アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(243)福田歓一「近代の政治思想」

政治学者・福田歓一のヨーロッパ史の解説記述のあり方は、同時代の専門の西洋史専攻の歴史学者のそれと比べて違う気がする。「福田歓一と同時代の専門の西洋史専攻の歴史学者」といえば、例えば堀米庸三や増田四郎らだ。

福田歓一は政治学者であり、そもそも政治理論形成の過程を明らかにするにあたり、その方法手段として西洋史に取り組んでいるので、つまりはヨーロッパ史そのものを解明する歴史学者ではない、あくまでも政治理論史家であるため、非常に理にかなった無駄のない本質的な世界史理解の解説をやる。福田歓一の政治学史に関する著作を読んでいると、いつも政治学の理論形成に加えて、それを背後で支える時代状況についての福田の解説の手際(てぎわ)に私は感心してしまう。本筋の政治学に加えて、傍流の世界史解説も実は政治学者・福田歓一の著作にての毎度の読み所だ。おそらく福田はトレルチ「ルネサンスと宗教改革」(1897年)やマンハイム「イデオロギーとユートピア」(1929年)が相当に好きで、かなり読み込んでいるに違いない。このことは福田歓一の政治学史の各著作を読んでいると、それとなく理解できる。トレルチやマンハイムの世界史理解の思考の雛形(ひながた)を福田は完全に自分のものにしている。

岩波新書の青、福田歓一「近代の政治思想」(1970年)は、1968年4月に岩波市民講座にて3回にわたって「近代政治思想の諸前提」について話した、その連続講演の速記を元に筆を加えた記録であるという。そうして本新書にて福田はいう、

「それは、ちょうど神保町の一角に岩波ホールが開かれ、市民講座が新宿から移って第一回の試みであった。設備にこまかく気が配られて、まことに話しやすい会場で、手なれた主題について話すのは、私にはむしろアト・ホームな仕組みであった」(「あとがき」)

ここは本書にて実は読み逃してはいけない誠に大事な箇所だ。本書テーマである「近代の政治思想」に関し、「手なれた主題について話すのは」という政治学者・福田歓一の密(ひそ)かな並々ならぬ自信。なるほど、本新書は福田の自信の自負に納得できるような素晴らしい「近代の政治思想」概説である。

本書は、ヨーロッパ近代の政治思想の成立・発展過程を概観したものだ。取り上げられる主な人物はマキアヴェリ、トマス・モア、ルター、カルヴァン、ボダン、ホッブズ、ロック、ルソーである。各人の政治思想の概要とともに、各人の政治思想の特質を背後で暗に規定している、その時代の背景たる当時のヨーロッパの世界史的事件の事柄(ルネサンス、宗教改革、絶対主義、ピューリタン革命、フランス革命など)を細部に拘泥(こうでい)せず、本筋の本質を大胆に大きく押さえ解説している。そこが読み所だ。本書での福田歓一によれば、マキアヴェリからルソーに至るまでの西洋近代の政治思想は、宗教の「権威」と血縁の「慣習」から、人間主体の「理性」と近代科学の「合理性」がそれらに取って代わり、西洋近代の政治のメカニズムは「権力制限と人民主権」に結実するのであった。また、こうしたヨーロッパ近代の政治思想の展開に対応するように、西洋史はローマ・カトリック教会の中世普遍的世界の解体から、ルネサンスと宗教改革を経て各地域の絶対主義国家へ、さらには市民革命を経て近代国民国家へ各地にて変貌を遂げるのだった。

本書を通じて一貫してある福田の政治理論の考え方に、「政治システムのカラクリを原理的に見透かし得たがゆえに、近代の政治思想の本領である現実政治への仮借ない批判精神の発露」というものがあった。福田歓一において「近代思想」は「批判精神」と同義である。近代思想の批判的精神は、自分たちを取り巻く社会や政治の仕組み(カラクリ)を見透かせるからこそ、そのメカニズムの自覚化にのっとり自分たちで主体的に社会制度や政治体制を改善・変革できるのである。

さて、岩波新書の青、福田歓一「近代の政治思想」を読んだ後は以下の二つの読書の方向があると考えられる。

ひとつは本新書「近代の政治思想」の内容を深める方向で、本書と同内容であるが、より詳細厳密に語られている福田歓一「政治学史」(1985年)の専門研究書を読んでみることだ。福田の「政治学史」は、東京大学法学部にて福田が実際に行った「政治学史」講義を録音し文章体に改めた講義録である。500ページ以上ある重厚な書物である。本講義録の内容は「近代の政治思想」にとどまらず、古代ギリシアの政治哲学から近代のヘーゲル・マルクスまで通史で子細に語っており、大変に読みごたえがある。ところで、福田「政治学史」講義の前任者は元東大総長で福田歓一の政治学の師である南原繁であった。東大法学部退官後の師の南原繁の講義枠を、弟子の福田歓一が後任で引き継いだ。そうして福田の前任たる南原の講義録として「政治理論史」(1962年)という書籍も出ている。福田歓一「政治学史」を読んだ後、さらに南原繁「政治理論史」を続けて読むと西洋政治思想史全般への理解がより深まるに違いない。

もうひとつの読書の方向は、岩波新書「近代の政治思想」における理論形成史の内容を踏まえて、今度はヨーロッパ近代の政治思想の一つの到達理念たる「近代民主主義」(当然それは、すでに明らかにされた「近代の政治思想」たる「権力制限と人民主権」の思想に基づくものである)についての原理的理解を深めることだ。この方向に関しては、同じく岩波新書から福田歓一「近代民主主義とその展望」(1977年)という新書が出ている。福田「近代の政治思想」を読んだ後に続けて本新書を読むとヨーロッパ近代の政治思想の原理的な限界も含めて、その利点の良さが了解でき誠に有用である。