アメジローの岩波新書の書評(集成)

岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(511)出口治明「生命保険とのつき合い方」

岩波新書の赤「生命保険とのつき合い方」(2015年)の著者である出口治明については、

「出口治明(1948年─)は日本の実業家。訪問商談の保険外交員をなくした直販のネット通販型の保険会社であるライフネット生命保険株式会社の創業者。一時は立命館アジア太平洋大学学長の役職にもあった。『大の読書家で読書好き』を自認して、これまでに読んだ本は1万冊以上、著作も40冊以上あり、自著には人気でベストセラーとなったものも多数ある。『たった一度きりの人生を存分に楽しんで生きる。人生の楽しさは喜怒哀楽の総量にある』の言葉が、出口の著作には繰り返しよく書かれている」

また岩波新書の赤、出口治明「生命保険とのつき合い方」の概要は以下だ。

「生命保険に入る前に、これだけは知っておこう─、あなたに必要な保険の種類、保険金の額、加入期間は?結婚した時、子どもができた時、あるいは中高年になった時、何を優先させるべき?加入前の注意点から、他の契約への乗り換えのタイミング、保険料決定の仕組みまで、分かりやすく丁寧に解説します」(表紙カバー裏解説)

出口治明「生命保険とのつき合い方」は歴代の岩波新書の中でもかなり異色の新書だ。比較的硬派で学術的な固い新書本刊行イメージがある従来の岩波新書にて、本書は生命保険会社が公式発行の「保険新規加入の顧客のために書いて読ませる販売促進用パンフレット」、もしくは保険加入を迷っている人に対面で、保険外交員が「なぜ生命保険が必要なのか」「どの種類の保険プランがあなたに合っているか」を熱心に語る、保険勧誘のセールストークのような内容である。

つまりは、「もう最初から何らかの生命保険に加入する」の保険契約成立の前提があって、その上で有無も言わせず生命保険の販売(セールス)促進のための内容書籍なのである。「そもそも生命保険は自分には必要ないので加入しない」とか、「むしろ毎月の保険料負担が重いので保険の見直し解約を考えている」などの生命保険に新規加入しない、ないしは中途解約するの選択立場は、本書「生命保険とのつき合い方」にて元から周到に排除されている。こういうのは催眠サギ商法への注意喚起や昨今流行の行動経済学にて、「不自由な選択」「強制的な二択」と指摘される事例である。「その商品を購入することで生ずる利点や、どれを選択購入するべきか」だけを圧倒して一方的に話し相手に促して、最初から「商品を購入しない」という選択を暗に、しかし強力にさせないようにしているのである。こうした他者操作の誘導事例は、催眠サギ商法では昔からある案外ベタな古典的手口であり、「不自由な選択」「強制的な二択」と嘲笑的に呼ばれたりする。

岩波新書「生命保険とのつき合い方」の「はじめに」を読むと、著者の出口治明に対し「これから生命保険を買おうと思っている若い皆さん向けの、わかりやすい新書を書きませんか」の呼びかけがまず岩波書店からあって、その提案を受けて出口も「これ一冊を読めば安心して生命保険を買うことができる、そのような本が書けたら」という思いで本書の執筆に取り組んだ、とある。なぜ岩波書店の岩波新書にて、わざわざ「これから生命保険を買おうと思っている若い皆さん向け」で、「これ一冊を読めば安心して生命保険を買うことができる」ような、出口が創業で本書執筆時には代表取締役兼CEOであるライフネット生命保険、さらにはその他の保険会社も含む生命保険業界全体の私企業の新規顧客獲得の販売促進のための「生命保険とのつき合い方」なる書籍が出されなければならないのか、私には疑問である。事を荒立てず、より穏便に言って、本書は「これから生命保険を買おうと思っている若い皆さん(へ)向け」た、「これ一冊を読めば安心して生命保険を買うことができる」用途目的の、あらかじめ読者対象がかなり相当に狭く限定された極めて例外的で特殊な本なのだ、と思えば何とか理解できないこともないけれど。

そういったわけで目下、生命保険への加入検討やその予定もない私のような読者には、岩波新書の出口治明「生命保険とのつき合い方」は、読んであまり面白い書籍ではない。本論中に現行日本の健康保険制度や年金制度や生活保護法ら公的社会保障制度に対する、著者からの不備や「社会的セーフティネット」としての不十分さの指摘記述もあるけれど、それら議論を様々に長く述べながらも、最後はことごとく「社会保障に関する各種の公的制度には不備があって不十分だから一見、保険とは無縁に思える若い人であっても、万一の死亡・病気・怪我のリスクに備えて生命保険に加入しておくべき」の、出口が創業で経営のライフネット生命保険、もしくはその他の保険会社の生命保険への新規加入を強力に勧める保険商品の販売促進の話に結局は巧妙に回収されてしまう。本来、それ自体として深められ掘り下げられるべき日本の公的な医療・年金の社会保障制度に関する問題指摘の議論が矮小化されて、著者の私的な生命保険会社や保険販売業界全体の保険商品の売上正当化の道具に、現行日本の公的福祉政策の不備の問題議論が使われてしまうので、真面目に読んでいて中途で馬鹿らしい思いに私はなる。

ただ本新書の中で「第7章・生命保険料はこうして決められる」の章だけは読んで面白く、例外的にためになる。「生命保険料の決め方」「生命保険会社の仕組み」が、「簡易生命表」「予定利率」「逆ざや」「純保険料」ら生命保険に関する専門用語解説を通して分かりやすく述べられている。

必ずしも明確に本書に書かれてはいないが、長く生命保険業界にいて近年、直販のネット通販型の保険会社であるライフネット生命保険を創業した著者の出口治明に対して、「基本掛け捨ての生命保険では、加入者の大部分は死亡して保険金の支給請求をするわけではなく死亡例の実数は些少で、全保険料収入のうち実際に保険金・給付金の支払に使われるのは毎年度、契約者保険料全体の2割未満程度のわずかな額に過ぎないのだから(ライフネット生命保険の場合、2013年度の同社の保険料収入は7537百万、その内、保険金等支払は1196百円で、全保険料収入のうち保険金支払に使われたのは15.8%の同社開示の公式データがある)、胴元の生命保険会社が永続的に利益を出して儲(もう)け続ける詐欺的ビジネスなのでは」「生命保険を中途解約したらなぜ元本割れするのか納得いかない」等の直接の文句、ないしは間接的な嫌味が頻繁にあって、相当な日々のストレスがあるのではと思われる。

そうした外部よりの常日頃からの批判に暗に強烈に反論するような明確な意図が、本論の行間や紙面全体から悲壮感を持ってそれとなく透けて見え感じられて、本書を読むにつけ岩波新書の赤「生命保険とのつき合い方」の著者である出口治明に対し、何だか可哀想で気の毒な思いも私はする。