アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(332)白井恭弘「外国語学習の科学」

外国語学習に際しての語学習得のコツについて、「継続は力なり。習うより慣れよの反復練習を繰り返せ」とか、「語学力は実戦で鍛えられる。とりあえず実際に聞いて話して書いての経験を積め」などとよく言われるが、そういった単なる「反復の慣れ」や「実戦の経験」の何となくの無理論で泥臭い根性論の精神主義ではなくて、確固たる理論根拠に裏打ちされた、より合理的で短期間で習得成果が見込める科学的な外国語習得の方法はないのだろうか。

岩波新書の赤、白井恭弘「外国語学習の科学」(2008年)は、そうした科学理論アプローチから効果的な外国語学習の方法を導き出そうとする新書である。本書の概要はこうだ。

「英語、韓国語、中国語など外国語を学ぶ人は多く、また日本語教育に携わる人も増えている。だが各種のメソッドや『コツ』は、果たして有効なのだろうか。言語学、心理学、認知科学などの成果を使って、『外国語を身につける』という現象を解明し、ひいては効率的な外国語学習の方法を導き出す『第二言語習得(SLA)』研究の現在を紹介する」(表紙カバー裏解説)

本書のサブタイトルは「第二言語習得論とは何か」であり、文字通り「第二言語習得論」に関する書籍である。よって、本新書を読む前に「第二言語習得論」の内容をまず押さえ、それから本文に臨むことが好ましい。ここで「第二言語習得論」について、その概要を確認しておくと、本書のテーマである「第二言語習得」とは「Second・Language・Acquisition」略して 「SLA」のことであり、第二言語習得論は比較的新しく1960年代に始まった研究分野で、言語学や心理学の認知科学らの成果と連携しながら「外国語を身につける」という現象を科学的に解明し、ひいては効率的な外国語学習の方法を導き出すことを課題とする実践的要請が強い学問といえる。また「第二言語」とは、その人が母語(第一言語)を習得した後に、あらためて学習し使用することができるようになる、母語(第一言語)以外の言語のことであるから、要するに第二言語習得とは非ネイティブ・スピーカーが児童期以降に意識的に学習して会得する母語(第一言語)以外の言語習得のことを指す。これは日本でいえば、中高の学校教育にて一般に開始される英語学習に当たるわけで、よって日本では「第二言語習得」といえば、幼少時に英語の言語に触れたことがない、つまりは元からバイリンガルではない非ネイティブな日本人に向けての主に英語教育になるわけである。もちろん、日本人が英語以外の外国語を、例えば韓国語や中国語やフランス語を後に学習して会得することも第二言語習得に該当する。

岩波新書「外国語学習の科学」は全6章よりなる。「本書の構成」たる各章の概要について素人読者の私が下手な要約をするよりも、ここは本書を執筆した著者の白井恭弘その人に直接に説明してもらおう。

「本書の構成は以下のようなものです。まず、第1章では、第二言語習得に関する母語の役割を検討します。次に第2章で、なぜ子どもはふつう第二言語習得に成功するのに、大人は多くの場合失敗するのか、といういわゆる臨界期の問題をとりあげます。第3章では、外国語学習にどんな学習者が成功するのか、特に適性と動機づけの要因についてその影響を論じます。第4章では、第二言語習得のメカニズムについて、これまでにわかっていることを紹介します。第5章では、効果的な教授法・学習法の問題を論じ、第6章では、具体的な学習法のコツを紹介します」(「プロローグ」ixページ)

実のところ、本書はよく読まれている。それは第二言語習得論への社会的関心の強さや著者の白井恭弘ファンの読者が多いことに加えて、本新書が大学の講義や企業での語学研修の際に必読の課題図書によく指定される事情があるかららしい。なるほど、岩波新書「外国語学習の科学」は「言語学、心理学、認知科学などの成果を使って、『外国語を身につける』という現象を解明し、ひいては効率的な外国語学習の方法を導き出す『第二言語習得(SLA)』研究の現在を紹介する」とあるように、最初の章から日常ではなかなか聞き慣れない専門用語の連発で(「言語間の距離」とか「言語転移」とか「臨界期仮説」とか)、非常に戸惑う。こうした第二言語習得論の抽象理論的なことは、もちろん外国語学習者は事前に知っておいて損はないけども、どちらかと言えば中学・高校の英語教師や大学や外国語学校の教員と経営者や語学の各種資格検定に携わっている外国語教育の職業従事者が、「適切な職務遂行を果たすための語学教育に関する教養知識」として押さえておくべきものであって、一般の語学習得を目指す学習者は、第二言語習得論の原理や理論にそこまで深入りせず、本書からは「第二言語習得論の科学に裏打ちされた効率的な外国語学習の方法」をとりあえずは知り、即に実践してみる本書の利用の仕方がより賢明と思える。

例えば水泳の泳ぎの技術で、効果的な息継ぎ方法や正しいフォームを理論的にいくら精密に分析解説できても実際にプールや海の水の中で泳げない人がいれば、その人は滑稽(こっけい)であり噴飯だ。「『外国語を身につける』という現象を科学的に解明し、ひいては効率的な外国語学習の方法を導き出すことを課題とする実践的要請が強い学問」とされる「第二言語習得論」についても、これと同じことがいえる。「第二言語習得論」において、外国語習得についての原理の抽象理論と、外国語を実際に身につけ使えるようになる実践行動との両者を混同してはいけない。第一義的で大切なのは当然、前者の「外国語習得原理に関する抽象理論の蘊蓄(うんちく)」の手段ではなくて、後者の「実際に外国語が身につき使えるようになる実践」の目的である。

そういったわけで、本新書での一番肝心な読み所であろう、第二言語習得論に関する科学的研究成果に基づいた効率的な外国語習得のための具体的方策を著者が挙げている「第6章・効果的な外国語学習法」の内容についてまとめてみる。この最終章は通常記述であるが、内容が伝わりやすいよう以下では数字を振り箇条書き形式にして簡潔に要約してみる。

(1)「分野をしぼってインプットする」。インプット(聞くこと・読むこと)を理解するには背景知識が重要で、ただでさえ難しい外国語を理解するには日本語でもわからないような教材を使ってもむだであるから、学習教材を選ぶ時には、自分の興味があってよく知っている内容(スポーツや音楽など)を読んだり聞いたりするとよい。(2)「例文暗記の効用」。第二言語のデータベースを増やし、自然な表現を身につけるためには、よく使う表現や例文、ダイアローグ(対話文)を暗記することが効果的である。単文だと一文以上の情報を司る談話能力や社会的に適切な表現を使うための社会言語学的能力が身につかないのでダイアローグの暗記のほうが効率がよい。(3)「アウトプットは毎日・少しでも」。アウトプット(話すこと・書くこと)は毎日少しでもやるべきだ。日記をつけたり、ひとりごとをテープに録音したり、学習仲間と電話で話す、英会話喫茶に通うなどの方法と工夫が考えられる。(4)「コミニュケーション・ストラテジーを使う」。話すときにはコミニュケーション・ストラテジー(外国語で話す際にコミニュケーション上で問題発生した時、それにうまく対処するための戦略技術)を使うようにする。例えば「時間稼ぎ」のストラテジー(日本語でいう「えーっと」「あのー」の言葉を発し時間を稼いで、その間に頭の中で次に発話の文を組み立てる)や、「回避」のストラテジー(自分のあまり得意でないトピックが出てきたら日本語でいう「あ、そうそう、ところで」の言葉を発し、それとなく話題を変える)がある。(5)「無意味学習と有意味学習の違い」。単語を覚えるときは無意味学習(丸暗記)ではなくて、なんとか自分の持っている知識構造と関連づけて有意味で覚えるようにする。「単語は文脈の中で覚える」よう努力する。また逆に知らない単語が出てきてもコンテクスト(文脈)のサポートにより、単語の意味をある程度推測できるよう訓練する。(6)「発音・音声はまねることから」。外国語の適切な発音や音声に関しては、イントネーションやリズムをまねる「模倣」から始めると効果的である。(7)「『文をつくれる』くらいの基本的な文法も」。文法は、基本的なもの(たとえば英語なら中学か高校一年程度のもの)について、文をつくれるレベル、つまりアウトプットできる程度までマスターしておくとよい。さらにインプット理解のために、もう少し高度な文法も余裕があれば身につけておくとよい。

(8)「動機づけを高める」。外国語学習に際しての動機づけを、どのようなものでもよいから明確にして常に高めるようにする。例えば、統合的動機(海外タレントの追っかけや海外旅行・外国留学の際の異文化理解のために語学習得が必要)や、道具的動機(外国語ができれば受験や就職に有利であるし、社会に出て金銭的利益がもたらされる)を学習者が絶えず意識化して、外国語学習の動機づけを高めておく。その他、学習活動そのものを楽しむ工夫(仲間と一緒に勉強する、好きな内容の教材を使うなど)もするとよい。(9)「学習ストラテジーは自分にあったものを」。外国語学習者にとって個人に合った各種の学習ストラテジー(学習方法の戦略戦術のこと。「記憶ストラテジー」や「認知ストラテジー」や「社会的ストラテジー」など様々なものがある)を学習者自身が便宜、取捨選択したり、指導者が学習者に適時、既習の学習ストラテジーの見直しアドバイスや別の代替ストラテジーへの組み換え提案したりすることで学習者の動機づけが強化され、学習効果が飛躍的に向上することがある。(10)「インプットモデルの例─効果のある学習プログラム」。これは著者が日本の公立高校での英語授業で実践し、実際に効果をあげた外国語学習プログラムで、クラシェンのインプット仮説に基づいた「ナチュラル・アプローチ」の外国語教授法を応用したインプット重視プログラムの事例である。「文法は家庭学習にまわし、教室では理解可能なインプットをあたえる」方針のもとに、精読と多読ともにかなりの量の英文を高校生に日常的に継続して読ませて多量のインプットをあたえたところ、英語の成績向上のかなりの効果が見られた。多量のインプットにより読解以外の文法や英作文の技能も劣ることなく成績維持され、これは「インプットは他の技能にも転移する」の学説見解と一致する。(11)「三ヵ月の学習で一五分間会話ができるようになる学習法」。先のインプットモデルとは逆のアウトプットモデル(厳密にはインプット=インターアクションモデル)で成果が出た報告事例もある。これは第二言語習得研究者の甲田慶子が開発した日本語学習者向けの日本語プログラムの例である。授業の中心となる活動は、その日に導入された文法項目を使った学生どうしのインタビュー会話や漢字を使って手紙を書くなどのインプット後の即にアウトプットすることを重視した授業を三ヵ月継続してやったところ、学習者は比較的短期間で「限られた文法、単語を使って、限られた内容について」流暢(りゅうちょう)なコミニュケーションができるようになった。

以上、長い要約となったが、(4)の実際にコミュニケーションの際に使えるストラテジー(戦略)の二つの「時間稼ぎ」と「回避」の技術作戦指南だけは読んで「なるほど」と思わないこともないけれど、それ以外のものは、「語学習得の動機づけやその強化に寄与するもの─8・9」と「インプットとアウトプットの実践を重ね、反復と慣れの経験を積んで初めて体得できるもの─1・2・3・10・11」と「今更ながら基礎の大切さを再確認して履修を促すもの─5・6・7」のいずれかに回収されてしまう。これらはどれも「継続は力なり。習うより慣れよの反復練習を繰り返せ」とか、「語学力は実戦で鍛えられる。とりあえず実際に聞いて話して書いての経験を積め」の従来型の無理筋の外国語習得に関するオーソドックスな諸方法に、「外国語学習の動機づけの強化」と「基礎項目履修の大切さ」を加味して、一見最新で理論的な第二言語習得論の「科学」にて裏から証明補強しただけであり、「外国語学習の科学」とか言いながら「反復の慣れ」や「実戦の経験」の何となくの無理論で泥臭い根性論の精神主義が主の従来的な語学の勉強法アドバイスと実質、何ら変わらないものだ。

本書に対する、例えば「Amazon(アマゾン)」のブックレビューを見てみると「外国語を学ぶ上で大変に参考になりました」とか「白井先生の理論は素晴らしい」旨の概(おおむ)ね好意的な評価がほとんどであるが、どうも私は育ちが悪いので(笑)、「馬鹿野郎!『第二言語習得論の最新科学』とか言いながら『反復の慣れ』や『実戦の経験』の大切さを主に説く昔ながらの精神主義な語学習得の方法論に、結局は一周回って元に戻ってるじゃないか。書籍の購入代金と本書を読んだ時間と労力を返せ(怒)」と客席から野次(ヤジ)の一つも飛ばしたくなる。

はたまた「いくら『外国語学習の科学』とは言っても、昔から言われている『やる気と基礎と反復と実戦』の大切さ指摘以外での効率的で体系的な楽して効果覿面(こうかてきめん)な外国語習得の方法論など結局はない。仮に『やる気と基礎と反復と実践』以外での、短期間で最小限の努力により達成される万能方法を謳(うた)う外国語学習法があるとすれば、そいつは相当な確率で詐欺(サギ)だ。世の中にはうまい話などそう滅多にあるものではない」の感慨を、岩波新書の赤、白井恭弘「外国語学習の科学」を一読して私は再認識する次第である。