アメジローの岩波新書の書評(集成)

岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(465)小畠郁生「恐竜はなぜ滅んだか」

恐竜は、約二億五000万年前(中世代三畳紀中期)に出現したものがその起源とされている。その後、長きに渡り陸上脊椎(せきつい)動物の頂点に立ったが、約六五00万年前(中世代白亜紀末期)の大量死滅により、鳥類(恐竜の中で唯一の現存群である鳥類系統)を除き、恐竜すべての種が地球上から姿を消した。他方、人類は、約二00万年前に東アフリカで進化し(アフリカ単一起源説)、約一五0万年前にはユーラシア大陸各地に広がっていき現在の人類に至るとされる。

過去に地球上で、それまで一億数千年にも渡って進化し発展してきた陸上動物の頂点にあった恐竜が、ある時期に集中して死に瀕(ひん)し、突然に滅んでしまった歴史に私達が興味を惹(ひ)かれるのは、それは同様に現在地球上で生物連鎖の頂点にある人類の、かつての恐竜同様の絶滅を予感し、その恐竜絶滅の生物学的歴史を人類の絶滅のそれに暗に重ねているからに違いない。少なくとも私はそうだ。だから、私は「恐竜の絶滅」に関する書籍を昔からつい手に取り読んでしまう。

恐竜と同様、地球上の人類もゆくゆくは絶滅する。「人類の絶滅」を文字通り「人類が全て死に滅んでしまうこと」として、そうした生存者ゼロの完全な「絶滅」はないとしても、多くの人間が何らかの理由で特定の時期に集中して大量に死に全人類の総人口が大幅に激減して、結果ほぼ「人類の絶滅」に近い、ごくわずかの少人数の人間しか生存できない未来もありうる。現在の人間個体の寿命は百歳前後だから「個」としての人類はせいぜい生きて百年足らずだが、民族としての「種」、並びに人間全体の「類」としての人類は、この先、全面核戦争など余程の不測のアクシデントが発生しなければ、(おそらくは)数千年から数億年先まで地球上で生存できる。

その際の「人類の絶滅」の直接要因には、例えば「パンデミック」(新たなウイルスの発生による人類共通感染症の世界的流行)や、「気候変動」(急激な地球温暖化ないしは寒冷化、天然自然の放射能濃度の急激上昇などで地球が生命存続不能な惑星になる)や、「地球外生命体の侵攻」(SFめいた設定ではあるが、ある時期に未知の地球外生命体が来襲して人類を滅ぼすことも可能性としてなくはない)などが考えられる。

岩波ジュニア新書の小畠郁生「恐竜はなぜ滅んだか」(1984年)は、かつての地球上での恐竜絶滅の謎に迫ったものだ。本書の概要は以下である。

「今から約六五00万年前、それまで一億数千年にもわたって進化し、発展してきた中世代の陸の王者恐竜たちが、とつぜん滅んでしまったのです。何が起こったのでしょうか?原因を究明するには、地球に生命が誕生してからの生物の生成・発展・衰亡の歴史をたどり、また恐竜たちの生活や能力を知り、同じ時代の生物たちや地球の環境を調べる必要があります。化石が残した過去のデータを駆使して恐竜絶滅事件のなぞにせまってみましょう」(裏表紙解説)

また本新書の著者である小畠郁生(おばた・いくお)については、本書の奥付(おくづけ)に次のようにある。

「一九二九年、福岡に生まれる。九州大学理学部地質学科卒業後、一九五六年、同大学大学院理学研究科修士課程終了。九州大学地質学教室助手を経て一九六二年から国立科学博物館。後に同博物館地学研究部部長。古生物学、地質学を研究分野としている」

小畠郁生「恐竜はなぜ滅んだか」は、ジュヴナイル(10代の少年少女向けの読み物)の岩波ジュニア新書であるが、初学者が多いと推察される10代の読者に易しく分かりやすく「恐竜絶滅の謎」を説きながら、その内容に誤魔化しなく詳しく丁寧に解説されている。本書での著者の記述は学術的に裏打ちされたものであり、十分に信頼できる。そのことは著者の小畠郁生のプロフィール、「九州大学大学院理学研究科修士課程終了後、九州大学地質学教室助手を経て、後に国立科学博物館地学研究部部長」の、恐竜ら地球の古生物学と古代地質学の専門研究を重ねてきた氏の経歴からも納得できるのである。

岩波ジュニア新書「恐竜はなぜ滅んだか」は、恐竜発生以前の地球環境から恐竜への進化・出現と各恐竜の分類と生態などを順序立てて説明しているが、何よりも本書の最大の読み所は、書籍タイトルと同一の最終章「恐竜はなぜ滅んだか」であろう。この最終章には本書刊行時の1980年代時点での「恐竜絶滅の原因仮説」の最新主要なものが、ほぼ挙げられている。例えば以下のような仮説だ。

☆種としての寿命説(系統として老衰し、自然の進化発展の終末に到達した恐竜という生物自身の種としての寿命により絶滅した)☆有毒物説(有毒性の寄生虫の発生や伝染病の流行により絶滅した)☆天変地異説(太陽系に直近の所での超新星の爆発による放射能の地球上への降注によって絶滅した)☆隕石衝突説(地球への隕石衝突の衝撃によって水の蒸発、津波の発生、粉塵の舞い上がりで太陽光が遮断され、食料となる植物・動物の死滅と地球の寒冷化により絶滅した)

これら幾つかの「恐竜はなぜ滅んだか」の原因仮説が、各説の長所と難点とをそれぞれに指摘しながら本書では挙げられている。しかしながら、どれか一つの仮説が「恐竜絶滅の決定的要因」と性急には結論付けず断定で極端な決めつけは避け、「恐竜の絶滅原因」について以下のような「多角的な複合要因」の仮説立場を最後に著者は表明している。

「けっきょく、たとえば、いん石説がかりに正しいとしても、それは絶滅に拍車をかけたひき金となった事件にすぎず、動物の側にも絶滅の原因があったこと(恐竜の体のつくり)、また大海退というような地球的規模の変化で多種類の生物の生息に好適な環境が奪われる(アンモナイトの例)という素地があったうえに気候変化があり、温度差が大きくなって偏西風や貿易風が強くなったために翼竜などまで滅びてしまったというふうに、地球全体として多角的に総合して絶滅の原因を考えるのがよいでしょう」(205・206ページ)

「恐竜はなぜ滅んだか」という難題に対し、こうしたどのような仮説でも等しく当てはまるように読める穏健な、物事にあえて白黒は付けない中間複合の灰色(グレー)解釈(「多角的に総合して絶滅の原因を考えるのがよいでしょう」)でひとまず筆を擱(お)くあたり、著者もなかなかの人だと私は本新書を最後まで読んで感心する次第だ。とりあえずは上手い結論のまとめ方であるとは思う。

「恐竜はなぜ滅んだか」の恐竜絶滅の原因解明については、古代地球環境の不安定な酸素濃度の変化に左右されて「絶滅も進化も酸素濃度が決めた」とする生物の呼吸代謝のあり様に着目した、ピーター・D・ウォード「恐竜はなぜ鳥に進化したのか」(日本語版、2008年)がなるほど説特力があり、現時点での有力仮説の筆頭であると私は思う。