アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(437)広岡達朗「意識改革のすすめ」 野村克也「野村ノート」

(今回は岩波新書ではない、広岡達朗「意識改革のすすめ」、野村克也「野村ノート」についての文章を「岩波新書の書評」ブログではあるが、例外的に載せます。念のため、広岡「意識改革のすすめ」と野村「野村ノート」は岩波新書ではありません。)

「名将」といわれるプロ野球監督の書籍は野球の事柄にとどまらす、一般的な上達法や指導法や組織論として学生の勉強法や社会人の仕事術にも幅広く適用でき、その種の野球書籍は読んでなかなか刺激的で大変に参考になる。

今回は、現役時代は巨人でプレーし引退後はヤクルトと西武の監督を務め両チームをリーグ優勝と日本シリーズ制覇の日本一に導いた広岡達朗、そして現役時代は南海と西武でプレーし現役の時から南海にて選手兼任監督(プレイングマネージャー)を務め、引退後はヤクルトと阪神と楽天の監督をやりチームをリーグ優勝ならびに日本一に何度も導いた野村克也、彼らの野球論の書籍から野球以外でも私達の日常の勉強や仕事にも当てはまる教訓、いうなれば「人が正しく賢明に生き抜くための人生のコツ」の人生訓のようなものを抽出して、以下に明らかにしたい。私は日本のプロ野球や高校野球やメジャーリーグの野球観戦全般が好きなのだが、これらは私が広岡達朗や野村克也の野球論の書籍を読んで昔から「なるほど」と痛く納得し感心して自身の人生訓にして日々思い返し、出来る限り実践してみたいといつも考えていることなのである。

広岡達朗の野球書籍には「意識改革のすすめ」(1983年)や「勝者の方程式」(1988年)がある。広岡達朗は広島県呉市出身で、呉は昔は帝国海軍の軍事施設がある軍港であり、そのため広島呉出身の広岡が指導する厳格規律の組織的野球は厳しい規律の軍隊組織を彷彿(ほうふつ)させ、「海軍野球」とも評されて一時期、話題となった(広岡の著書に「私の海軍式野球」1979年というのがある)。だからというわけでもないだろうが、広岡達朗の野球論の著書を読んでいると、帝国海軍大将で連合艦隊司令長官であった山本五十六の以下の言葉をよく引用し、それを選手を育てる指導者や組織を統率するリーダーのあるべき姿の心得として広岡は頻繁に語っている。

「やってみせ、言って聞かせて、させてみて、ほめてやらねば、人は動かじ」

私は、広岡達朗の書籍を介して山本五十六のこの言葉を目にし、自分の中で反復する度に「なるほど」と思い知らされる。まず「やってみせ」である。最初に自分が「やってみせ」るのである。人に教えたり指示を出したりする場合、ただこちらから高圧的に「やれ」と命令するだけでは駄目なのである。それでは相手の心に届かず響かない。第一に自分が「やってみせ」て模範の手本を相手に示さなければならない。また実際に「やってみせ」ることで、「この人は自身でも出来る実力ある優れた人なのだ。この人に是非とも教えてもらいたい、この人の命令指示なら何でも一生懸命に聞いて積極的にやろう」の、他者との間での信頼感の醸成、信頼関係の構築にもつながる。事実、広岡達朗は現役時代から遊撃手の守備が非常に上手い選手であって、広岡の守備指導は広岡自身が選手の前で実際に捕球の一連動作を「やってみせ」の指導であったという。何となれば「指導者は自身の身体で見本を示さなければならない」が広岡達朗の野球指導での持論であったのだ。

そうして実際に「やってみせ」選手に手本を示した後、今度は「言って聞かせて」である。ただのヤマ勘や感性の感覚や不毛な根性論ではなくて、しっかりとした筋道の通った合理的な理論の理屈の言葉で説明して、つまりは「言って聞かせて」指導や指示の道筋を出さなくてはいけない。それからやっと初めて相手に「させてみ」る。その上でさらに今度は「ほめてや」る。相手の努力や成果を肯定し認めるようにする。この場合、あからさまに、わざとらしく賞賛したり賛美する褒(ほ)めちぎりでなくてもよい。他者との比較ではなく、過去の自身と比べての上達具合の進歩を認めて「ほめて」あげる。また人によっては、ほめるよりも、あえて厳しく接して当人の反骨心を刺激し相手をノセる指導者としての機転の工夫も時にあるようである。この辺りの事も広岡達朗の書籍を連続して読んでいると頻繁に語られている(例えば西武の監督就任後、ベテランの田淵幸一や若手の石毛宏典に対し、広岡は罵倒し挑発し故意に厳しくして奮起を促し、他方で新人の工藤公康には優しく指導して伸ばす方針をとるなど、選手に応じ臨機応変に指導態度を変えていたという)。

以上のように、最初に「やってみせ」て、次に「言って聞かせて」、それから「させてみせ」、さらに最後に「ほめてや」る(ないしは故意に厳しくする)の順序を経て初めて「人は動く」のであった。これは特に野球指導に限ったことではない。仕事遂行の上でも組織やグループをまわす際にも広く適用できる原理、人間社会での真理のようなものであると私は思う‥

野村克也の野球書籍には「一流の条件」(1986年)や「野村ノート」(2005年)がある。野村克也が志向する野球は「ID野球」と称され一時期、話題となった。野球の動作の際に常に考える、作戦を立てる、過去のデータを活用する、相手の裏をかいて駆け引きで勝つなど。それは従来ともすれば、全力で投げて打って走るだけの思考理論不在の力任せの野球(パワーベースボール)に対する「反」(アンチ)としてあった。また野村克也のID野球は、体力や技術で劣る弱いチームが強いチームに勝つための、いわば「弱者の兵法」としてもあった。

より具体的に言って野村のID野球は、例えば投手と捕手のバッテリーで打者を抑える際、また逆に打者がバッテリーを攻略する際に球種や球筋のコースを考え常に先をよみ予測して相手に勝つ、データや理論重視の頭脳野球である。野村克也の愛弟子にヤクルトで長年、正捕手を務めた古田敦也がいる。野村の著書を読んでいると古田の話はよく出てくる。野村らヤクルト首脳陣は当初「古田は守備の選手であり、打者として全く期待していなかった」という。その古田が打者としても開眼し、下位打線ではなく三番四番のクリーンナップを打ち、ついにはシーズンを通して首位打者にもなった。古田敦也はバッティング技術そのものが他選手よりも突出して優れていたわけではなく、彼は野村の指導の下で捕手の視点から配球で先を読んでヤマをはったり、相手バッテリーとの駆け引きで事前に勝っていた(例えばツーアウトでランナー不在の打席にて、明らかにヒット性の当たりを確実に打ち返せる自身の得意な球種・コースであるのにわざと大袈裟に空振りして「苦手な球筋、明らかにタイミングが合っていない」と思わせる「捨て打席」を事前に作り相手バッテリーをだましておいて、次にランナーがたまったチャンスの打席で、その球種・コースを再度、投げさせ今度はタイムリーを打って手堅く得点するなど、相手を欺(あざむ)く演技の高度な駆け引きのバッティングを古田敦也はよくやっていたという)。

野村克也の野球論の著書を読んでいて、野球人としてあるべき姿として、野村によればそれは「もとはインドのヒンズー教の教えからの引用で、東北のある住職が一部アレンジした」ということだが、次のような格言がよく語られる。私は、野村克也の書籍を介してこの言葉を目にし自分の中で反復する度に、これまた「なるほど」と思い知らされ毎度、感心させられるのであった。

「心が変われば意識が変わる。意識が変われば行動が変わる。行動が変われば習慣が変わる。習慣が変われば人格が変わる。人格が変われば運命が変わる。運命が変われば人生が変わる」

これは儒教の朱子学における「修身、斉家、治国、平天下」(身を修め、家を斉(ととの)え、国を治め、天下を平(たい)らかにする)の言葉を思い起こさせる。国家を治めたり天下を平定する大事に臨み、いきなり「国」や「天下」のそこから始めず、まずは自身に関する「自己修養」の身の回りの小さなことから着実に成して、次に自分の「家」を整え、次第に「国」や「天下」の政治に及んで広く人々を救済する徳治の段階的発展を示すものだ。なるほど、徳治の政治過程が「一身─ 家─ 国─ 天下」と身近な小事から天下の大事へと徐々に段階的に移行している。儒教において、そもそも自己への「修身」をも満足になし得ない徳のない人が、他者を含む「家」や「国」や「天下」を治めることは不可能とされる。まさに「修己治人」(しゅうこちじん・「己を修めることによって人を治める」という儒教における道徳政治の理念)なのであった。

先に引用した野村克也の言葉もそれに似ている。いきなり自己の「運命」や「人生」を変えたりせずに、まずは自身の中にある自己の「心」や「意識」を見つめ直して変える小さなことから着実に始めて、次第にその「心」や「意識」の自己の内面の変化が「行動」や「習慣」となり定着し外部に自然と滲(にじ)み出て、その人の風格の「人格」を形成していき、そうすると形成確立された当人の揺るぎない「人格」が他の人や社会から認められて、遂にはその人の「運命」が変わり「人生」そのものまでもが変わるという趣旨である。ここにおいても自己の気付きの変化の成長の過程が「心─意識 ─行動─習慣─ 人格─運命─人生」と、即で瞬時に変更できる日常的な身近な「心」や「意識」の小事から、なかなか修正が困難な「運命」や「人生」の大事へと徐々に段階的に移行していることが分かる。自身の普段よりの「心」や「意識」の根源から変えていかなければ、自己の「運命」や「人生」など到底、変わるべくもないのである。

これは「名将」といわれた野球監督、野村克也の金言として読んで私はいつも感心する他ない。とりあえず毎回、「心が変われば意識が変わる」から始めて「行動」と「習慣」を改め、せめて自身の「人格」を変え整える所まで何とか到達したいと常々、私は思っている次第である。