペインのアメリカ征服を描いたものに、以前「ミッション」(1986年)というロバート・デ・ニーロ主演の秀作映画があった。本映画は史実に基づいた話で、スペイン植民地下の南米パラナ川上流域(現在のパラグアイ)を舞台に、先住民グアラニー族のキリスト教布教に従事するイエズス会宣教師たちの活動を描いたものだ。宣教師が滝の上にある集落に入り、先住民らにイエスとマリアの絵画を見せたり宗教音楽を聴かせたりして彼らに伝道する。やがてグアラニー族はキリスト教に帰依するようになった。村に教会も建った。そのような折、後にポルトガルも進出してきてスペインとポルトガルとの両国によって南米領土の国境線引きが行われ、滝の上のイエズス会布教地区はポルトガル領に編入、先住民には布教村からの移動、宣教師たちには退去が命じられた。だがグアラニー族は立ち退きに同意せず。なぜなら彼らは、他ならぬヨーロッパ人から教えられたキリスト教義により、スペイン人もポルトガル人もグアラニー族も「全ての人間は神の下では平等である」と素朴に信じていたから。もはやスペインとポルトガルとの間での西洋人の勝手な政治的都合で信仰を曲げて教会村を立ち退くことは、グアラニー族の人々には出来ないのである。そうして、やがてスペイン・ポルトガル現地軍との戦いとなり、鉄砲や大砲の重火器の圧倒的物量の前で丸腰に近い弓矢や槍で立ち向かったグアラニー族は壊滅させられてしまう。

当映画から明白なように、当時のスペイン人による現地のアメリカ・インディアンの実質支配に功を奏したのは、何よりもキリスト教であったのだ。こうした話が有名だが、本書では「アリストテレスとアメリカ・インディアン」なのである。なぜ「キリスト教とアメリカ・インディアン」ではなくて「アリストテレス」なのかというと、本書にての説明は以下だ。

南米支配に乗り出した当時のスペイン人にとって、征服が正義と神の意向にかなっていることの保障たるキリスト教による宗教支配の貫徹よりは、現地での奴隷確保の現実問題の方が優先であった。「つらい筋肉労働は誰か他人がすべき」という思想が16世紀のスペイン人の心に強くあったのだ。農民として土地を耕したり鉱夫として地中から金や銀を掘り出したりする覚悟は彼らには、さっぱり出来ていなかった。そこで早くも1519年の時点でアリストテレスの先天的奴隷人説の現地インディオへ適用の理論的工作が始まった。「アリストテレスの先天的奴隷人説」とは、人類の特定の一部は奴隷たるべく自然によって生まれつき定められており、労働を免(まぬか)れ徳高き生活を営むべき主人に彼らは奴隷として奉仕するのは当然という説である。スペイン人によるアメリカのインディオの奴隷支配を正当化する理論であった。

なぜ「アリストテレスとアメリカ・インディアン」なのか、それはアリストテレスの先天的奴隷人説の適用という「ネタばれ」が第一章から早々になされてしまう。そうして第二章以降で、かねてから南米植民地における征服者の暴虐を告発し「インディアスの破壊についての簡潔な報告」(1556年)を後に提出した神父ラス・カサスが出てきて、先住民の奴隷支配に批判的なラス・カサスと、アリストテレスの先天的奴隷人説をインディオに適用しその正当性を主張する神学者セプルベダとの間でなされた「パリャドリッド論争」(1550年から翌1551年にかけて行われたインディオ問題をめぐる討論)の話になる。

「アリストテレスとアメリカ・インディアンの取り合わせなど、一見滑稽に思える。十六世紀のスペイン人が、自分たちのアメリカ征服に関して生じた問題に、紀元前四世紀という昔この世にいた一ギリシャ人のアリストテレスの思想を適用するようになったというのは一体どうしたわけなのか。かつてアリストテレスがインディオに関係のあることを発言したことがあったか!?」云々の著者による書き出しの煽(あお)りは、何ら答えを引き延ばすことなく最初の章にて早くも解決されてしまい、正直「出オチ」のあっけない感は本書にある(笑)。

だが、よくよく考えて相当に勝手で主人である征服者のスペイン人にとってかなり都合のよい、古代ギリシアのアリストテレスの先天的奴隷人説が南米のインディオに流布され適用された事実に関する吟味の論争は、後のヨーロッパ人によるアフリカや北アメリカ、アジアの他地域での先住民迫害の問題、人種差別や奴隷の人身売買の歴史上の問題本質を本格的に考える最初のものとなった。その意味で、本書にて述べられているラス・カサスとセプルベダとのパリャドリッド論争の紛糾の史実は非常に重要だ。

人間は権力を持ち自分(たち)の思うままに権力行使できたとしても、その一方で理論的正当性を確保したがるものだ。たとえ、あからさまに非人道的な悪の行為に手を染めていても、「自分(たち)がやっていることは正しくて理がある」と力説したいものなのだ。16世紀のスペインのアメリカ・インディアン支配に際し、遥か昔の紀元前の古代ギリシアのアリストテレスの先天的奴隷人説を持ってきて適用させ理論的補強を施し、自分らの正当性を言い張り「正しさ」を確保する。そうした歴史の理論操作の蛮行というか愚行があったことを岩波新書の青、ハンケ「アリストテレスとアメリカ・インディアン」は現代の私達に改めて教えてくれる。