アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

哲学・思想・心理

岩波新書の書評(452)柳父章「翻訳語成立事情」

外国や他地域から異文化の制度、技術、宗教、学問らを輸入摂取する際に、もともと自国の文化にそれに対応した言葉がないために新しく新語を造語したり、これまでにあった自国の言葉に別の意味・用法を加えて改変する必要が生じる、いわゆる「翻訳問題」とい…

岩波新書の書評(448)多木浩二「戦争論」

今にして思えば、岩波新書の多木浩二「天皇の肖像」(1988年)は、さすがに名著であった。視覚上位の近代の時代において「見る・見られる」の人的関係に「支配・被支配」の権力支配の構造を見切って、しかもその視覚にまつわる権力現象を、近代日本の天皇制…

岩波新書の書評(446)田中克彦「ことばと国家」

岩波新書の黄、田中克彦「ことばと国家」(1981年)は、歴代の岩波新書の中での名著としてよく推薦され、学生が読むべき必須の課題図書に定番で指定されるような昔から有名な書籍である。本書の概要は以下だ。「だれしも母を選ぶことができないように、生ま…

岩波新書の書評(445)梅本克己「唯物史観と現代」

ある人の生涯最後の上梓や絶筆は、それがどのようなものであっても無心に読まれるべきものがある。その書物には著者の生の存在の全てが、最期に渾身(こんしん)の力の重みをもって賭けられているような気がするからだ。岩波新書の青、梅本克己「唯物史観と…

岩波新書の書評(443)徳永恂「現代思想の断層」

私は一時期、大学進学後も遊びで大学入試問題を解いていたことがあった。そのとき、国立の大阪大学の二次試験問題の日本史や英語は年度によっては東京大学や京都大学のそれらよりもレベルの高い良問・難問で、「ここまでの大学入試問題を作成できるとは、大…

岩波新書の書評(432)田中美知太郎「ソクラテス」

前から私は岩波新書の田中美知太郎「ソクラテス」(1957年)、同岩波新書の斎藤忍随「プラトン」(1972年)、同岩波新書の山本光雄「アリストテレス」(1977年)の三冊を自室の書棚に並べ折に触れて眺めたり、各新書を日々読み返しては悦(えつ)に入り、満…

岩波新書の書評(429)今井むつみ「英語独習法」

岩波新書の赤、今井むつみ「英語独習法」(2020年)だけを読むと気付かないかもしれないが、本新書は今井の旧著、同じ岩波新書の「ことばと思考」(2010年)と「学びとは何か」(2016年)の続編となっている。すなわち、「ことばと思考」と「学びとは何か」…

岩波新書の書評(425)鈴木大拙「禅と日本文化」

岩波新書の赤、鈴木大拙「禅と日本文化」(1940年)は戦中発刊の旧赤版の岩波新書で、同時代の斎藤茂吉「万葉秀歌」上下巻(1938年)と共に戦前の岩波新書の中で当時は相当に売れて広く読まれたらしい。鈴木大拙「禅と日本文化」と斎藤茂吉「万葉秀歌」は、…

岩波新書の書評(424)南博「日本的自我」

ある民族や国民について、その人々の集団の最大公約数的な共通性格や一般傾向を指摘して論ずる「××人論」という評論分野が昔からある。例えば「歴史があるイギリスの英国人は礼儀正しく、伝統を重んじて保守的である」とか、「ドイツの人はゲルマン民族の森…

岩波新書の書評(421)マイケル・ローゼン「尊厳」

岩波新書の赤、マイケル・ローゼン「尊厳」(2021年)の表紙カバー裏解説は次のようになっている。「 『尊厳』は⼈権⾔説の中⼼にある哲学的な難問だ。概念分析の導⼊として⻄洋古典の歴史に分け⼊り、カント哲学やカトリック思想などの規範的な考察の中に、…

岩波新書の書評(416)石井公成「東アジア仏教史」

紀元前四世紀から五世紀頃、インドにてガウタマ=シッダルタ(ブッダ、仏陀)が開いた仏教は、後にアショーカ王の保護を受けて発展し、アジアの各地に広がったが、前一世紀から二世紀にかけて中国・朝鮮・日本に伝わった、いわゆる「北伝仏教」は、ガウタマ…

岩波新書の書評(413)小林秀雄「無常という事」(その3)

前回で要約の要旨をまとめ、一応終わった感のある小林秀雄「無常という事」について、今回は前回に出した「無常という事」の要旨を踏まえ、小林秀雄の「無常という事」が発表された当時の時代状況にて果たしたであろう、あの作品の政治的役割について考えて…

岩波新書の書評(412)小林秀雄「無常という事」(その2)

前回からの続きで、小林秀雄「無常という事」の読み解きをやっている。今回は最終段落を読み切って、いよいよ読解を完成させよう。「上手に思い出す事は非常に難しい。だが、それが、過去から未来に向かって飴の様に延びた時間という蒼ざめた思想(僕にはそ…

岩波新書の書評(411)小林秀雄「無常という事」(その1)

(今回から3回連続で岩波新書ではない、小林秀雄「無常という事」について書いた読み解きの文章を例外的に「岩波新書の書評」ブログに載せます。念のため、小林秀雄「無常という事」は岩波新書には入っていません)小林秀雄「無常という事」(1942年)に関…

岩波新書の書評(407)三浦俊彦「ラッセルのパラドクス」

岩波新書の赤、三浦俊彦「ラッセルのパラドクス」(2005年)のタイトルになっている「ラッセルのパラドクス」とは、素朴集合論において矛盾を導くパラドックスであり、「自分自身を含まない集合全体を考えると矛盾が生じる」というものだ。これは、ラッセル…

岩波新書の書評(398)山鳥重「『わかる』とはどういうことか」

(今回は、ちくま新書、山鳥重「『わかる』とはどういうことか」についての書評を「岩波新書の書評」ブログですが、例外的に載せます。念のため、山鳥重「『わかる』とはどういうことか」は岩波新書ではありません。)物事を「分かる」とはどういうことなの…

岩波新書の書評(389)マルクス・ガブリエル「新実存主義」

近年、メディアで取り上げられる事が多い気鋭の若手の人気哲学者のマルクス・ガブリエルである。氏は1980年生まれであり、岩波新書「新実存主義」(2020年)を執筆時にはまだ30代と若い。マルクス・ガブリエルはテレビや雑誌らマスメディアへの露出が多い。…

岩波新書の書評(383)渡辺照宏「死後の世界」

私達は死の問題について無関心ではいられない。しかし、私達は死に関したはっきりしたことを何も知らない。「死後の世界は存在するのか、そもそも存在しないのか!?」こういう形で問題を提起しても、死後の世界の存在を誰も肯定することも否定することも容易…

岩波新書の書評(379)藤沢令夫「プラトンの哲学」

古代ギリシアの哲学者のプラトンについて、岩波新書では「プラトン三部作」というべきものがあった。斎藤忍随「プラトン」(1972年)と、藤沢令夫「プラトンの哲学」(1998年)と、納富信留「プラトンとの哲学・対話篇をよむ」(2015年)である。一つの新書…

岩波新書の書評(362)田中美知太郎「哲学初歩」

(今回は、岩波全書の田中美知太郎「哲学初歩」についての書評を「岩波新書の書評」ブログではあるが、例外的に載せます。念のため、田中「哲学初歩」は岩波全書であり、岩波新書ではありません。)政治学や法律学や経済学や教育学らとは異なり、哲学にだけ…

岩波新書の書評(356)河合隼雄「子どもの宇宙」

岩波新書の黄、河合隼雄「子どもの宇宙」(1987年)は、昔からよく知られた新書だ。本書は「ひとりひとりの子どもの内面に広大な宇宙が存在することを、大人はつい忘れがちである」という趣旨で、子どもには大人や社会から矯正(きょうせい)してしつけられ…

岩波新書の書評(348)藤原保信「自由主義の再検討」

岩波新書の赤、藤原保信「自由主義の再検討」(1993年)は、「自由主義」を資本主義の経済と議会制民主主義の政治とひとまず規定し、それらに功利主義哲学の道徳も加えた上で、タイトル通りその「自由主義」を「再検討」しようとするものである。「資本主義…

岩波新書の書評(344)山之内靖「マックス・ヴェーバー入門」

2020年は、社会科学者であるマックス・ヴェーバー(1864─1920年)の没後百年の節目に当たり、ヴェーバー関連の書籍が多く刊行されている。マックス・ヴェーバーの何よりの学問的業績は「近代」の定義にある。西洋の「近代」を他から区別する根本原理は「合理…

岩波新書の書評(342)末木文美士「日本思想史」

岩波新書の赤、末木文美士(すえき・ふみひこ)「日本思想史」(2020年)は、新書のわずか250ページ余で古代から近現代までの文字通りの「日本思想史」を一気に概観しようとする新書だ。このように限られた紙数の中で全時代の主要項目(主な思想家や思想や学…

岩波新書の書評(340)室伏広治「ゾーンの入り方」

(今回は岩波新書ではない、室伏広治「ゾーンの入り方」に関する文章を例外的に「岩波新書の書評」ブログに載せます。念のため、室伏広治「ゾーンの入り方」は岩波新書ではありません)私は前からスポーツ選手がよく口にする「ゾーン体験」というものに興味…

岩波新書の書評(339)大塚金之助「解放思想史の人々」

岩波新書の青、大塚金之助「解放思想史の人々・国際ファシズムのもとでの追想・一九三五─四0年」(1949年)は、日本の敗戦後に再出発した岩波新書の新装の青版の第1回配本、シリアルナンバー1の最初の新書である。岩波新書の歴史を深く知りたい人は、この…

岩波新書の書評(336)鹿野政直「日本の近代思想」

岩波新書の赤、鹿野政直「日本の近代思想」(2002年)は、2000年代の21世紀へ移行の時代の節目に当たり、1901年から2000年までの近代日本の20世紀の100年を思想史の観点から振り返り総括しようという試みの新書だ。本書は「中日新聞」夕刊に2000年10月2日か…

岩波新書の書評(335)市川伸一「勉強法が変わる本」

岩波ジュニア新書は、10代の中高生向けに書かれた岩波新書のジュヴナイル(少年少女向け読み物)であるが、10代をすでに過ぎた大人が読んでも大変に面白く、ためになる良書も多い。それは岩波ジュニア新書には、大人になっても人の人生にて大切で、かなり本…

岩波新書の書評(334)田川建三「イエスという男」

(今回は、田川建三「イエスという男」その他についての文章を「岩波新書の書評」ブログではあるが、例外的に載せます。念のため、田川建三の著作は岩波新書には入っていません。)私は洗礼を受けたり定期的に教会に通ったりするようなキリスト者ではないの…

岩波新書の書評(327)中島義道「悪について」

ドイツ哲学専攻でカントが専門の中島義道に関して、私は案外に「よい読者」であるとは思う。振り返ってみれば中島義道の著作をだいたい私は読んでいる。ただし、この人は同時代の他のカント研究者らと読み比べてみて殊更に優れているというわけでもなく、む…