アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(414)ジョン・ガンサー「死よ 驕るなかれ」

岩波新書の青、ジョン・ガンサー「死よ驕(おご)るなかれ」(1950年)は、アメリカのジャーナリストでノンフィクションライターでもあるジョン・ガンサーが記した、若くして10代で脳腫瘍で亡くなった息子、ジョニー・ガンサー(1929─47年)の追想録である。

この作品では父ジョンが、自身と彼の元妻が息子を救おうと全力で病と闘う家族の様子(繰り返しの外科手術から日々の投薬治療、厳しく管理された食事療法、次第に増す痛み緩和のためのモルヒネの多用まで)を詳細に描いている。何よりも息子のジョニー当人が満身創痍(まんしんそうい)で病魔と闘っていた。ジョニーはその都度、明らかな小康状態や目に見えた回復期、そして病状悪化の死の縁(ふち)の間を行き来していた。ジョニー・ガンサーは脳腫瘍のため1947年6月30日に亡くなった。享年17である。この息子の闘病と死を回想したジョン・ガンサーの「死よ驕るなかれ」は、今日に至るまで多くのアメリカの高校で必読図書に指定されているという。

本書のタイトルとなっている「死よ驕るなかれ」は、17世紀の英国詩人、ジョン・ダンの「聖なるソネット10」からの引用である。本書の巻頭扉にジョン・ダンの詩「死よ驕るなかれ。汝を呼びて、力あり。恐るべきものとなすものあれど、しかはあらず。汝がたおしたりとうぬ惚るる人も、死するにはあらず。…」が引用掲載されている。ジョン・ダンという詩人は、幼少の時に姉妹と母と早くに死別し、自身が成人した後に妻との間に12人の子どもに恵まれたが、子どもらと妻との肉親の辛い別れの死をまたもや経験して、詩人であったがイングランド国教会の司祭でもあったジョン・ダンは死に挑むような挑発的な詩作をなした。それが、すなわち「死よ驕るなかれ」である。「人間の死は消滅ではなくて、死んだ者は永遠に生きるために天国に送られる。人は死んでも天国にて永遠に生きる。だから死よ、調子に乗って増長するな」。つまりは、それこそが「死よ驕(おご)るなかれ」の意味である。

息子ジョニーのあまりにも早すぎる死に直面して、父親のジョン・ガンサーも、かつての詩人、ジョン・ダンと同じ心持ちであったに相違いない。若くして息子を自分たちから無慈悲にも取り上げた死に対し、「死よ驕るなかれ」である。「息子は亡くなっても永遠に生きるために天国に送られる。人は死んでも天国にて永遠に生きる。だから死よ、調子に乗って増長するな」の思いであったに違いない。そうした趣旨の書籍タイトルである、本書の「死よ驕るなかれ」の題名は。

ここで本書に記述されている、父ジョンによる息子ジョニー・ガンサーの容姿・風貌を見よう。

「彼は背の高い子供で、なくなったころにはほぼ私と同じ背丈けだった。それにひどくやせていたので─もっとも小さいころはふとっていた─いつもなんとか目方をふやすことに腐心していた。すばらしいブロンドで、まるで日射しを浴びた小麦のような色の髪の毛と、澄んだ青い大きな目とをもっていた。また彼の手、あんな美しい手を私は見たことがない。脚はまだはっきり形をなさないといった、長い毛深い木の幹を思わせるようなところがあったが、手の方は十分成熟した美しい手だった。たいていの人は彼をなかなかの好男子と考えた。もっともこれには親としての欲目があるかもしれない」

同様に、父ジョンから見る息子ジョニーの性格については、

「彼の魅力、とりわけ彼の頭脳明晰なこと…それに彼の無私無欲ということもあった。私が接した人間のなかで、嘘偽りのない話、ジョニーほど自分をまず第一に考えることをしない人間、いや、そういえば、みじんも自分のことを考えない人間を私はほかに知らない。極度に思いやりが深かった。むしろ欠点とさえ思えるほどであった」「ジョニーは感じ易いまったく内気のハニカミ屋少年であり、ハキハキしないといえば、ひどくハキハキしなかった。友人の選択は慎重なかわり、選んだあとでは長く友情をつづけた。ひどく真剣であった。─もっともそういっても、笑うことは好きであり、その微笑はいかにも明るいものであった。もしかすると私は、彼がどちらかというと気むずかしい方の人間であったかのような印象を与えたかもしれないが、事実はどうしてとんでもない!正真正銘の話、彼ほど快活な人間はなかった」

10代での脳腫瘍の発病は生後の環境や自身の生活習慣からであるよりは、生まれながらの母胎内での問題や先天的な遺伝要素が強い。その事情を察して、ジョニーは自分への脳腫瘍の病気告知後には両親への辛い責任追及にならないよう、特に母親に対する配慮の大人の対応を見せる。

「両親たちは知っているのですか?どんなふうに打ちあけたらいいもんでしょうか?」「僕の骨のできかたがアベコベだと、お母さんにはいわない方がいいですね」

また「パパ、脈のうつたびに、まるで、頭に剣を突き刺されるような感じだよ」と度重なる外科治療での加療の苦痛を率直に述べながら自身が辛い中で、その際にも周囲の人達を過度に心配させない余裕のユーモアも彼は忘れていない。

「パパ、あの人たちは僕を電気死刑にでもしようとしているのでしょうか」「頭蓋骨にキリで穴を三つ開けるのもきこえたし、僕の脳味噌がポチャポチャいう音もきこえましたよ。音から考えて、あのキリの中の一本はきっと八分の三インチ尖(ピット)だったにちがいありませんね」 

しかし、総じて聡明で他者への配慮を欠かさず、闘病中の苦痛と同伴するユーモアを備えていたジョニーも、自身の脳腫瘍が良性ではなく、極めて悪性の癌(がん)であることをいよいよ知ると、

「癌だということなんでしょうか?したいことは山ほどある!だのに、もう時間がない!」

本書を読み進めるに従って、ジョニー・ガンサーに襲いかかる病魔は次第に苛烈になって日々の頭の痛みは増し、施す手術や加療は限られていき、鎮痛のためのモルヒネの量だけが増えて、父親のジョンら家族や友人ら周囲の者たちの苦悩も増す。そうして最期にジョニーは死を迎える。岩波新書の青、ジョン・ガンサー「死よ驕るなかれ」を読んで、出来ることなら子どもは親よりも早くに亡くなってはいけないの思いを私は強くする。

最後に、本書のタイトルにもなっているジョン・ダン「聖なるソネット10」の詩「死よ驕るなかれ」の現代語訳を載せておく。

「死よ驕るなかれ。汝を⼒強く恐ろしいという者もいるが、決してそうではない。汝が倒したと考える者は、死にはしない。おろかな死よ、汝は私を殺せないのだ。汝の似姿たる休息と安眠からはより⼤きな喜びが⽣まれ出てくる。最も優れたものが死を急ぐのは、⾻に安らぎを与え 魂を開放させるため。汝は運命や偶然、王侯や絶望した⼈の奴隷、汝は牢獄、戦争、疫病の隣⼈、芥⼦粒や呪⽂も同じように⼈を眠らせる。汝の⼀撃よりもよく。だから威張ることはない。束の間の眠りの後、我々は永遠に甦(よみがえ)る。そこにはもはや死はない。死よ、汝こそが死ぬのだ」(ジョン・ダン「聖なるソネット10」)