アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(263)梶村秀樹「朝鮮史」(その2)

前回からの続きで、梶村秀樹「朝鮮史」(1977年)にて特に読み所と思われる箇所を引き続き挙げておく。

「第二次日韓協約(乙巳条約)締結」について。日露戦争後の1905年に締結。これにより日本は外交権を接収し韓国を保護国化して、統監府を設置した。第二次日韓協約調印当日の様子を梶村「朝鮮史」から引こう。

「この条約交渉の特命全権大使は、元老伊藤博文が自らかってでた。伊藤の持っていた条約案を示されたとき、朝鮮政府は苦悩した。民衆ほど腰が定まっていなかったとはいえ、事の重大さからみて簡単にこれを受け入れるわけにはいかず、さりとて『戦争をしかけることも辞せず』と恫喝(どうかつ)する伊藤に、きっぱり拒否回答をすることもできなかった。すると伊藤は、駐屯日本軍に王宮を包囲させたうえで、直接朝鮮政府の閣議の席にのりこみ、大臣ひとりひとりに脅迫的に賛否を答えさせたうえで、自分でかってに賛成多数と決めて、その状態のまま属官に『国璽(こくじ・国の正式の印章)』を取ってこさせ、その晩のうちに『調印』させてしまった。強硬にこれに反対した参政大臣(閣議の責任者)に対しては、暴力までふるわれた。このような『調印』の経緯のために、『保護条約』は国際上無効であり、したがって、それを根拠として進められた一九四五年までの植民地統治は、全期間を通じて不法占領状態とみなすべきだという立論が可能になるのである」(139・140ページ)

日本による韓国の保護国化と統監府設置を定めた第二次日韓協約の締結に当たり、後に初代韓国統監となる伊藤博文が、王宮を軍で包囲し閣議の席に乗り込んで、大臣ひとりひとりに脅迫的に賛否を答えさせた上で、自身で勝手に賛成多数と決めて、その晩のうちに「調印」成立させた。しかも「調印」に強硬に反対した大臣は伊藤から暴力まで振るわれたとする、この伊藤博文の傍若無人な振る舞いエピソードは強烈だ。

今日の国際法では「国の同意の表明は、当該国の代表者に対する行為又は脅迫による強制の結果行われたものである場合には、いかなる法的効果も有しない」とされている。一般に「当事国の代表者への脅迫に基づいて強制的に調印させた条約は無効」であるのだ。つまりは、国を代表する個人に対する恫喝と暴力の強制を伴う調印であることから、第二次日韓協約(1905年)は非合法で無効である。したがって本協約を前提とする後の韓国併合条約(1910年)も無効であり、梶村に言わせれば「それ(第二次日韓協約)を根拠として進められた一九四五年までの植民地統治は、全期間を通じて不法占領状態とみなすべきだという立論が可能になるのである」。

こうした日本による韓国併合は非合法・無効説(1910年の韓国併合条約の締結当初から源泉的無効であるとする説)には、当時の国際法上の解釈や、上記引用の梶村が記述したような調印に際しての伊藤博文による恫喝・暴力の実際の強制有無をめぐる史料批判の議論が現在でもある。ここでは詳しく述べないけれど、それら諸論点については、海野福寿「韓国併合」(1995年)、海野「伊藤博文と韓国併合」(2004年)、その他、近年の原田環の研究が大変参考になる。

私は、韓国併合が「非合法で無効」でも「合法で有効」でも国際法上の解釈はどちらでも構わないのだが、韓国併合の実情を史料や研究書で詳細に知り、かつ併合前後の時系列の日韓通史を概観する限り、韓国併合は「法的解釈ではギリギリ合法で有効」で日本の方にやや分(ぶ)がある。だが、当時の韓国併合に至る日本の一連の政策は、両国対等の立場で合意形成されたものでは決してなく、日本の圧力により韓国に不当に締結させたものである。ゆえに道義的には不当で相当にヒドイものがあり、韓国併合に関し近代の日本は後々まで近隣アジア諸国から非難されるべきものがあると思う。

韓国併合は「合法で有効」派の日本の右派や保守、国家主義者の面々は「条約締結に際し、日韓の間に恫喝・暴力の確固たる事実証拠はなく、つまりは当事国の代表者への脅迫に基づいて強制的に調印させた条約と断定できないのだから有効で、韓国併合が実行された当時としては国際関係の原則にのっとり国際法上合法的に併合は行われた。合法だから問題ない」旨をよく力説する。しかしながら、そうしたかなりスレスレな、きわどい法解釈による日本の朝鮮統治「合法」正当化の論とは別に、中東におけるイラン立憲革命(1905年)など、当時すでに民族自決・自由独立の気運が非ヨーロッパのアジア諸国にも高まりつつあった中で日本から外交権は接収され、韓国軍隊は解散させられ、内政権も掌握されて遂には日本に植民地化される韓国、並びに朝鮮の人々の苦しみと日本の韓国併合の道義的不当性を朝鮮近代史を知るにつけ、私は痛感せずにいられない。

ここに至って近年の「嫌韓本」や「日本の歴史賞賛本」にて、まことしやかに流布される、現代風の俗な言葉でいう「トンデモ歴史」であるところの「韓国とは侵略戦争ではなく、逆に韓国の申し出から条約で合法的に日韓併合をして韓国は日本領になり、ロシア侵略から守られ日本の投資で文明開化もした。韓国併合は、欧米の侵略植民地とは違う韓国側が望んだ平和的な併合だった」とするような、日本人にとっての自分(たち)本位な都合のよい歴史認識は、同じ日本人として非常に恥ずかしく噴飯ものである。私は嘲笑せずにいられない。

この記事は次回へ続く。