アメジローの岩波新書の書評(集成)

岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(133)平出隆「白球礼讃 ベースボールよ永遠に」

私の好きな映画の一つにケビン・コスナー主演「フィールド・オブ・ドリームス」(1989年)がある。

ある日、天から啓示の謎の声が聞こえてきてその声に従い、ある農夫が自宅の広大なとうもろこし畑の敷地に野球場を作ったら、どこからともなく往年の名プレイヤーたちが現れて彼らが野球をやる。それをケビン・コスナーが家族と共に楽しく観戦する。なかには生前、不和となって死別した若い頃の自分の父親まで出てきて思いがけず父とキャッチボールをやったり。非常に雰囲気のある幾分ノスタルジックで清々(すがすが)しい気持ちになれる、野球好きにはたまらない映画だ。

岩波新書の赤、平出隆「白球礼讃・ベースボールよ永遠に」(1989年)を読むと、いつも私は映画「フィールド・オブ・ドリームス」のことを思い出す。詩人たる著者のベースボールに対する尊敬の念と愛情があふれている。著者は、ただ「野球選手が好き」とか「試合を観戦するのが趣味」というわけではないのだ。

しかも著者が好きな野球は草野球であり、本場の「ベースボール」なのであった。アメリカのベースボールは日本プロ野球や高校野球とは違う。一見、同じような球技のスポーツに思えて実は明確に異なる。このことを疑う人は、例えば以前に巨人に在籍していたクロマティの「さらばサムライ野球」(1991年)を今さらながら読んでみたまえ。アメリカのベースボールと日本のプロ野球とは明白に違うから。そして私は、どちらが良くて優れているなどとは思わないのだが。アメリカのメジャーリーグも日本のプロ野球も高校野球も、それぞれに特色があって面白い。「野球はその国の人達の固有の文化なのだ」と痛感させられる。

平出隆「白球礼讃・ベースボールよ永遠に」に関しては、「岩波新書でも、こうした雰囲気の書籍を出せるのか」の驚きの思いが本書を初めて手にして一読したときにあった。著者の平出隆が詩人であるためか、白球とユニホーム、バットの快音、客席の歓声、どこまでも澄み渡る青い空の非常に趣のある味のあるエッセイ風の文体記述である。比較的厳格で硬派な学術的新書を出していた岩波新書の中で、本書は意外な感じがした。何となく1980年代の雰囲気がする本だ。80年代、私は高校生で当時、読んでいた雑誌「ホッドドック・プレス」や「ポパイ」に連載の北方謙三の人生相談や村上龍の海外F1観戦記のルポのようだ(笑)。岩波新書の平出隆「白球礼讃・ベースボールよ永遠に」は今読み返すと、そうした1980年代エッセイの雰囲気の読み味があるように思える。

本書は野球のスターティングメンバーないしは野球の1ゲームが9回表裏であることの数に合わせて「0から9」の章構成にて成り立っている。もし私が野球に関する書籍を執筆する場合にも、絶対に全9章の構成にするだろう。仮にサッカーについての書籍なら全11章にするに違いない。

私は草野球もやっていないし著者ほどアメリカ本場のベースボールにも詳しくないけれど、よって本書にて触れられている往年の名選手やチーム、野球用具、球場、イベント、野球機構のアメリカのベースボール文化を詳細に知らないが、それでも読んで楽しめる。映画「フィールド・オブ・ドリームス」鑑賞後のような、野球を通してノスタルジックでさわやかな気持ちになれるのだ。

「暑い草いきれのなか、白球を追う。無心になってゲームをするときの幸福感。草野球チームの監督兼三塁手としてプレーする詩人が、アメリカの野球殿堂を訪ね、チームの公認を得る。そこには元大リーガーも入団する!さらにグラヴやバットの職人を訪ねては、野球への情熱を聞く。ベースボールへの愛が一杯に詰まった一冊」(表紙カバー裏解説)