アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(329)岡田晴恵「人類VS感染症」

2019年以降、短期間で一気に世界中に蔓延した新型コロナウイルス感染症(COVID─19)の日本国内での深刻な影響をもとに、連日テレビにてよく見かけるウイルス学研究の岡田晴恵のことが、私はそれとなく気にはなっていた。

あまりにメディア露出が多く、しかも日本国内の検査実績や診療・隔離のあり方に関し、現日本政府や日本の医療体制に対する批判や苦言や注文が彼女は多いため、「必要以上に余計な不安を煽(あおり)りたくない、日本国内でのコロナウイルス被害を出来るだけ小さく見積もりたい、日本は諸外国に比べてコロナウイルスの封じ込めに成功しており、むしろ日本はよくやっている」という方向に世論を誘導したい政府関係筋や公立の保健所や医学会の医療従事者団体や愛国保守論壇から、岡田のテレビ・コメントでの小さなミスの指摘や言葉じりの曲解など、ささいなことで執拗に叩かれ、また岡田の経歴や研究実績云々のことで、いわれなき中傷に日々さらされて彼女がとても気の毒に思えたからだ。

そうした一部の人達に枝葉なことで執拗に叩かれ続ける彼女への気の毒な思いと、さらにはコロナウイルス案件にて現政府や日本の医療体制に対する岡田による批判や苦言や注文に関する私の共感の思いもあって、岩波ジュニア新書の岡田晴恵「人類VS感染症」(2004年)を先日、読んでみた。

本新書を執筆の2004年時点での岡田晴恵の肩書は、国立感染症研究所ウイルス第三部三室研究員である。岡田は国立感染症研究所に所属していた経歴の持ち主であり、彼女はウイルス研究の専門家であるのだから、昨今のコロナ問題にて、知識のにわか仕込みの、やたら声だけ大きい政治家やテレビ出演のコメンテーターや芸能タレントよりは、コロナウイルスのことや社会防疫のあり方について詳しく正しく知っているはずである。曲がりなりにも国立感染症研究所に所属していた専門家であるのだから、コロナウイルス問題について、あからさまな嘘や大袈裟(おおげさ)で悪質なデマの扇動をなすとは考えにくい。感染症学に素人な政治家やテレビ出演のコメンテーターや芸能タレントよりは、確実にこの人の方が信用できるのである。

さて、そんな岡田晴恵による「人類VS感染症」の内容はといえば、本書の目次を挙げてみると、

「序章・エリザベートとハンセン病、第一章・神の仕業から病原体発見へ、第二章・天然痘根絶への道、第三章・ペストの歴史から学ぶ、第四章・身近に迫るエイズ、第五章・風疹と麻疹、第六章・新型インフルエンザの脅威に備える、終章・いのちのあたたかさ─あとがきにかえて」

文明の発祥以来、人間と共に太古の昔からあった感染症のウイルスであり、過去に幾度となく人類を時に脅かし、また人類と共に長く共存してきた。そうした人類と感染症との歴史をして「人類VS感染症」とする書籍タイトルが、なかなか良いと私には思える。近代医学が成立し発展する以前は、病原菌の存在そのものが知られておらず、またその概念もないから、昔は感染症を発病した患者や近親の者は「神罰」とか「悪魔の祟(たた)り」とか「劣性遺伝」といった非合理解釈によって、共同体から過酷に弾圧されたり、不当な差別を被(こうむ)ったりした。そうした感染症をめぐる人間社会の負の歴史を解説し、感染症・伝染病・疫病罹患の者に対する「無知と誤解による偏見と差別」を排して「正しく病に立ち向かうこと」を、「序章・エリザベートとハンセン病」と「第一章・神の仕業から病原体発見へ」の冒頭の2つの章でまず説いている。その上で第二章では天然痘を、第三章ではペストを、第四章ではエイズを、第五章では風疹と麻疹を、第六章では新型インフルエンザをそれぞれ取り上げている。

今日のコロナウイルス問題の渦中にあって、私達が興味をひかれ特に読むべきは、やはり新型インフルエンザについて述べられている「第六章・新型インフルエンザの脅威に備える」であろう。本書執筆時や本書初版の2004年の時点で著者の岡田晴恵も一般読者も、2019年以降のコロナウイルスの世界的拡がりにより世界各地に、また日本にも患者や死者が多数出て、社会的・経済的活動が「自粛」要請で大規模に制限される事態になるとは何ら現実的に予測できていない。よって、本書でも過去に流行したスペインかぜや2004年の直近で発生したH5N1型高病原性鳥インフルエンザの東アジアでの流行事例を参照し、それらを教訓にして「近い将来、新型インフルエンザが発生する」「新型インフルエンザの脅威に備える」の、今後おそらく発生するであろう新型インフルエンザへの警鐘と対策についての記述が注目に値する。

「人類VS感染症」は10代の中高生向けの岩波ジュニア新書であるから、インフルエンザ(流行性感冒)について、ウイルスの構造やインフルエンザウイルスが宿主動物からやがて人間に感染する際の細胞学的見地よりの過程やウイルスの突然変異の現象をとても分かりやすく解説してくれている。ここが本章の一つの読み所に思える。

そしてもう一つの読み所は、新型インフルエンザが発生した際に私達の日常の生活はどうなってしまうのか、2019年から始まるコロナウイルスの発生と世界的蔓延という今日の事態以前にもかかわらず、2004年の時点での著者の岡田による記述が既にそのまま現在の世界の、また今日の日本の状況を見事に的確に言い当てている一連の記述である。昨今の状況を早くも予測し見切っていたかのような2004年当時の文章が読んで非常に興味深いと私には思えた。例えば以下のような岡田晴恵の指摘である。

様々な鳥や家畜や禽獣が持ち込まれる中国の市場から人間に感染し、近い将来、新型インフルエンザが、やがては世界的にウイルス伝播していくであろう可能性と懸念について─「中国南部が新型インフルエンザ発生の震源地になりやすい環境であることは、前に説明した通りです。最近数年間における中国経済の躍進的発展と流通機構の発達はめざましいものがあります。…経済発展により、鶏肉や家禽、家畜の消費量も数倍になりました。…農村での家禽や家畜は市場にもちこまれて売り買いされます。この市場には、ありとあらゆる動物が生きたままもちこまれて売り買いされるのが一般的です。…このような変化は、ウイルスには大きな環境変化という意味をもちます。遠隔地で飼育されていた鳥が保有していたインフルエンザウイルス、その土地に定着して、その土地に特有であったウイルスが、宿主である鳥や家禽と一緒に遠方にまで運搬され、市場で取り引きされることになります。…その市場そのものが多くのウイルスで汚染されることにもなります。このように大きな市場において、ウイルスが直接人やほかの動物に感染したり、感染した人や動物の中でウイルスの遺伝子が混じり合い、遺伝子再集合が生じるなどの可能性が増大していきます」(「経済発展と物流のおよぼす影響」192・193ページ)

地球規模に拡大蔓延した新型インフルエンザウイルスは日本にも及んで、医療現場にて医療従事者がインフルエンザに感染し、また高齢者や慢性疾患を有する人が重症化しやすいこと。さらには院内感染によって病院が一時的に機能不全となり、新型インフルエンザ以外の患者にも深刻な影響が出るであろうことについて─「当然、新型インフルエンザは日本にも来襲します。…現場では、患者に対応する医師や看護師、救急患者搬送スタッフなどが、真っ先に感染すると考えられます。新型インフルエンザは発生時には、当然、ワクチンは存在しません。ゆいいつの頼みの綱ともいえるのは抗インフルエンザ薬。しかし、症状を軽減し、重症化や死亡者を減らすことは期待できますが、感染の阻止や発症の阻止には十分な効果は期待できません。医療スタッフがインフルエンザにかかって動けなくなれば、医療現場での治療や看護に深刻な影響が出ます。…病院にはインフルエンザの患者のみが入院しているわけではありません。ほかの病気の患者の医療にも影響が出ます。さらに、さまざまな病気を抱えた入院患者自身にもインフルエンザの院内感染がひろがり、老人や乳幼児、妊婦、心臓や肺、肝臓に慢性の病気をもっている患者や移植手術を受けた患者、HIVに感染している患者がより重症化していくことが想像されます」(「日本にもやってくる」197・198ページ)

その他、先のスペインかぜの世界的流行に際して帝国主義の覇権を争う時代であったため各国が諸外国と自国の国民に対し、感染被害を故意に隠蔽(いんぺい)したり、情報操作をして被害状況を過小に報告していた事例の記述(「スペインかぜの猛威」171─175ページ)も大変に興味深い。現在の日本では諸外国と比べコロナウイルス感染の検査が広く一般に行われておらず(検査対象者が非常に絞られており)、正確な感染拡大実態を把握できていない。これら本文記述には、客観データ収集や適切なサンプル計測をやらない今日の日本の現状に批判的である著者の強い姿勢を読む者に暗に感じさせる。

こうした本書の全体を貫く暗黙の立場は、岩波ジュニア新書「人類VS感染症」の著者たる岡田晴恵のウイルス学研究と社会的防疫の「公衆衛生の精神」に携わる専門家としての、もとより岡田晴恵その人の、以下のような「いのちのあたたかさ」という普遍的な人間尊重の揺るぎない思いに支えられていた。

「感染症から身を守るということは、自分とまわりの人びとのいのちを大事にするということにほかなりません。…いのちの尊さを、あたたかさや音やにおいなどの五感で感じとって、相手のいのちを尊重する、そんな思いこそが感染症の流行を防ぐのです。…公衆衛生の精神は、人間の心の底にある根源的なやさしさや思いやりに根づいたいのちへの慈しみなのです」(「いのちのあたたかさ」208・209ページ)