アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(387)笠原十九司「南京事件」

岩波新書の赤、笠原十九司「南京事件」(1997年)のタイトルになっている「南京事件」については、

「南京事件は、日中戦争(支那事変)初頭の1937年12月、日本軍が南京を占領した際、約二カ月にわたって多数の中国軍捕虜、敗残兵、便衣兵および一般市民を不法に殺害、暴行、虐殺、強姦、略奪、放火したとされる事件のこと。戦後、南京軍事法廷や極東国際軍事裁判で裁かれた。中国側は『南京大虐殺』と呼称しているが、事件の真相はいまだ不明であり、捕虜、敗残兵ないし便衣兵を殺害したのか、婦女子も含むのか、どの程度の規模かなどの点で食い違いが多く、事件の規模や虐殺の存否や戦時国際法違反か否かの論争、犠牲者数をめぐる論争が存在している」

南京事件は明白に歴史上の一つの「事件」であり、歴史研究にてその実態が明らかにされるべきものであるが、それが歴史的な実証研究のみならず、今日にて専門の歴史研究者だけでなく、人々の関心を大いに集め、政治家や評論家や作家やコメンテーターらから頻繁に言及されるのは、市民「虐殺」の有無や事件の正確な規模や戦時(性)暴力をなした国家(戦時の日本政府と日本の軍隊)に対する政治責任の追及、さらには当時の人々に止(とど)まらない、後の日本人全体に向けての「反省すべき」歴史認識の共有という点での人道見地からの総体的反省の促しにまで南京事件に関する話は広がり、結果「論争」や「歴史認識問題」として南京事件が扱われているからに他ならない。

南京事件論争は、日本軍による戦時暴力の犠牲(死亡)者数についての疑義から始まった。もともと戦後の南京軍事法廷(1947年)にて南京事件の犠牲(死亡)者が「30万人以上」の中国側の記載があり、その犠牲者「30万人」が「不当に多い」「正確な被害人数ではない」の日本の一部識者から指摘があり、それが1970年代からであって、この1970年代のものは「第一次南京事件論争」とされる。なぜこの1970年代から南京事件についての論争が生じたかといえば、1972年の日中国交正常化により日本と中国の両国の歴史認識の共有に迫られ、日本側からその過程で従来の南京軍事法廷での犠牲者「30万人」説や東京裁判(1946年)の判決文での犠牲者「20万人」説に疑いが持たれたからであった。その後も論争は続き、被害人数について「10万人以上」(中国兵の犠牲者が8万人、一般市民の虐殺は3万人以上)から「4万人」(中国兵の犠牲者は3万人、一般市民の虐殺は1万人)、「2万から数千人の間」の説や、ついには犠牲者ゼロの南京事件「まぼろし」説(殺害された中国兵や「一般市民」は確かにいたが、たとえ敗残兵や投降兵であっても中国側の兵士を日本軍が殺害するのは合法的な戦闘行為であり、また南京「市民」の殺害は民間人を装って戦闘をなす兵士、つまりは便衣兵に対する行為であるから、これは「非戦闘員の市民虐殺」にカウントされないので南京事件の犠牲者は0人とするもの)まである。

これら南京事件論争の犠牲(死亡)人数をめぐる論争は、ただ単に実証主義の歴史研究の立場から歴史の史実を解明するための論争では実のところない。いつの時代でも「30万人」説に疑いを唱え修正要求するのは、南京事件における日本軍の戦争犯罪を出来るだけ軽く見積もり中国や国際世論からの日本人への戦争責任追及をかわしたい、日本の愛国保守や右派や歴史修正主義者であった。彼らの南京事件論争にての主要な言い分は、例えば以下のようなものである。「南京軍事法廷での中国側の犠牲者30万人記載は不自然なまでに多すぎる。30万人などと犠牲者数を水増しされ絶えず不当に糾弾され続ける日本国側の方が実は南京事件の被害者だ」とか、「南京事件の犠牲者数はせいぜい数千人程度であって、その規模の市民虐殺事件ならば日本軍による南京事件以外に、第二次世界大戦時にはソ連軍による満州・東北地域での日本の民間人の殺害や中国国内における国共内戦での中国人同士の市民虐殺もあった。なのに、なぜ南京事件だけ今日クローズアップされ、旧日本軍と日本人だけが戦時の市民暴力の戦争責任をいまだに追及されなければならないのか。これは主に今日の中国共産党政府による歴史認識を介した外交上の情報戦だ」など。

ここには南京事件の被害人数の把握に固執し、粘着に「数」を問題にし続けることで論点をズラし、「南京虐殺をやった加害国の日本の方が、むしろ被害人数を不当に水増しされ常に糾弾され続ける被害国である」と主張するなどして結果、少なからずあった日本軍の戦時の市民暴力の「虐殺行為の事実」が見事うやむやになり、いつの間にか免責されるという歴史修正主義者が好んでよく使う「量質転化もどき」な、ごまかし詭弁(きべん)の強引な手口がある。こうした「30万人」説に疑いを唱えて修正要求する、南京事件における日本軍の戦争犯罪を出来るだけ軽く見積もり中国や国際世論からの日本人への戦争責任追及をかわしたい日本の愛国保守や右派や歴史修正主義者と、そのような南京事件の被害人数の「数」を問題にし続けることで結果、少なからずあった日本軍の戦時の市民暴力の「虐殺行為の事実」をうやむやにして日本人の戦争責任を免責してしまうことを許さない、日本国のメンツや日本人の誇りを超えた所での人道的見地から南京事件での軍隊と近代国家による戦時暴力を真正面から捉え、問題にして反省を促す日本の市民運動家や左派のメディアや知識人や歴史研究者の二つの立場が、南京事件論争には昔からあった。

南京事件論争は主要論点として犠牲(死亡)者数が常に争論され、30万人説から0人の「まぼろし」説まで様々にあるけれども、そうした歴史実証的な被害者数をめぐる多彩な各説の対抗では実はなくて、被害者数を果てしなく低く見積もることで南京事件の日本人の戦争責任を無にしたい日本の愛国保守や右派や歴史修正主義者と、そのことを断じて許さない日本の市民運動家や左派のメディアや知識人や歴史研究者の二つの立場の政治的対立の論争であることを理解しておくべきだ。南京事件論争は一見、過去の歴史事実をめぐる歴史論争に見えて、実のところ日本の国家や日本人への考え方についての現代の政治論争なのである。 

前述したように南京事件論争は、1972年の日中国交正常化により日本と中国の両国の歴史認識の共有に迫られ、その過程で従来の南京軍事法廷での犠牲者「30万人」説に疑いが持たれたことに端を発する。この1970年代の第一次論争から始まって次に南京事件論争が世間の注目を大きく集めたのは、1990年代の「新しい歴史教科書を作る会」による南京事件についての教科書記述をめぐる歴史教科書問題にてであった。いずれも国交正常化後に南京事件の戦争責任を執拗に追及されたくない、中国に対する日本の優位性の確保や、「30万人」説はデタラメと断ずる、自虐史観を排した日本人に教えるべき正統な「日本の歴史」の主張といった、南京事件が歴史実証的な関心であるよりは、むしろ現代の政治的文脈にて常に語られ論争されていることを今一度確認されたい。

こうした南京事件論争について、私は後者の日本国のメンツや日本人の誇りを超えた所での人道的見地から南京事件の戦時暴力を真正面から捉え、問題にして反省するべきの立場である。何よりも南京事件論争が被害者数の問題に主に収束し、その被害人数の数の操作によって、数が多い場合には南京事件が必要以上に残酷視され、逆に数が少ない場合には「参照するに当たらない小事件」として看過されるよう誘導させる南京事件論争の今までのあり様自体が異常であり、いびつだと思える。南京事件にて「犠牲者の数が多ければ事件は大問題となり、少なければ事件は問題化されない」など被害人数の「数」の次元の問題ではない。

この意味で、南京事件に対する三笠宮崇仁(昭和天皇の弟)の以下のような発言指摘は至言だ。

「最近の新聞などで議論されているのを見ますと、なんだか人数のことが問題になっているような気がします。辞典には、『虐殺』とはむごたらしく殺すことと書いてあります。つまり、人数は関係ありません。私が戦地で強いショックを受けたのは、ある青年将校から『新兵教育には、生きている捕虜を目標にして銃剣術の練習をするのがいちばんよい。それで根性ができる』という話を聞いた時でした。それ以来、陸軍士官学校で受けた教育とは一体何だったのかという懐疑に駆られました。…また、南京の総司令部では、満州にいた日本の部隊の実写映画を見ました。それには、広い野原に中国人の捕虜が、たぶん杭にくくりつけられており、また、そこに毒ガスが放射されたり、毒ガス弾が発射されたりしていました。ほんとうに目を覆いたくなる場面でした。これこそ虐殺以外の何ものでもないでしょう」

私は三笠宮崇仁の考えに全面的に同意する。「南京虐殺事件について虐殺があった事実は動かしがたい。虐殺された人数など数の問題は関係ない」。

岩波新書の赤、笠原十九司「南京事件」には、南京事件についての新たな証言や新史料の発掘掲載はない。著者による新規な独自の事件解釈も特にない。これまでの南京事件の歴史研究と論争を知っている人には既知な事柄ばかりである。だが逆に南京事件についてあまり詳しく知らない初学者には、新書の一冊で南京事件の概要が分かるので有用である。また著者の笠原十九司は「南京事件の犠牲者は10万人以上」と見る歴史研究者であり、先の南京事件論争の二つの立場で言えば、日本国のメンツや日本人の誇りを超えた所での人道的見地から南京事件の戦時暴力を真正面から捉え問題にして反省を促す日本の市民運動家や左派のメディアや知識人や歴史研究者の立場に属する人である。この事からして岩波新書「南京事件」は、南京事件における日本軍の戦争犯罪を出来るだけ軽く見積もり、中国や国際世論からの日本人への戦争責任追及をかわしたい日本の愛国保守や右派や歴史修正主義者の立場にある人達には昔から評判が悪く、批判的な感想や書評が多い書籍である。

南京事件についての笠原十九司の著作には「南京事件論争史・日本人は史実をどう認識してきたか」(2007年)もある。南京事件の史実そのものと事後の論争史を知るのに本書は大変有用な良書であり、ゆえに論争でのいずれの立場も越えて各人にとって必読の書といえる。