アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(322)千野栄一「外国語上達法」

岩波新書の黄、千野栄一「外国語上達法」(1986年)の概要はこうだ。

「外国語コンプレックスに悩む一学生は、どのようにして英・独・仏・チェコ語をはじめとする数々のことばをモノにしていったか。辞書・学習書の選び方、発音・語彙・会話の身につけ方、文法の面白さなど、習得のためのコツを、著者の体験と達人たちの知恵をちりばめて語る。言語学の最新の成果に裏づけられた外国語入門書の決定版」(表紙カバー裏解説)

本書は1980年代の出版であり、2000年代以降の昨今の外国語学習法の書籍のような、英語を始めとしてどの外国語習得にも適用できる普遍的で即効果が出る必殺の具体的な上達法伝授があるわけではない。どちらかといえば、極めてオーソドックスな外国語を学習するに当たっての基本の心構えや基礎的な学習項目や効果的な道具使いについて一般的に述べる新書だ。本新書は全12章よりなる。ここで紹介される「外国語上達法」の内容は、本新書の目次を一瞥(いちべつ)すればすぐに分かるのである。

「1・はじめに─外国語習得にはコツがある。2・目的と目標─なぜ学ぶのか、ゴールはどこか。3・必要なもの─語学の神様はこう語った。4・語彙─覚えるべき千の単語とは。5・文法─愛される文法のために。6・学習書─よい本の条件はこれだ。7・教師─こんな先生に教わりたい。8・辞書─自分に合った学習辞典を。9・発音─こればかりは始めが肝心。10・会話─あやまちは人の常、と覚悟して。11・レアリア─文化・歴史を知らないと。12・まとめ─言語を知れば、人間は大きくなる」

まず「はじめに」「外国語習得にはコツがある」ことを知って、次に「なぜ学ぶのか、ゴールはどこか」の「目的と目標」を定める。特に「目標」のゴールに関して、外国語の学習に際し外国語が「できる」にも実は様々な段階があって、一つの言語を読み書き話せる三拍子揃(そろ)って上手に出来るようになるには三年から五年はかかるという。だから「習得したいと思う外国語が決まったら、その外国語をどの程度習得するつもりか最初に見通しをつけなくてはならない」。読み書き話せるの三拍子揃った完全習得をめざすのか、それとも外国語文献を読めるだけ、ないしは観光や滞在での日常会話ができる程度の受け身の習得にとどめるか、など。「外国語上達法」において「目的と程度をはっきりさせ」ることがまずは重要である。

その上で外国語上達のために必要な各要素である「語彙、文法、学習書(テキスト、参考書、問題集など)、辞書、発音、会話」について自分にとっての最適なものを選択したり、各分野別に自身の中で深めて理解し一つずつ確実につぶしてマスターしていけばよいわけである。ついで外国語の上達のためには独学ではなく、よい教師に付いて学ぶことが望ましい。さらには「レアリア」(チェコ語で「ある時期の生活や文芸作品などに特徴的な細かい事実や具体的なデータ」の意味。外国語の背景理解をさす)の異文化知識も学び知って、そのことを通してより深く外国語を熟知し使いこなせるようになる。そうして人は外国語学習の最後の段階にて「言語を知れば、人間は大きくなる」ことを自身の外国語習得の長い過程を経て身をもって知り、あらためて実感するのである。

本書の第3章「必要なもの─語学の神様はこう語った」にある記述で、「これを書いたのは日本人か?Sというのは誰だ。どうしてこんな完璧なポーランド語が日本人に書けるのか」とポーランド人のネイティブに感嘆されたほどの「語学の神様」といわれるS先生に著者が「語学が上達するのに必要なものはなんでしょうか」と尋ねたところ、「それは二つ、お金と時間」と答えたという。

「お金」とは、語学の上達のためにはまずお金をかけて優秀なネイティブの教師に付き学ぶことである。さらにもう一つの「時間」については、「外国語の習得には記憶が重要な役割を演じており、記憶には繰り返しが大切で、そのためには時間が必要なのである」。また「繰り返しは忘却の特効薬」とも著者はいう。外国語の学習を始めたら規則正しく、たとえ短い時間でも毎日やることが重要であって、継続の時間の積み重ねが必要である。外国語習得のためには「忘却」の忘れることを何ら恐れず、反復して繰り返しの時間をかけることが肝要であるとする岩波新書の黄、千野栄一「外国語上達法」での「まとめ」にての著者の結語である