アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(268)森嶋通夫「イギリスと日本」

岩波新書の黄、森嶋通夫「イギリスと日本」(1977年)は当時かなり好評人気で広く読まれたらしく、後に同じ岩波新書から「続・イギリスと日本」(1978年)も出ている。また「岩波新書のオールタイム・ベスト」のような読書アンケート企画にて、森嶋「イギリスと日本」を名著の推薦図書に挙げる人は多い。

岩波新書「イギリスと日本」は当時、英国のロンドン大学(正確にはロンドン大学のカレッジの一つであるロンドン・スクール・オブ・エコノミクス)の教壇に立ち、イギリス在住だった経済学者の森嶋通夫が1975年の一時帰国の際、日本で行った講演記録に後に加筆してまとめたものである。副題に「その教育と経済」とあるように、本書では教育施策と経済問題を中心に「イギリス病(英国病)」や「日英貿易摩擦」についての森嶋の考えが述べられている。

本新書は全4章からなるが、「イギリスと日本」と言いながら最初の3章は「イギリスのことばかり」著者の森嶋が熱心に語り、「イギリスと日本」の比較論的な議論はほとんどなされない(笑)。イギリスを介しての日本のことについてはあまり語られない。そこが本書の笑い所か。そういった意味では、書籍タイトル通りに「イギリスと日本」の共通や相違の比較考察を割合丁寧にやっている、森嶋による続編「続・イギリスと日本」の方が私は好きである。

岩波新書の黄、森嶋通夫「イギリスと日本」の読み味は同じ岩波新書の青、池田潔「自由と規律」(1949年)のそれとどこか似ている。池田「自由と規律」は副題が「イギリスの学校生活」であり、英国のパブリック・スクールに関し、これまた長く英国に在住した著者の池田潔がパブリック・スクールで学んだ若き日の自身の経験を振り返りながらイギリスの教育について述べたものだ。池田潔「自由と規律」も刊行当初から人気で後に何度も版を重ね、広く読まれてきた人気の岩波新書である。現在でも読書アンケートにて「自由と規律」を名著の推薦図書に挙げる人は多い。やはり、森嶋通夫「イギリスと日本」は池田潔「自由と規律」と書籍の性格が似ている。

岩波新書の森嶋通夫「イギリスと日本」は、どう読まれるべきなのか。本書から読み取るべきことは何か。いま私の手元に、岩波書店が出している月刊誌「図書」の「岩波新書創刊80年記念」に当たる臨時増刊「はじめての新書」(2018年)がある。本冊子では特集「はじめての新書」として書籍に関わる134人(作家、評論家、書評家、大学教授、ジャーナリスト、編集者、書店員ら)にアンケートを行い、初めて読んだ新書、愛読の新書、心に残る新書、未読な読者にお薦めの新書を推薦文とともに数冊をリスト形式にて各人が各様に挙げている。

そのなかで出口治明(立命館アジア太平洋大学(APU)学長)が、森嶋通夫「イギリスと日本」を「思い出す新書」の一冊に挙げていた。出口の以下のコメントのように、「世にいう格差問題の先鞭(せんべん)をつけたもの」とする理解が本新書に対する一つの読みの落とし所のように確かに私にも思えた。

「社会人になってから読んだ本だと思うが、森嶋通夫『イギリスと日本』も衝撃的だった。『イギリスは階級社会だ、しかし、梯子(はしご)がかかっており、二つの階級の間を比較的自由に行き来することができる。これに対して、日本は、階級間移動が極めて厳しい社会だ。果たしてどちらが、活力ある社会だろうか』。確かそんな内容だったと記憶している。いわばこの本は、世にいう格差問題の先鞭をつけたものだった」

こうしたコメントの後に「人間社会で格差が生じることは決して悪いことではない。問題は機会の均等が確保され、各人が思いきってチャレンジできるよう失敗したときの公助の仕組みが整っていることだ。格差はむしろ自然なことで、格差は各人の向上心を生み、健全なインセンティブにもなり得る」旨の出口の持論が続く。いかにもな自由競争導入の格差肯定の新自由主義(ネオリベラリズム)的な市場原理主義的考えであり、「当節、立命館アジア太平洋大学学長のポストにある教育者でありながら、さすがは元生命保険屋で企業人の出口治明の言いそうなことだ」と私は思わないこともないけれど(苦笑)、そして「イギリスと日本」にて「著者の森嶋通夫は、階級間移動の自由性を確保した上での各人の階級格差を是認している」とは私は読まないのだが、とりあえずは「イギリスと日本」を論ずるに当たり、文化的ないしは経済的な国民間の階級格差に対する問題意識は経済学者の森嶋通夫にて、いつの時代でも氏の中に一貫して強くあったことは認めうる。

そのことは、岩波新書「イギリスと日本」以後の森嶋の各著作「サッチャー時代のイギリス」(1988年)や「思想としての近代経済学」(1994年)を連続して読むと、経済学者の森嶋通夫は経済の問題を階級格差の観点から、時に経済以外の国家の福祉部門や教育政策のあり様にも言及しながら長期に渡り一貫して考え続けていたことに気づくのである。