岩波新書の赤、石川文洋「日本縦断・徒歩の旅」(2004年)の概要は以下だ。
「歩くことの大好きなカメラマンが、少年の頃からの夢、日本列島縦断をついに敢行。北海道・宗谷岬から故郷の沖縄・那覇まで三三00キロ、五ヵ月に及んだ旅は、どのような日々を刻んだか。クルマ優先の道路、農漁業の現状、自衛隊基地・原発、そして美しい自然、懐かしい人との再会…。日本と日本人の現在を写真とともに伝える全記録」(表紙カバー裏解説)
本書のサブタイトルには「65歳の挑戦」とある。日本縦断の徒歩の旅を敢行した時、著者は65歳なのであった。私は65歳になるまであと数十年はあるが、仮に自分が65歳まで生きられたとして、その年齢で著者のように徒歩で日本縦断の旅をする自信は到底ない。長期の旅に出るには旅に費やせる自分だけの自由な時間とそれなりの金銭、旅に出て長期の旅を継続できる根気の気力、そして何よりも「徒歩の旅」の場合には相当な体力が必要だと思われる。65歳で日本列島を縦断できるほどの脚力の体力がある著者に私は感心する他はない。この人は2003年7月15日に日本列島の北端である北海道は稚内市の宗谷岬から歩き始めて、同年12月10日に日本の南端である沖縄は那覇市の喜屋武岬に到着している。わずか五ヵ月の期間で列島縦断の三三00キロを踏破したことになる。中途で鉄道やバスや自動車は利用せず、ただ歩くだけで五ヶ月で日本列島を縦断したというのは相当にペースが早いと思う。
しかも本書を読んでいると、常に13キロの荷物を背負って歩いたという。宿泊は野宿やテントは張らず、通常の宿に泊まり、徒歩の旅にて履きつぶした靴は四足。「靴はそれほど高級でなくとも五00キロぐらいは大丈夫だ」といかにも軽い調子で当たり前のように書いている(笑)。私たち普通の人の感覚で何しろ500キロも歩いて靴を履きつぶす経験はまずないから、「まぁ、すごい人だな」と圧倒される。
「序章・なぜ縦断徒歩の旅か」や「終章・3300キロを歩き終えて」の著者が日本縦断の徒歩の旅に出る理由や今回の列島縦断の徒歩の旅を終えての総括も含めた旅の記録の全編を読むと、この人は1938年の沖縄生まれで、1964年に香港のスタジオに勤務し、1965年1月から68年12月にかけてベトナムに滞在して、アメリカ軍と南ベトナム政府軍に同行取材をした戦場カメラマンの経歴の持ち主であることが分かる。カメラ器具ら重い荷物を背負って戦地での行軍経験を持つ、もともと相当に訓練された人なのであった。だから、「これから日本縦断を実行しようという人へ」の著者の旅の経験に基づいた実践アドバイスも最終章にはあるけれど、「一般の人にはあまり参考にならないのでは」の率直な感想だ(笑)。「旅が終わってからも精神的、肉体的に疲労感は残らなかったので、またどこかを歩きたいと思った。…すぐにでも四国の巡礼地へ行きたい気持ちだ」と、この人は日本縦断を徒歩でやった後も疲れを見せることなくケロリとしている。
表紙カバー裏解説文に「旅は、どのような日々を刻んだか。クルマ優先の道路、農漁業の現状、自衛隊基地・原発、そして美しい自然、懐かしい人との再会…。日本と日本人の現在を写真とともに伝える全記録」とあるように、著者は沖縄の生まれであり、戦後のアメリカ統治下の沖縄と日本本土復帰後の米軍基地問題で揺れる沖縄をよく知っているため、またベトナム戦争にて従軍の戦場カメラマンの自身の経験から、反戦平和の志向を強く持ち、そのため日本全国にある軍事基地や原発施設を問題視し、各地にある戦争遺跡を見て戦争体験者から話を聞いて、日本の地方の過疎化や自然環境破壊に心を痛める。ただ徒歩で旅をしているだけではない、そうした著者の社会問題意識が前面に出る旅の記録となっている。本新書にはカメラマンである著者が撮った、旅先で出会った人々の写真が多く掲載されている。「日本の自然と地域の人々の人情に触れ、反戦平和と環境保護の社会問題意識を持った列島縦断の旅」といったところか。
そういった旅を介しての反戦平和や環境保護への思いを新たに来(きた)す旅の記録という点で、岩波新書の石川文洋「日本縦断・徒歩の旅」は、小田実「何でも見てやろう」(1961年)に読み味が似ている。小田実の書籍は、若い時分に一枚の帰国用航空券とわずかな持参金で世界一周旅行に出かけ、安価なユースホステルに宿泊しながら世界のあらゆる人達と出会い語らい、まさにタイトル通りの「世界中の何でも見てやろう!」の痛快な旅行記である。本書での小田の貧乏世界放浪は現在のバックパッカーの走りとも言え、本書はベストセラーとなり、小田実の著作を読んでから世界旅行する若者が増えたとされる。
他方、石川文洋の「徒歩の旅」は、比較的落ち着いた老年期を迎えた著者がこれまでの自分の人生を時に思い出し振り返りながら日本列島を踏破して、旅先で様々な人達に出会う旅の記録である。岩波新書の赤、石川文洋「日本縦断・徒歩の旅」が好きな人は、小田実「何でも見てやろう」も同様に好きになるはずだ。また逆に小田の「何でも見てやろう」の昔からの愛読者は、石川の「日本縦断・徒歩の旅」を新たに読めば本新書が必ず好きになるに違いない。