アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(534)山田圭一「フェイクニュースを哲学する」(その1)

岩波新書の赤、山田圭一「フェイクニュースを哲学する」(2024年)を読むと、いわゆる「陰謀論」というものは「フェイクニュース」の範疇(はんちゅう)にあることがわかる。

つまりは、フェイクニュースという、そもそもの大きな問題カテゴリがあって、そのフェイクニュースの問題現象をより詳細に見ていけば、「フェイクニュース」(偽ニュース。マスメディアやソーシャルメディアにて事実とは異なる情報を発信すること)の中に「陰謀論」を始めとして、例えば「誹謗・中傷・デマ」(ある人物や組織の社会的評価を低下させるような根拠のない悪口や噂)、「都市伝説」(「友達の友達から聞いた話」など、身近なようで実は顔も名前も特定もできない人物が体験したという荒唐無稽な話)、「似非(エセ)科学」(がん治療・予防、ワクチン効果・副作用、ダイエット、長寿、美肌、発毛・育毛らに関する矛盾、誇張、反証不可能性、確証バイアスを含んだ非科学的言説)、「歴史修正主義」(証言・史料の捏造や飛躍した論理で、従来確立されている史実や歴史的評価を故意に否定し書き換えて「修正」する操作)の問題事例があるのであった。事実、岩波新書の山田圭一「フェイクニュースを哲学する」では陰謀論に関し、かなりの紙数を割(さ)いて詳細に扱っている(「第5章・陰謀論を信じてはいけないのか」)。

以下では、「フェイクニュース」の数ある問題現象の中での「陰謀論」について書いてみる。

「陰謀論─何らかの有名な出来事・状況に関する説明で、『邪悪で強力な集団組織による陰謀が関与している』と断定したり信じたりするもの。陰謀論は、単純に秘密の計画を指す『陰謀』とは異なり、関係者や専門家らその筋の正確性を評価する資格のある人々の間での主流の見解・常識に強く反対して異を唱え、関係者や専門家の見解・常識そのものが『陰謀』であると激しく非難したり、情報の背後に邪悪で強力な集団組織の暗躍による陰謀のたくらみがあると強弁する荒唐無稽な俗説である」

陰謀論にも虚偽断定の信じられ方に様々なレベルがある。例えば「宇宙人による秘密裏の地球乗っ取り計画が進行中」(宇宙人はすでに地球に潜伏しており、宇宙人が各国首脳と密かに入れ替わって地球乗っ取りが年々極秘に進行されている)とか、「アポロ11号の月面着陸成功は嘘」(1969年のアメリカのアポロ11号の有人月面着陸は実は失敗で、あの月面着陸の映像はNASAが当時のハリウッドの最新技術を駆使してスタジオ撮影したフェイク・フィルム)など。これら荒唐無稽な陰謀論はお笑いネタの与太話のようなものであって、「宇宙人による秘密裏の地球乗っ取り計画が進行中」の陰謀論に対しては、「あーこのままだと地球が宇宙人に乗っ取られて、こりゃ大変だね(棒読み)」と軽くいなしたり、「アポロ11号の月面着陸成功は嘘」の陰謀論に関しては「そういえば、昔このアポロ計画陰謀論をそのままお笑いネタにした『カプリコン・1』(1977年)という面白映画があってね」程度の軽い話を適当に継いで場を濁(にご)しておけばよい。

しかし、例えば「ナチス・ドイツによるユダヤ人絶滅政策(ホロコースト)は捏造」(第二次世界大戦時にナチス・ドイツにより実行されたというユダヤ人の大量虐殺は、ユダヤ人勢力の陰謀により捏造された虚説。もしくは著しく犠牲者数が誇張されており、信憑性がない)などの、歴史修正主義に架橋した人道上極めて悪質な陰謀論になると、公的な歴史書き換えの問題ともなり、実際にユダヤ人被害者とナチス加害者の証言史料があって大量処刑のためのガス室を含むナチスによる強制収容所遺構ら史実の客観証拠もあるにもかかわらず、そうした陰謀論に安易に乗ってしまうことは後世にまで遺恨を残す不正確で深刻な社会問題となる。

また、例えば「抗がん剤はがんには全く効かず、むしろ人体に有害」(抗がん剤に治療効果はなく、逆にがんを進行させる。にもかかわらず、抗がん剤投薬が、がんの標準治療の内の化学療法の主流に未だなっているのは高価な薬剤を販売して金儲けしたい製薬会社と医師の陰謀である。医者は自身ががんに罹患しても決して抗がん剤治療は選択しない)など、似非科学に架橋した現代科学に照らし合わて医学的に到底妥当とは思われない飛躍した陰謀論となると、実際に抗がん剤治療で寛解したり腫瘍縮小の薬効が見られた臨床事例が数多くあるにもかかわらず、こうした陰謀論をそのまま信じて抗がん剤治療を頑(かたく)なに拒否するがん患者も出てきて、重篤な患者に対し医師の助言に基づく適切医療が公正に施せない事態に、ついには抗がん剤治療以外での怪しい代替医療や非科学的な民間療法を選択し結果、がん進行で寛解なく早くに亡くなってしまう人も出てくる深刻な社会問題ともなろう。

これら悪質な陰謀論を含むフェイクニュース一般に対しては、いわゆる「ファクトチェック」の手続きが有効とされている。

「ファクトチェック─情報の正確性・妥当性を検証する行為のこと。事実検証、事実確認とも呼ばれる。特に個人がマスコミやソーシャルメディアのニュースを受け取る『情報公開後のファクトチェック』に際しては、次のような手続きが基本である。(a)客観的データ(数値)・資料と比べて吟味する。事情をよく知る当事者や、その筋の専門の有識者の見解を参照し参考にする。(b)情報の出処の発信源にまで遡(さかのぼ)って追跡・確認する。いわば『伝言ゲーム』のように、第一の発信源から情報が次第に拡散していく過程で誇張、省略、切り取り、意味の取り違え、(故意や悪意を含む)改ざんがないか注意し確認する」

以上のようなファクトチェックの手続きが、私達が情報を受け取る際に「フェイクニュース」=誹謗・中傷・デマ、都市伝説、似非科学、歴史修正主義、陰謀論らの諸問題に安易にダマサれず、それらに適切に処する方策であるといえる。

フェイクニュースの中で、誹謗・中傷・デマや都市伝説らに対してはファクトチェック(情報の正確性・妥当性を検証する事実検証の行為)だけで大抵は処理できる。どのように細かで、たとえ専門的で一般の人には難解な情報内容であっても、誹謗・中傷・デマや都市伝説などは最終的に「その情報は事実なのか虚偽なのか」の二者択一の単純な結論判断に毎回収束してしまうからだ。だが陰謀論だけは、そうした「その情報は事実(ファクト)か虚偽(フェイク)か」の二者択一の単純な真偽問題だけで終わらない複雑さを時に有する。陰謀論においては、「情報そのものを虚偽のフェイクニュースに仕立てて嘘情報を何ら大々的にまき散らしていなくても、陰謀言説を介し情報への視点や論点の重心を故意にズラすことで、情報(ニュース)そのものの全体の意味や全体的な印象を巧妙に改変させる事態」もあり得るのである。

例えば、「アメリカ大統領は9.・11テロ計画を事前に知っていた」(アメリカ大統領と政府首脳は2001年の9.・11テロ計画を事前に情報把握していたが、後日の「テロへの報復」というアルカイダらイスラム勢力攻撃のための中東地域へのアメリカの軍事派遣の口実を得るために、あえて放置し9.・11テロを黙認してやらせた)という陰謀論が以前にあった。この陰謀論では、「ワールドトレードセンターに航空機が突っ込む自爆テロの衝撃映像は全くの作り物のフェイク動画で、現実には9.・11テロはなかった」とか「自爆テロを実行した犯行グループは実はアメリカ政府に雇われた人達で、今回の9.・11テロはアメリカによる完全な自作自演」などいうような、情報そのものを虚偽として全面否定する単純なフェイク言説ではない。イスラム過激派テロ組織のアルカイダが9・11テロを計画し遂行した事実は、何ら否定されていないのである。

ただこの場合は、「アメリカ大統領と政府首脳は2001年の9.・11テロ計画を事前に情報把握していたが、後日の『テロへの報復』というアルカイダらイスラム勢力攻撃のための中東地域へのアメリカの軍事派遣の口実を得るために、あえて放置し9.・11テロを黙認してやらせた」という陰謀言説を介することで話の重心が故意にズラされて、「テロ加害者側のイスラム勢力のアルカイダよりも、一見誠に気の毒な一方的な被害者側であるかに思えたアメリカ政府とアメリカ国民の方にこそ、実は責められるべき非がある」旨の、反社会的行為をなしたイスラム・テロ集団組織への加害責任追及を封じて、いつの間にか被害国のアメリカの方が社会的非難の窮地に立たされてしまうという、情報(ニュース)そのものの全体の意味と印象を巧妙に改変させる虚偽(フェイク)操作になっている。

(※もっとも「アメリカ大統領は9.・11テロ計画を事前に知っていた」は、「アメリカは太平洋戦争時、日本の真珠湾への先制奇襲攻撃を事前に知っていた」(太平洋戦争の開戦となる1941年12月の日本軍による真珠湾への先制奇襲攻撃を、アメリカ大統領と政府首脳は暗号解読し事前に情報把握していたが、後日の「奇襲攻撃に対する報復」というアメリカが日本を戦争に引きずり込むべく、日本への攻撃の口実を得るために、あえて放置し日本に真珠湾への先制奇襲攻撃を黙認してやらせた)とする、歴史修正主義に架橋した陰謀論と全く同じ型のもので、かつて流行した陰謀論の焼き直しのリバイバルである。

この「アメリカは太平洋戦争時、日本の真珠湾への先制奇襲攻撃を事前に知っていた」陰謀論に基づいて、日本の保守右派や国家主義者らは、「だから先の太平洋戦争では正式な宣戦布告もなしにアメリカのハワイ真珠湾攻撃の先制奇襲作戦を仕掛け開戦した日本は何ら悪くはない。むしる日本はアメリカの策略の陰謀にハメられた。悪質なのは、もともと日本を戦争挑発して開戦の機会を狙っていた、日本軍の奇襲攻撃情報を事前に把握していたが、日本の『卑怯なだまし討ち』に対する後日のアメリカの『正当な報復』という、日本を戦争に引きずり込むために、あえて日本に真珠湾への先制攻撃をやらせたアメリカの方だ」と昔から決まっていつも力説する。ここでは日本が主体的に開戦決断をして正式な宣戦布告もなしに、太平洋戦争に突入していった日本側の戦争遂行責任の過失は、かの陰謀論を介し完全免責され、全くの不問にされてしまっている。

「アメリカは太平洋戦争時、日本の真珠湾への先制奇襲攻撃を事前に知っていた」という昔からある古典的有名な陰謀論をすでに知っている者からすれば、今般の「アメリカ大統領は9.・11テロ計画を事前に知っていた」の新たな陰謀論に安易にダマサれることなどないのだが。こういった意味でも以前の陰謀論の実例を知り学んでおくことは、後々新たな陰謀論にダマサれないために大切である)

誹謗・中傷・デマなどと同じフェイクニュースの種別であるにもかかわらず、陰謀論だけが最終的に「その情報は事実なのか虚偽なのか」の二者択一の単純な結論判断に必ずしも収束してしまわない複雑さを時に見せるのは、陰謀論というのが、「事実(ファクト)か、さもなくば虚偽(フェイク)か」とやがては判断される単なる情報(ニュース)の提供だけではなくて、その情報の背後にある(と無根拠に信じられている)荒唐無稽な傍流の物語(ストーリー)=「実は邪悪で強力な集団組織が関与しており、背後でその集団組織の暗躍による陰謀のたくらみがある」と強弁するような俗説を新たに付加する、陰謀論それ自体の虚偽形成の原理に由来するものだと考えられる。陰謀論とは表面的な情報の虚偽だけではなくて、そのニュースの背後にある情報発信をなす闇の集団組織の存在や、彼らの陰謀のたくらみにまで言及するタイプのフェイクニュースであるからだ。

この記事は次回へ続く。