アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(232)杉浦明平「台風十三号始末記」

未読な方に読んで面白い書籍として岩波新書の青、杉浦明平「台風十三号始末記」(1955年)をお薦めしたい。もちろん、既読な方も再度読んで楽しめる。鋭いブラックな風刺の軽妙な笑いというのが本書の魅力である。本新書の書き出しはこうだ。

「一九五三年九月二十五日の夕方、わたしたちは十三号台風のおそるべき破壊力を味わされた。そして一つの大きな天災がすぎたあと、必ずおそるべき人災がつづいてくる。それはボス、土建業者等々の仕事や行動のうちに体現せられるということをも。この本はその十三号台風とそれにつづくもろもろの事件の記録である」

岩波新書「台風十三号始末記」はルポタージュである。舞台は愛知県渥美郡福江町(現・渥美町)。一九五三年九月二十五日夕方、台風十三号が上陸し各地に甚大な被害をもたらした。記録によれば台風十三号の被害は福江町に限っても、人的被害は死者八名、負傷者二名。戸数二千八百戸のうち全壊家屋一二0戸、半壊三四四戸、床上浸水一四六六戸、床下一0八戸、非住家の被害四四九二楝。田畑は流出、埋没、冠水四九四町歩、潮風害六七0町歩、つまり福江町のほとんど全耕地に及んでいた。

本新書は二部構成である。第一部は台風罹災の様子、後の「台風十三号始末記」に連なる町長一派の日頃の行状と町議会の派閥対立(町長・自由党と社会党左派・共産党との確執)、部落内のボス専制、「儲けるものと損するもの」の町民格差の前提の問題が語られる。そして、いよいよ第二部にて「台風十三号始末記」の福江町の台風「天災」事後の「人災」騒動記述の始まりである。著者によれば、「第一部がめんどうそうだとおもわれるかたは、第二部だけ第一章から第五章まで読んで下さい」ということである。
 
今回の騒動の発端は、福江町が町内にある中山小学校の木造校舎から鉄筋コンクリート校舎への立て替えを前より予定していたことに由来する。台風襲来以前に町議会で可決された予算では中山小学校第一期工事費千六百万円が計上された。そのうち千五百万円は補助金によるという但し書きが付いていた。しかし、そんな多額な補助金は取りようがない。とりあえず六百万円の町債を起こす議決は取ったが、あとの九百万円はどこからも調達のアテがなかった。町長以下、何度となく国と県に陳情に出向くも、校舎改築の補助金はせいぜい取れて百九十万円そこそこの見込みしか立たない。そこに台風十三号の天災である。付近の河川は氾濫し校庭は浸水したが、木造校舎は頑丈でそのまま建っていた。半壊すらしていない。だが、従来の校舎立て替えの補助金は少ない。そこで町長以下、町議会の教育委員らが台風被害を出来るだけ多く見積もって、あらゆる損害を台風十三号の被害に見せる。何と!木造校舎を故意に壊し台風により全壊したことにして一千万円の立て替え金を災害復興費用として申請してしまう。「タダで鉄筋校舎が建つ」という、町長を筆頭に町議会ぐるみでのインチキ補助金申請の水増し詐欺である。だが町長ら当人たちには何ら罪悪感はない。「一文でも多くとる愛町精神」の美しい(?)発露である。

以下、町長と町議らの会話。「文部省の視察調査も近々おこなわれるはずでありますから、校舎をとりこわすべきでしょうか、どう取計らいましょう」「もちろん、こわすさ」「すぐにこわせ」「すぐやれ、町長」「町のためだもの、反対するものはいないぜ」←(笑)

そうして、ついに木造校舎をわざと壊して「台風にて校舎全壊」の申請を出し補助金認可を待つも、中途で財務局監査官の不意打ち監査あり、また「中山小学校は台風後もずっと授業に使用していた。まだ使用に耐えるのを補助金欲しさにたたきこわしたのだ」という匿名投書が名古屋の財務局にあり、町長一同「議会で対立している共産党の仕業に違いない」の疑いの憎悪で、町は二分の大騒動。インチキ申請はしたものの、肝心の補助金認可がされるかどうか先行きは不透明である。

しかし町長はどこまでも強気で「補助金は必ず来る」と言い張り、見切り発車で鉄筋コンクリート校舎建築工事を業者に受注し工事着工してしまう。そんな中、町長不信任決議も議会に提出され、果たして財務局から申請認可されてコンクリート校舎立て替えの補助金は福江町に無事に下りるのか?仮に補助金認可がなければ、工事はもう進捗しているのだから建設費用は町民の負債となって当面の町民の生活を窮迫し続ける。事実、台風被害後の町民への災害見舞金、生活保護申請の支払いは一向に進んでいない。最悪、町財政は破綻して福江町の破産もありうるのであった。「ネタばれ」になるので最終的に福江町に補助金が下りたかどうかの結末はここに書けないが、書き出しの「一つの大きな天災がすぎたあと、必ずおそるべき人災がつづいてくる」とする著者・杉浦明平による本書にての町長以下を風刺したブラックでドタバタな書きぶりが終始、読んで笑いを誘う。

岩波新書の青、杉浦民平「台風十三号始末記」における「始末」とは、台風天災後の「事後の後始末」の「始末」と、鉄筋校舎立て替えに伴う福江町の町長を始め、町の人々のドタバタ騒動を読むにつけ、「まったく人間とは始末におえない厄介で滑稽なものだね」の「始末」の二つの意味を見事に掛け合わせているのであった。本書タイトルからして絶妙である。

杉浦明平のルポタージュ「台風十三号始末記」は映画化されている。「台風騒動記」(1956年)であり、監督は山本薩夫、主演は佐田啓二である。