アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(439)ロワン=ロビンソン「核の冬」

岩波新書の黄、ロワン=ロビンソン「核の冬」(1985年)のタイトルになっている「核の冬」とは、核戦争によって地球上に大規模環境変動が起き、人為的に極度の気温低下の氷期が発生するという現象を指す。

核戦争による「核の冬」現象は、核兵器の使用にともなう爆発そのものや広範囲の延焼火災によって巻き上げられた灰や煙などの大気中を浮遊する微粒子により、日光が遮(さえぎ)られた結果、発生するとされる。太陽光が大気の透明度の低下で極端に遮断されることから、海洋植物やプランクトンを含む植物が光合成を行えずに枯れ、それを食糧とする動物が飢えて死に、また気温も急激に下がることが予想されるなど、人間が生存できないほどの地球環境の悪化を招くとされる。特に将来、世界で全面核戦争が勃発した場合、世界各地で熱核爆発によって発生した大規模火災を経て数百万トン規模のエアロゾル(浮遊粉塵)が大気中に放出され、これが太陽光線を遮蔽(しゃへい)することにより、数カ月に渡る生態系の壊滅的な破壊や文明の崩壊が予測されるという。

仮に未来にあり得るとして、核戦争勃発による「核の冬」現象に伴う人類の滅亡について、岩波新書「核の冬」の中でも、英国の科学者であり「私自身、過去に星を取り巻くちりの雲が星の光におよぼす影響について研究してきて、…こんどは地球を取り巻くちりや煙の雲という問題について考え始めることになった」という宇宙よりの地球環境を分析研究してきた著者から、非常な危機感を持って例えば以下のように、将来の大規模核戦争にてもたらされる「核の冬」現象による「人類の絶滅」が指摘されるのであった。

「一九八三年の秋にワシントンで『核戦争後の地球』に関する国際会議が開かれ…会議では数多くの科学者によってきわめて限定的な核使用、たとえば米ソの現有の核のわずか約0・八パーセントが燃えやすい都市に対して使われただけでも、『核の冬』現象が生じて地球の気候やエコシステム(生態系)がいちじるしく撹乱(かくらん)され、核が全面的に使われたような場合には、人類の絶滅さえ可能なことが初めて明らかにされたのです」

「核戦争が起こると地球は急速に寒冷化し氷期になる。氷河時代よりなお寒い『核の冬』により、文明は崩壊し人類は絶滅する」と指摘する「核の冬」議論は誠に衝撃的だ。核兵器の爆発からの爆風、火球による人々の即死や負傷ら事後の直接的被害や、放射性降下物(フォールアウト)による直近の被曝の健康被害だけでなく、地表での核爆発にて大量の土砂が空中に吹き上げられたことによる灰と塵(ちり)の充満が地球表面を長期に渡って覆(おお)い結果、地球全体の寒冷化現象に至る「核の冬」という地球気候への後々までの悪影響にこそ、本当に憂慮すべき深刻な問題があるのだ。

従来、核戦争勃発後の社会や人類に関して、例えば近未来世界が舞台のバイオレンス映画「マッドマックス2」(1981年)では、核戦争後における放射能汚染を受けて、人々は汚染されていない水や油田の石油や限られた食糧を求め奪い合い、なぜかモヒカンヘアーで無茶に暴れまわる暴走族ら(笑)、不条理な暴力が世界を支配する世紀末人類の時代設定であったが、岩波新書「核の冬」では、核戦争勃発後の地球人類の様子は、そのような「生ぬるい劇画調バイオレンス映画」の未来想定をはるかに超え突き抜けている。地表での核爆発にて大量の土砂が空中に吹き上げられ長期に渡る灰と塵が充満の結果、太陽光が遮断され地表全体が極度の寒冷化の氷期に至り、この「核の冬」現象により人類を含む地球上の動植物の全ての生物が活動・生存できず、ほぼ死に絶える点にこそ、(仮に将来あるとして)核戦争勃発後の人類の本当の危機が存することを本書は私達に教えてくれる。

この「核の冬」にともなう太陽光遮断と地球の急速な寒冷化による「人類滅亡」に関する理論的考察は当然、人々に単に恐怖を煽(あお)るだけの無責任な「オカルト未来想定」の根拠なき予言めいたものではない。本新書の著者を始め、主に1980年代から「核の冬」理論を大々的に唱え始めた論者は、地球物理学や環境気候学が専門の科学者たちであるから、その主張は厳密な科学的理論の想定に基づいている。本新書にても、巻末に「付録」として「核の冬による地表の温度低下を概算する」という数値データの数式を用いて各ケース別に細かに分析予測した「地表の温度低下」の概算が、抄録の形で大まかではあるが収録されている。

核戦争勃発後の「核の冬」の警鐘に対し、それを疑問視し否定する反論意見(「仮に核戦争が勃発しても急速でそこまで極端異常な寒冷化の氷期には突入しない。想定予測の手法に問題があり非科学的で極度に悲観的すぎる」など)も昔から根強くある。こうした「核の冬」理論の信憑性や想定の是非について、私は専門の科学者ではないし、岩波新書の一読者として、本書を始めとして「核の冬」についての書籍を数冊読んでも、「もし仮にこの先の未来の世界で核戦争が起きるとして、これは想定予測の話であるから正直、仮にあるとして核戦争勃発後の地球の人類ならびに地球上の動植物や気候環境への影響に関し、現時点では誰も確かなことは何も言えないし、そう単純化して結論は出せない」の慎重な感慨を有する。だが、他方で「本新書で述べられているような核戦争後の地球にての『核の冬』到来は荒唐無稽な想定ではなく、あながちあり得るのでは!?」の思いも正直、持つ。

最後に、岩波新書の黄、ロワン=ロビンソン「核の冬」には直接に書かれていないが、本書を始め「核の冬」理論に接して議論や検討するに当たり押さえておかなければならないであろうこと、岩波新書「核の冬」を読んで私が気づいた事をいくつか挙げておく。

(1)核戦争勃発後の「核の冬」の想定が大々的に出てきてマスコミら人々の注目を集め出したのは1980年代からであり、「核の冬」は意外に新しい想定理論といえる。これには1980年代にアメリカとソ連の二大国による冷戦の核軍備の軍拡競争がいよいよ熾烈(しれつ)を極め、世界各国での米ソ両陣営に対する反軍拡・核核兵器廃絶の市民運動の高まりから、米ソ両大国の報復の核ミサイル撃ち合いによる全面的核戦争回避を訴える思想的な反核平和世論の強力な後押しが、科学的理論たる核戦争後の人類予測に関する「核の冬」理論を強力に支えている構造を見切るべきだ。「核戦争の勃発が最終的には地球上の人類を滅亡に導く」と明確に結論づける(「だからこそ現在、主要な大国は核兵器配備の軍拡競争たる冷戦体制の不毛な対立を即刻やめるべき」の議論にやがては至る)、かの「核の冬」理論は、実のところ反核平和の政治的主張を支える強力な科学理論根拠にもなっているのだ。

ゆえに思想的・政治的心情にて米ソ両国の冷戦構造下における軍拡競争を批判し核軍縮や核兵器の廃棄を訴える科学者や市民運動家は、「客観的な」政治的中立の立場を装いながらも、概して「核の冬」の科学理論を肯定し支持する傾向にある。他方、核兵器配備が一定の抑止力をもたらし、現時点での国際政治の「平和」に少なからず寄与できると目する核兵器保有の軍拡競争を是認する立場の科学者や政治家、核工学が専攻で核兵器の開発研究をなす者、また核兵器開発を推し進める国家や団体の政治的かつ経済的支配下にある研究機関の科学者たちは、反軍拡・核兵器廃絶世論に暗に支えられている「核の冬」の議論を、「荒唐無稽なありえない理論」「あまりに悲観的すぎる極端想定」などとして一笑に付したり、意地になって強力に反論・否定する傾向にある。

(2)核戦争勃発後の地球の気候環境や地球上の人類や生物への影響をまとめて総合的に判断し考察しようとする「核の冬」理論が表立って出てきたのは1980年代からと、これは意外に新しい想定理論であるが、このことに従来型の分野別に各専攻の科学者が個別に自身の専攻分野のみを研究するそれではなく、80年代以降の専攻分野の垣根を越えて各専門の知見を持ち寄り総合的に研究をなす「総合科学」成立の社会的動きを見ることができる。事実、「核の冬」理論の形成・精査に際しては、宇宙物理学や環境気候学や生物学ら、様々な分野の科学者が複数参加しているのである。

また「核の冬」理論は、「将来に核戦争が起こるとして、そのときの地球気候や人類や地球上生物に対しての影響」に関する「もし仮に起こるとしたら」の未来想定の話でしかなく、未だ発生していない科学的現象を事前に予測するのはそもそも相当に困難なことといえる。しかし1980年代以降、コンピューターの本格導入によるシュミレーションにて、大気循環や気候変動ら個別要素を分析した上でそれらの相互作用まで勘案し、最終的に一つの総合的なシュミレーションに落とし込んで予測モデルを立てる、そうした想定科学の技術手法が格段に進歩した現代の社会状況と研究環境整備の流れも理解しておきたい。「核の冬」の研究は2000年代以降の今日でも継続され、近年ではAI(人工知能コンピューター)の予測計算にて、「仮にインドとパキスタンの二国が核戦争に突入する限定核戦争が起これば、地表温度が2度から5度ほど低下する異常気象が最大10年間続き、世界的な食糧危機がおとずれる」とするシュミレーション報告(2019年)もある。

(3)地表での核爆発にて大量の土砂が空中に吹き上げられ長期に渡る灰と塵が充満の結果、太陽光が遮断され地表全体が極度の異常な寒冷化現象の氷期に至り、この現象により人類を含む地球上の動植物の全ての生物が活動・生存できず、ほぼ死に絶えるとする「核の冬」理論は、巨大隕石の地球衝突により、大規模火災が発生し、また地表の土砂が大量に巻き上げられ大気中に煙や粉塵が長期浮遊の結果、太陽光が遮断され急速な寒冷化が進み氷河期を迎えて地球上の恐竜が一気に絶滅に至ったとする、かつての恐竜絶滅に関する「隕石衝突説」をかなり参考にし、そこから発想やイメージの基本を膨(ふく)らませているようなフシが私には強く感じられた。岩波新書「核の冬」を始めとする「核の冬」予測の書籍をある程度、連続して読んでいると、特に「核の冬」の理論想定を肯定し積極的に唱える識者は、彼らは必ずしも自説の「核の冬」理論が恐竜絶滅に関する「隕石衝突説」の影響下にあることを明かしてはいないが(なかには両者のつながりの関連について絶対に触れず終始、強情に隠している著者もいるが)、「核の冬」提唱の論者には、同時に太古の恐竜絶滅に関する「隕石衝突説」の支持者も多くいて、その理論的影響を相当に受けている感触を私は持った。

「核戦争が起ると地球は急速に冷えて、氷河時代よりなお寒い『核の冬』が訪れる。文明は崩壊し、人類は絶滅するだろう。核先制攻撃や核シェルターなど一切の生残り戦略を無効にしたこの予測は、米ソの政治家や軍人に深刻な衝撃を与えた。二0世紀の黙示録=『核の冬』とは何か、その政治的・軍事的意味は何か、をやさしく説く」(表紙カバー裏解説)