アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

記録・随筆

岩波新書の書評(455)塩沢美代子「結婚退職後の私たち」

岩波新書の青、塩沢美代子「結婚退職後の私たち・製糸労働者のその後」(1971年)の概要は以下だ。「15、6歳で製糸工場に就職した女性たちの結婚退職後を追う。二百余名の主婦たちの生活の実態と、厳しい労働条件のもとで過した経験が、彼女たちにどのように…

岩波新書の書評(453)永六輔「大往生」

既刊の古典を中心とした「岩波文庫」に対し、書き下ろし作品による一般啓蒙書を廉価で提供することを目的として1938年に創刊された「岩波新書」である。こうした日本で最初の新書形態となった長い歴史を持つ伝統ある岩波新書の中で、歴代で最高発行部数の新…

岩波新書の書評(447)安岡章太郎「アメリカ感情旅行」

岩波新書の青、安岡章太郎「アメリカ感情旅行」(1962年)の書き出しはこうだ。「私は一昨年(一九六0年)ロックフェラー財団の留学生として十一月二十六日に羽田をたち、翌年五月十七日にかえってきた。その間ほとんどテネシー州のナッシュヴィルにおり、…

岩波新書の書評(436)細谷史代「シベリア抑留とは何だったのか 詩人・石原吉郎のみちのり」

私は前からずっとやってみたくて昔、一回だけやったことがある。寿司屋に入り大トロを食べビールを飲みながら、詩人でありシベリア抑留帰還者であった石原吉郎の「望郷と海」(1972年)を読み返してみたかったのだ。誠に不遜(ふそん)で、亡くなった石原本…

岩波新書の書評(422)阿波根昌鴻「米軍と農民」

岩波新書の青、阿波根昌鴻(あはごん・しょうこう)「米軍と農民」(1973年)は、私にはとても懐かしい書籍である。近年、本書は復刊されて容易に手に入り読めるが、昔は長い間、絶版品切れの入手困難でなかなか読めなかった。私が岩波新書の阿波根昌鴻「米…

岩波新書の書評(418)土門拳「筑豊のこどもたち」「るみえちゃんはお父さんが死んだ」(その2)

(前回からの続き)土門拳「筑豊のこどもたち」(1960年)には続編がある。「母のない姉妹」で筑豊の井之浦炭鉱で父親と妹さゆりちゃんと三人で暮らしていた、るみえちゃんのその後の写真である。タイトルは「るみえちゃんはお父さんが死んだ」(1960年)。…

岩波新書の書評(417)土門拳「筑豊のこどもたち」(その1)

(今回から2回に渡り、写真家・土門拳の写真集「筑豊のこどもたち」についての文章を「岩波新書の書評」ブログですが、例外的に載せます。念のため、土門拳「筑豊のこどもたち」は岩波新書ではありません。)土門拳「筑豊のこどもたち」(1960年)は、福岡…

岩波新書の書評(414)ジョン・ガンサー「死よ 驕るなかれ」

岩波新書の青、ジョン・ガンサー「死よ驕(おご)るなかれ」(1950年)は、アメリカのジャーナリストでノンフィクションライターでもあるジョン・ガンサーが記した、若くして10代で脳腫瘍で亡くなった息子、ジョニー・ガンサー(1929─47年)の追想録である。…

岩波新書の書評(382)加藤周一「羊の歌」

岩波新書の青、加藤周一「羊の歌」(1968年)に関し、昔から私は思っていたけれど本書は読んで、そこまで面白くはない。今回、本新書についての文章を書くので久しぶりに読み返してみたが、やはり面白くなかった。加藤周一「羊の歌」は「わが回想」というサ…

岩波新書の書評(370)「図書」編集部「書斎の王様」

書斎論は、読書論やノート作成術や時間管理術ら、いわゆる「知的生産技術」の分野に属するものだ。普段より仕事場として使う書斎は勉強・仕事の能率にも大きな影響を与え、そのため自身の書斎をいかに設定しデザインするかを主眼とするのが書斎論である。岩…

岩波新書の書評(365)大内兵衛「社会主義はどういう現実か」

以前に稲垣武「『悪魔祓(ばら)い』の戦後史・進歩的文化人の言論と責任」(1994年)という書籍があった。本書は1991年のソ連崩壊という共産国の破綻を見届けた上で、かつての米ソ冷戦体制下にて日本の戦後民主主義や反戦平和運動や基地反対闘争や労働市民…

岩波新書の書評(363)石川文洋「日本縦断 徒歩の旅」

岩波新書の赤、石川文洋「日本縦断・徒歩の旅」(2004年)の概要は以下だ。「歩くことの大好きなカメラマンが、少年の頃からの夢、日本列島縦断をついに敢行。北海道・宗谷岬から故郷の沖縄・那覇まで三三00キロ、五ヵ月に及んだ旅は、どのような日々を刻…

岩波新書の書評(347)鄭振鐸「書物を焼くの記」

岩波新書の青、鄭振鐸(てい・しんたく)「書物を焼くの記」(1954年)の概要は以下だ。「『この本は問題になるだろうか』『この雑誌は、残しておいてもさしつかえないだろうか』…。日本占領下の上海で文化統制は極度に強まり、あらゆる抗日的な書籍・雑誌・…

岩波新書の書評(331)栗原俊雄「戦艦大和」

岩波新書の赤、栗原俊雄「戦艦大和」(2007年)は、読んで有用な良書である。というのも、戦艦大和についてほとんど知らない人でも本新書を一読するだけで短時間の内に「戦艦大和」の建造から緒戦から沈没までの一通りの概要を即につかめるからだ。しかも本…

岩波新書の書評(328)ピーター バラカン「ラジオのこちら側で」

岩波新書の赤「ラジオのこちら側で」(2013年)は、ラジオDJであり音楽評論家であって、日本での海外ドキュメンタリーの紹介番組の司会も務めた(当人はこの肩書を「ブロードキャスター」としている)イギリス人のピーター・バラカン(Peter・Barakan)が、1…

岩波新書の書評(291)小田実「義務としての旅」

小田実「何でも見てやろう」(1961年)は、小田が若い時分に一枚の帰国用航空券とわずかな持参金で世界一周旅行に出かけ、安価なユースホステルに宿泊しながら世界のあらゆる人達と出会い語らい、まさにタイトル通りの「世界中の何でも見てやろう!」の痛快…

岩波新書の書評(239)武者小路実篤「人生論」

戦前昭和に出版された岩波新書の赤、武者小路実篤「人生論」(1938年)に関しては、「まさか君は武者小路の『人生論』を真面目に読んで、今更ながら人生の極意を学びたいなどと本気で考えてはいないだろうね」と思わず釘を刺したくなる衝動に毎度、私は駆ら…

岩波新書の書評(238)鶴見俊輔「本と私」

岩波新書の赤、鶴見俊輔編「本と私」(2003年)は、岩波書店創業90年を記念し実施した原稿募集「本と私」の入選作19篇を収録したものだ。よって本新書に掲載の「本と私」に関するエッセイはプロの書き手によるものではなく、一般応募者の優秀作品であるから…

岩波新書の書評(232)杉浦明平「台風十三号始末記」

未読な方に読んで面白い書籍として岩波新書の青、杉浦明平「台風十三号始末記」(1955年)をお薦めしたい。もちろん、既読な方も再度読んで楽しめる。鋭いブラックな風刺の軽妙な笑いというのが本書の魅力である。本新書の書き出しはこうだ。「一九五三年九…

岩波新書の書評(211)堀田善衛「インドで考えたこと」

岩波新書の青、堀田善衛「インドで考えたこと」(1957年)について、一読者の私が下手な要約をするよりも、ここはまず著者の堀田善衛その人に直接に本書の概要を語ってもらおう。「この手記は、私が一九五六年の晩秋から五七年の年初にかけて、第一回アジア…

岩波新書の書評(205)勝木俊雄「桜」(岩井俊二「四月物語」によせて)

毎年、繰り返し四月の桜の季節になると岩井俊二監督、松たか子主演の映画「四月物語」(1998年)を観たくなってしまう。映画「四月物語」の概要はこうだ。「『ラブレター』『スワロウテイル』の岩井俊二監督が、松たか子主演で、上京したばかりの女子学生の…

岩波新書の書評(193)丸山静雄「インパール作戦従軍記」

岩波新書の黄、丸山静雄「インパール作戦従軍記・一新聞記者の回想」(1984年)は、戦時に朝日新聞記者の立場から「インパール作戦」に従軍した著者による「一新聞記者の回想」である。従軍記者としての戦場での個人体験を記録することに時に葛藤し、その意…

岩波新書の書評(176)鶴見俊輔「思い出袋」

ある特定の人の自伝やエッセイや雑文集の分野の書籍が好きで、既読で内容は知っていて既に何度も読んでいるのに、いつも出先に携帯して細かな空き時間に読み返してしまう。繰り返し読むので内容も文面も覚えてしまっているのだけれど、なぜか何回も読み返し…

岩波新書の書評(175)長谷川千秋「ベートーヴェン」

岩波新書の赤、長谷川千秋(はせがわ・せんしゅう)「ベートーヴェン」(1938年)は戦前の岩波新書であり、当時の少ない資料の中でベートーヴェンの生涯を詳細に記した人物評伝の古典として評価の高い新書である。ベートーヴェンについての書籍はロマン・ロ…

岩波新書の書評(159)手塚治虫「ぼくのマンガ人生」

岩波新書の赤、手塚治虫「ぼくのマンガ人生」(1997年)は手塚の没後、過去に発表された手塚治虫の文章や講演を再構成して一冊の書籍にまとめたものであるが、何よりも本書を企画した岩波新書編集部の功績が大きいように思う。日本に数ある新書の内で、伝統…

岩波新書の書評(133)平出隆「白球礼讃 ベースボールよ永遠に」

私の好きな映画の一つにケビン・コスナー主演「フィールド・オブ・ドリームス」(1989年)がある。ある日、天から啓示の謎の声が聞こえてきてその声に従い、ある農夫が自宅の広大なとうもろこし畑の敷地に野球場を作ったら、どこからともなく往年の名プレイ…

岩波新書の書評(119)西堀栄三郎「南極越冬記」

私が小学生の時に映画「南極物語」(1983年)が興行大ヒットし当時、私も劇場に観に行った。「文部省特選作品」の推薦も付いて、「南極物語」にて第一次南極越冬隊から南極に置き去りにされた樺太犬、タロとジロの大ブームに1980年代の日本中が沸(わ)いた…

岩波新書の書評(115)土屋祝郎「紅萌ゆる」

岩波新書の黄、土屋祝郎「紅萌ゆる」(1978年)は、著者が自らのことを「土屋」と表記し「旧制第三高等学校での土屋の青春」を描いたものだ。著者の土屋祝郎は1904年生まれであり、土屋が旧制第三高等学校に在学して学んだ時代は本書の副題通り、まさに「昭…

岩波新書の書評(91)稲葉峯雄「草の根に生きる」

岩波新書の青、稲葉峯雄「草の根に生きる」(1973年)は、何よりもまず題名が良いと思う。「草の根に生きる」である。私も自身のこれまでの人生を振り返り、地道に堅実に周りの人々と連帯しながら「草の根に生きる」まっとうな人間としての生き方を実践でき…

岩波新書の書評(89)石川達三「生きている兵隊」

(今回は岩波新書ではない、石川達三「生きている兵隊」についての書評を「岩波新書の書評」ブログではあるが、例外的に載せます。念のため、石川「生きている兵隊」は岩波新書には入っていません。)私は普段から人並み程度にしか読書をしないので正確に的…