アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(445)梅本克己「唯物史観と現代」

ある人の生涯最後の上梓や絶筆は、それがどのようなものであっても無心に読まれるべきものがある。その書物には著者の生の存在の全てが、最期に渾身(こんしん)の力の重みをもって賭けられているような気がするからだ。

岩波新書の青、梅本克己「唯物史観と現代」(1974年)は梅本の絶筆である。本新書の末尾には岩波新書編集部による以下のような「編集部あとがき」の文章が掲載されている。

「本書の著者梅本克己先生は、本年一月十四日朝永眠された。突然のことであった。本書の御原稿は御逝去の前々日に完成されたものである。本書の作製に際しては、千代子夫人はもちろんのこと、実に多くの方々のご協力を得た。とくに武井邦夫・丈子氏ご夫妻と田辺典信氏にはやっかいな校正の労をとっていただいた。衷心からお礼申し上げたい。本書を梅本先生のご霊前にささげ、ご冥福をお祈り申し上げる。一九七四年六月・岩波新書編集部」

著者の梅本克己は前々日に原稿を完成した後に急逝したのである。1974年1月に亡くなり、本書が出版されたのは同年6月であった。岩波新書「唯物史観と現代」は、主にマルクス主義の哲学・社会思想史専攻であった梅本克己の生涯最後の上梓であり絶筆であった。ゆえに軽く読み流せない重みが本新書にはある。少なくとも私は、そうした梅本克己の人間存在の重みを感得して本書を決して軽く読み流せないのであった。事あるごとに頻繁に何度も読み返してしまう。

梅本克己「唯物史観と現代」ではなくても、唯物史観解説の類書はいくつもある。梅本以外にも向坂逸郎、大内兵衛、芝田進午、平田清明ら優秀な同時代の唯物論解説の書き手が私には思い浮かぶ。彼らの著作もよいのだけれど、梅本克己の絶筆の岩波新書「唯物史観と現代」を私はよく読み返してしまう。本書は特別で、やはり重いのだ。

岩波新書「唯物史観と現代」は、まずマルクス主義哲学に対する通俗イメージの偏見を取り除き、次に「唯物史観」の哲学内容を概説し、そして最後に「現代」の時代状況、本書執筆時の1970年代のベトナム戦争の時事問題に引き付けて、東西冷戦下の米ソ両大国の「代理戦争」たる、かの戦争に関し、西側の資本国陣営のアメリカ・日本のみならず、東側の共産国陣営のソ連・中国に対しても何ら不当に肩入れ応援することなく、マルクスの唯物史観を支持する著者の梅本はそれら当時の共産国の国際政治の振る舞いに疑問を呈している。

ここでは、「旧ソ連や中国の現実の政治体制に見られるように、マルクス主義は一党独裁体制の政治を信奉するもの」とか、「唯物史観の唯物論は、物質以外の観念的なものを一切認めずに観念論を排する思想」とか即断してマルクスの思想を安易に全否定してしまうような日本の保守論壇や反共論者など、無視して放っておいてよい。こういう人達は(おそらくは)そもそもマルクスら唯物論の基本の文献すら真面目に読んだことがないだろうから。ないしは読んでも内容を理解できなかっただけの人達であるから、相手にする必要はない。

岩波新書「唯物史観と現代」に極めて簡潔に解説されているが、唯物論ないしは唯物史観を本当に学び知るには、

「存在、運動、矛盾、実践、労働、生産、欲望、意識(イデオロギー)、物象・疎外、連帯、革命」

最低限これら各項目について、有機的に系統建てて唯物論の観点立場から知らなければならない。もちろん、それら唯物論的思想を無批判に肯定して受け入れなくてもよい。これら各項目に対する解釈の相違の理解の幅は、実のところ各人にある。マルクス主義を正当に批判するには、こうした各項目認識へのまっとうな批判が必要であろう。それをできた人だけが、同様にまっとうな反共論者やマルクス主義への批判者になれる。マルクスないしは共産主義に対し、一党独裁とか観念論の排斥など、妙な偏見イメージのみで空想批判する人達は(そういう人々は昔から保守論壇にて多数いる)全く相手にならない。

梅本克己は、以前に戦後の思想論壇でいわゆる「主体性論争」をやって注目された人であり、この論争は日本共産党の共産主義者同士の内輪のセクト闘争にならずに、非マルクス主義の社会学者や文学者ら多数を巻き込んで、戦後日本思想の大きな争点になった。それは戦前戦中の近代日本にて、「人間が、ある思想を有するとはどういうことなのか」思想生成の仕組みや原理が個人の主体性に絡(から)めて、かつて一度も合理的な理論的視点から検討吟味されたことがないという日本社会の伝統的思想風土の根本欠落の深刻な問題に由来していた。人間の「主体性」といったものについて、これまで深く考えた経験が、戦前の一部の共産主義者を除いて多くの日本人にはほぼ皆無であったのだ。

梅本克己の著作は現在では絶版品切が多く今日、梅本の仕事を読み返して再評価するには、なかなか厳しい環境下にある。梅本克己その人が今では一般の人々にあまり知られていないのでは、の危惧すらある。しかし、そうした状況の中で梅本に関係する書籍が近年、例外的に復刻再刊される事例があった。梅本克己・佐藤昇・丸山眞男「現代日本の革新思想」(1966年、2002年に岩波現代文庫より上下二冊で復刊)である。本書は座談のメンバーに政治学者の丸山眞男がいたため、昨今の丸山ブームの丸山眞男の人気を当て込んでの復刊と思われる。マルクス主義と日本共産党への批判の丸山眞男から座談にて終始攻められ、マルクス主義擁護で割と防戦一方な梅本克己が本書にて読める。「公式主義」とか「理論信仰」とか「ミニチュアール天皇制の温存」などと、マルクス主義批判の丸山から厳しく攻め込まれても、逃げることなく応戦し苦戦するマルクス主義擁護の梅本克己の誠実な人柄が「現代日本の革新思想」を読んで偲(しの)ばれる。