アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(441)鬼頭昭雄「異常気象と地球温暖化」

岩波新書の赤、鬼頭昭雄「異常気象と地球温暖化」(2015年)の概要は以下だ。

「熱波や大雪、『経験したことがない大雨』など人々の意表をつく異常気象は、実は気象の自然な変動の現れである。しかし将来、温暖化の進行とともに極端な気象の頻度が増し、今日の『異常』が普通になる世界がやってくる。IPCC報告書の執筆者が、異常気象と温暖化の関係を解きほぐし、変動する気候の過去・現在・未来を語る」(表紙カバー裏解説)

確かに、私の日常生活の実感からしても近年は「異常気象」が多く「地球温暖化」が確実に年々進行しているように思える。まさに「経験したことがない大雨」で、まるで熱帯地方で降り注ぐような強烈なゲリラ豪雨、それに伴う深刻な浸水被害が近年ではほぼ毎年、日本各地で発生するようになった。また日本は四季を通じて、いつの季節でも全体として気温上昇の傾向にあり、着実に年々暑くなってきていると感じる。通常、8月が過ぎた9月や10月は秋の季節であり、徐々に涼しくなっていくはずだが、事実、私が子どもの頃はそうだったが、昨今では10月になってもまだ残暑の延長のようで暑い。秋冬物への衣替えが9月に入っても必要にならない。今日、日本列島は一部、熱帯気候帯に属しているようでもある。

岩波新書「異常気象と地球温暖化」の内容は、そのタイトル通り、こうした今日の気象現象や環境問題の理論を取り上げて、気候学専攻である著者が気象学に専門外な一般読者へ向け易しく丁寧に解説している。本新書の著者の鬼頭昭雄は、本書執筆時には筑波大学生命環境系主観研究員の役職にあり、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第1作業部会の第2次から第5次報告書までの執筆を務めた人でもあった。

本書を読んでまず、私が「少しだけ良い」と好感を持てたのは、今日の「異常気象」の頻発は「地球温暖化」の影響によるものとした場合に、著者が「それは火力発電の排気や自動車の排出ガスなど二酸化炭素の温室効果ガスの大量排出によるものだ(怒)」と一面的に判断し、経済的で快適な日々の生活にて知らず知らずの内に、石炭を用いた火力発電や自動車の排出ガスや工場の排気など化石燃料の燃焼に伴う二酸化炭素を主とした温室効果ガス濃度の上昇を招いている現在の人々の生活習慣や消費行動を有無も言わさず叱(しか)りつけたり、一部の文明批判な科学者や熱烈な環境問題活動家(エコロジスト)のように、いつの間にか自身が優越の高みから一方的に倫理的説教を打(ぶ)ったりしていない所だ。私が見るところ、現在進行中の「異常気象と地球温暖化」には、人々の生活や経済活動家よりなる温室効果ガス濃度の上昇を内実とする「人為の温暖化」以外にも、そもそもの地球の気候自体における寒冷化と温暖化の長期気候変動サイクルからの影響も確実にある。

事実、本書によれば、地球の長期的気候変動は最近は約10万年周期で氷期と間氷期が繰り返されており、直近の氷期は約1万年前に終了し、現在の地球気候は間氷期に当たる。千年単位の過去の世界の気温は、19世紀までは全地域で寒冷化していたが、20世紀には南極以外の全地域で温暖化に転換しているという。現在の2000年代以降、21世紀の地球は、これまでの寒冷化のサイクルから温暖化のそれに長く連続して移行しており、ゆえに今日、南極の氷が徐々に溶け出しているとかシベリアの永久凍土が地表露出しているとか、かつて寒冷気候であった地域が温帯化や熱帯化しているなどの地球温暖化現象は、人類による二酸化炭素ら温室効果ガス排出の蓄積云々に関係なく、いくらかは自然に進行する地球自体の温暖化現象というのが根底にある。だからといって、今日の「異常気象と地球温暖化」が地球の長期気候変動から、ある程度は説明され得るとしても、現在の地球温暖化の温度上昇ペースはかつての地球の歴史にはないほどに異常で速く、実に憂慮すべきものがあり、二酸化炭素ら温室効果ガス削減の取り組みへの努力を今の人類が開き直って完全放棄してよいことには全くならないが。

今日の「異常気象と地球温暖化」の原因の考察に当たり、そういった化石燃料の燃焼にての二酸化炭素排出による温室効果ガス濃度の上昇という「人為の温暖化」以外での、そもそもの地球の寒冷化から温暖化への傾向という、ある意味、極めて当たり前で自然な現象である長期気候変動サイクルも勘案して、それへの理解を促す記述が本書には控えめであるが見られる。その証左は先に引用した表紙カバー裏解説で言えば、「熱波や大雪、『経験したことがない大雨』など人々の意表をつく異常気象は、実は気象の自然な変動の現れである」とする書き出し文だ。ここに、「かつて『経験したことがない』異常気象や地球温暖化が今日生じたとしても、そうした気象変動は人為以外での地球そのものの本来的な自然現象からも想定され、ある程度は説明しうる」旨の、「異常気象と地球温暖化」の問題に処する際の著者の科学者としての冷静で公正な態度を私達は確かに読み取るべきであろう。

鬼頭昭雄「異常気象と地球温暖化」の副題は「未来に何が待っているか」である。「異常気象と地球温暖化」の進行の未来がもたらすこと、自然科学的なこと(このまま地球温暖化が年々進むとして、将来的に例えば「永久凍土の融解による凍土中のメタンの大気放出で温暖化は加速されるか」「アマゾンの森林は枯渇するか」「北極の海氷は消滅するか」ら)について、著者は「定量的な予測は困難」「結果の予測は困難」「結論づけるのは困難」など、つまりは「現時点では予測できず、わからない」をやたら連発する(笑)。その分、「現時点では何も予測できないし何もわからない」地球温暖化がもたらす科学的な影響以外での、「異常気象と地球温暖化」がもたらす「未来の人類に待っている」社会的困難については、かなりの断定口調であり相当に悲観的である。例えば以下のように。

「地球温暖化という長期的な気候変動は、水循環の変化、自然生態系の変化をもたらし、それは農作物や人間の健康への悪影響につながり、気象・気候の極端現象たる熱波、干ばつ、洪水、台風、山火事のハザードの頻度が高まる。より具体的には、食糧生産と水供給の断絶、インフラや住居の損害、羅病率や死亡の増大といった人間の精神的健康と人間の福祉に深刻な影響を及ぼす。そうして、ついには人間社会の不平等・貧困の拡大、暴力的紛争の発生を引き起こす。今、早急に対策を始めないと後で後悔することになる。『後』とは、子や孫の世代だけでなく、自分自身の世代でもあるのです」

地球温暖化という気候変動リスクが誘発する科学分野以外での人間社会の行く末には割と、はっきりと断定し未来予測して警鐘を鳴らしている。地球温暖化がもたらす科学的なことに関し「現時点では何も予測できないし何もわからない」を連発する著者の科学者としての慎重さとは対照的に、「地球温暖化という気候変動リスクがもたらす、科学分野以外での人間社会の行く末」について、「社会の不平等・貧困の拡大、暴力的紛争の発生を引き起こす。今対策を始めないと後で後悔することになる」などと、やたら危機感をもって前のめりで脅迫的に強く訴える著者の姿勢が岩波新書の赤、鬼頭昭雄「異常気象と地球温暖化」を一読して後々まで私の中で深く印象に残る。