アメジローの岩波新書の書評(集成)

岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(215)首藤若菜「物流危機は終わらない」

以前にNHKスペシャル「トラック・列島3万キロ・時間を追う男たち」(2004年)という秀逸ドキュメンタリーがあった。より早く、より効率的に、一方でより安全に。物流が急速に変化する中、トラック業界では生き残りを賭(か)けた競争が続いていた。睡眠を極限まで削り、1分1秒を争って走るドライバーたち。「追っかけ」と呼ばれる超特急便トラックにカメラが同乗し、スピードと安全の間で葛藤する男たちの姿を記録したものだ。

その中で長崎の中小運送会社にてトラック運転の仕事に従事するドライバー、芦塚さんという2004年のドキュメンタリー撮影時50代のベテラン運転手に密着の映像がある。芦塚さんの日々の労働は実に過酷である。例えば長崎から大阪までダイコンを積んでの運送業務、朝の10時から荷積み作業をしてそのまま10時間余りかけて大阪まで突っ走り、途中コンビニで弁当を買って食べ、深夜0時過ぎに到着し、そこから3ヵ所の市場をまわり一人で荷おろしして、午前4時すぎに終わる。そのあと4時間ほど車内で仮眠をとって次の現場へ向かう。そんな状態で3日目に、ようやく会社のある長崎に帰ってくる勤務である。これは非人間的な長時間労働の典型といえる。

芦塚さんのみならず、本ドキュメンタリーに登場する他のトラックドライバーも長時間労働の過酷な環境は同様だ。長距離トラックで決められた一定の時間内に出発し、指定時間までに到着しなければならない。もし渋滞に巻きこまれて延着となれば、運賃は払われないどころか逆に荷主側から賠償金を請求される。賠償額は輸送費用より高いので遅れれば赤字が決定する。赤字累積は会社の死活問題になるから延着常習のドライバーは会社を馘(くび)になる。延着したら以後その会社には仕事は頼まれない。「配送業者の代わりはいくらでもいる」と強気の荷主である。

しかも、遅れるからといってスピードを上げるわけにはいかない。会社は荷主側に安全運転を売りにして仕事を請(う)けているからだ。会社は「自社トラックには安全運転させる」という。時間短縮のために会社から指定された以外の有料道路を走れば高速料金は自腹である。到着した後に運転手が自身でしなければならない荷物の積み下ろし作業もある。「指定時間に間に合わせろ」、かといって「規定以上のスピードは出すな」。スピードと安全の間での板挟みである。もう寝る時間や休憩・食事の時間を削って間に合わせるしかない。自宅にも帰れない。3日で睡眠時間は数時間もザラである。赤信号中にハンドルにつっぷして寝て、青になったら起きて走る。 そうしたドライバーの日常的な危険映像も密着ドキュメンタリーの中には実際ある。睡魔に負けて居眠り運転で事故になったら命を落とす。まさに命を削って日々走ることになる。

しわよせは全部、トラック運転手にくる。トラックドライバーはギリギリの所まで身心共に追い詰められているのだ。本ドキュメンタリー制作の2004年の時点で、この惨状である。現在の2020年代以降の物流業界、トラック運転手の労働現場はどうなっているのだろう。職場環境は改善されているのか。あの映像にいた疲れながらも笑顔が印象的で穏(おだ)やかな、男手一つで娘さんを育て嫁に出したドライバーの芦塚さんは、その後どうしているのだろう。ドキュメンタリー放送後もトラックの仕事は続けているのか。お元気なのだろうか。

岩波新書の赤、首藤若菜「物流危機は終わらない・暮らしを支える労働のゆくえ」(2018年)を読むと、NHKスペシャル「トラック・列島3万キロ・時間を追う男たち」の芦塚さんら「追っかけ」超特急便の長距離トラックドライバーのことを私は、つい思い出してしまう。本新書はNHKのドキュメンタリーとは違って同じ物流トラック運転手の話でも、ヤマト運輸らネット通販の個人顧客に安価な送料で、しかし最短で即日の迅速配達を強いられる2010年代の宅配の物流現場からの報告ルポである。

「ネットで注文した商品が、送料無料で翌日に配達される。安く早くモノが届くことは、もはや当り前の日常だ。しかし、その荷物を運ぶドライバーは、見えないところで過酷な労働を強いられている。私たちの暮らしや経済を支える物流。それを維持するためのコストは、いったい誰が負担すべきなのか。問題提起の書」(表紙カバー裏解説)

トラックドライバーの高齢化、長時間労働と人材不足、規制緩和による運送会社のダンピング(値下げ)過当競争といった物流業界を取り巻く事業環境が報告されている。著者によれば、物流危機の直接の原因はドライバーの低賃金にあり、運賃(輸送費、積み込み積み替え積みおろし費、待機費、その他の付帯業務に対し支払われる価格)の異常な低さにある。そして、そのような低運賃構造の背景には、政府による規制緩和と担当官庁の監督・指導の意図的怠慢の労働問題があるという。よって本新書の最後にある著者による解決策の提示も、国の力で強制的に運賃や賃金を上昇させる、現場のトラックドライバー労組の活性化や担当官庁による違法労働規制の強化が主なものとなっている。

インターネットの普及により書籍や食料や日用雑貨を注文すると、最短で翌日には確実に品物が自宅に届く現代では当たり前になったこの「安価で便利で快適な」日常の裏には、その荷物を日夜運ぶトラックドライバー達の過酷な労働実態があることを改めて思い知らされる。

昼夜を問わず、配送トラックは日本中の道路を縦横に走っている。何台ものトラックがひしめいて血液のように絶えず流れ循環している。人間の血液のように夜昼となく物流トラックが走っていなければ、日本経済が成り立たなくなっている(ように思われている)。その流れは、まるで強迫観念にかられたかのようで止まることがない。物流が止まれば動脈硬化を起こして破裂し、日本経済が破綻してしまう(と思われている)。商品が消費者の手に短日時で渡る仕組みになっている。さらに物の流れの短縮化・短時間化に拍車がかかる。その根底には「安価で便利で快適」を果てしなく追求する人間欲望の肥大をはかって、さらに今よりももっと利潤を求める現代資本主義の拡大延命がある。

さて、私達はどうするべきか。