アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(254)ノーマ・フィールド「小林多喜二」

岩波新書の赤、ノーマ・フィールド「小林多喜二」(2009年)にて語られている小林多喜二その人について、まず確認しておくと、

「小林多喜二(1903─33年)。ロシア文学に傾倒、労働運動に参加。『戦旗』に昭和初年より代表的プロレタリア作家として活躍。1929年発表の『蟹工船』にて、カムチャッカで蟹をとり、加工する蟹工船の過酷な労働者を描く。日本共産党に入党。非合法活動中に逮捕、築地署の中で拷問により死亡」

小林多喜二、享年30である。しかも、戦時に特高警察による拷問の末の暴行死。あまりにも早すぎて若すぎる、政治権力の国家による理不尽な虐殺だ。

戦後に人は「戦時の日本人は、なぜ天皇制国家の国策たる戦争に反対できなかったのか。なぜ当時の人々は天皇制国家の支配体制を結果として易々(やすやす)と受け入れ、唯々諾々(いいだくだく)と付き従ってしまったのか」と時に厳しく糾弾したりするけれど、私の感触からして、いくら個人内に反戦平和の志向や人権尊重の倫理意識があっても、結局のところ、国家権力を超える確固たる普遍原理を有している人でなければ、国策遂行の総力戦体制の、現存国家の権力行使に制限の歯止めをかけることなど出来ない。この意味において、戦前の天皇制国家に対し原理的に対抗し批判できたのは、個人の内に国家権力を超える確固たる普遍的原理を有している者、つまりは、(1)国家権力の死滅を革命理論的に追求したマルクス主義者か、(2)世俗の政治権力を相対化して超越批判できたキリスト者か仏教者の宗教家か、(3)西洋近代の自然権(人権)思想や民主政治の理念に徹底的に鍛えられた筋金入りの自由主義者しかいない。

小林多喜二は上記のマルクス主義者に当たる。ゆえに小林は戦時に日本の国家を日本人として遺憾なく批判し、そのため小林は日本の国家により残酷なまでに拷問の末、虐殺されたのだった。ここで岩波新書、ノーマ・フィールド「小林多喜二」から官権による小林の拷問死に関する記述を引こう。

「多喜二の『取り調べ』は警視庁特高ナップ係の中川成美やその部下によって行われた。寒中、裸にされた多喜二に加えられた暴力は『一九二八年三月十五日』で描かれたものにも増して残忍だった。三時間の末、瀕死の状態で前田病院に運ばれ、まもなく絶命した。三時間の拷問とは何を意味するか。情報をはき出させるのが主眼ではない。中川たちが殺意に満ちていたことはいうまでもないが、手早く殺してしまっても目的は果たせない。多喜二の苦しみを味わう時間を彼らは必要としていた、としか理解しようがない。特にむごたらしいディテールの内に数えられないかもしれないが、彼らは右手の人差し指を手の甲に届くまで折った。もう原稿に向かうことはあり得ないのに、わざわざ、である」(「東京の冬空の下の死」239ページ)

多喜二の死は翌日、ラジオの臨時ニュースで報じられた。死因は「心臓麻痺」と公式発表された。一般メディアは敗戦まで虐殺暴行死の真実を公表することはなかった。警察から遺体を引き取った母・セキと友人仲間らが、拷問の跡が生々しい多喜二の写真を撮った(拷問跡が痛々しい多喜二の遺体写真は岩波新書「小林多喜二」241ページに掲載されている。凄惨な見るのに辛い写真であるが、未見な方には一度は見てもらいたい)。多喜二の遺体写真は戦後まで隠されて残った。真の死因証明のために翌日、仲間らが解剖を望んで病院三軒に当たったが全て断られた。特高の手がすでに回っていたのである。

小林多喜二の「三時間の拷問の末の死」に私は言葉がない。何も言えない。

また小林多喜二に関しては、「党生活者」(1933年)の小説内での笠原というひとりの女性の扱いをめぐり、「目的のためには手段を選ばないことは許されるか」、政治目的達成の前ではあらゆる犠牲が正当化される「政治の優位性」を主張する戦前の日本共産党批判に連なる、いわゆる「政治と文学」論争というのが以前にあった。これは別名「ハウスキーパー問題」とも呼ばれる。戦後に「近代文学」同人の平野謙が問題提起して一時期、話題となった。岩波新書「小林多喜二」の著者であるノーマ・フィールドも本書にて、この「ハウスキーパー問題」に触れている(228─238ページ)。女性のノーマ・フィールドが「党生活者」の中での小林多喜二の女性の描き方に対し、どのような解釈を下し、「ハウスキーパー問題」にて結果として彼女は小林を擁護しているのだが、どういった理屈でノーマ・フィールドは小林多喜二を擁護しているか、そこが本新書のその他の読み所ではある。

ノーマ・フィールドは、過去作「天皇の逝く国で」(1994年)と同様、相変わらず人物記述が上手い。この人はルポや評伝を執筆する際、必ず現地に自ら出向き、対象人物の当人や家族や親族や関係者らと直(じか)に会って長い時間を一緒に過ごし、相手の言外の本心や微妙な心の動きを逃さず受け止めてから書き始める。岩波新書「小林多喜二」にても多喜二の親族や以前に多喜二の隣家に住んで彼に家庭教師をしてもらっていた女性に会い、小林多喜二に関する記憶や思い出を聞いて本書に書いている。

近年、特に岩波新書では非常に読みごたえがある良質な評伝が多く出た。例えば、石川達三を扱った河原理子「戦争と検閲」(2015年)や、原民喜を扱った梯久美子「原民喜」(2018年)である。ノーマ・フィールドも含めて河原理子も梯久美子も、評伝人物の親族や関係者らと会って直に話を聞いたり未公開資料を新たに託された上で執筆している。もう現代では書斎に閉じこもって関係書類を整理し構想して高踏的にまとめるだけの、ものぐさで横着な評伝は駄目で、実際に現地に出向き人と直に会い話を聞いて、そのことを繰り込んで執筆しなければ今日では良質で正統な評伝文学は書けないような気が私はする。