アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(535)山田圭一「フェイクニュースを哲学する」(その2)

(前回からの続き)ここで「陰謀論」について、改めて確認しておこう。

「陰謀論─何らかの有名な出来事・状況に関する説明で、『邪悪で強力な集団組織による陰謀が関与している』と断定したり信じたりするもの。陰謀論は、単純に秘密の計画を指す『陰謀』とは異なり、関係者や専門家らその筋の正確性を評価する資格のある人々の間での主流の見解・常識に強く反対して異を唱え、関係者や専門家の見解・常識そのものが『陰謀』であると激しく非難したり、背後に邪悪で強力な集団組織の暗躍による陰謀のたくらみがあると強弁する荒唐無稽な俗説である」

誠に不思議なことに陰謀論を力説する人によれば、情報発信の際には、なぜかそのニュースの背後には故意に悪意をもって情報発信をなす闇の集団組織が必ずいて、彼らの邪悪な陰謀のたくらみが常にあり、多くの人々は陰謀の情報(陰謀論者が言うところの「フェイクニュース」)に無警戒で能天気にダマサれている、とされるのであった。常識的に考えて、世間に出回っている情報には、そうした悪意ある陰謀組織のたくらみなどなくて、単に自然発生的に情報伝播されたり、素朴な事実の事柄がそのままニュースとして伝えられることもあると思うのだが。

近年(2024年)、こうした陰謀論の典型が日本の政治にて見受けられ、「日本社会の劣化」が痛切に感じさせられる出来事が連続してあった。以下に挙げてみる。

「事例1─第50回衆議院議員総選挙(2024年10月)にて、野党の国民民主党が議席を倍増させ大躍進するも、妻子ある身でありながら、選挙後に代表の玉木雄一郎に交際女性との密会を報じた週刊誌報道が出て不倫が発覚。国民民主党代表の玉木は『報道された内容はおおむね事実』と会見を開いて謝罪した。ところが、玉木が代表の国民民主党が、いわゆる『年収103万円の壁の引き上げ』の減税公約を掲げて先の選挙で躍進したことから、『即税収減につながる減税政策に強い反対の立場にあった財務省が、国民民主党代表の玉木雄一郎を政治的に失脚させるために女性スキャンダルのニュースを故意に流した』という陰謀論が噴出。『玉木は財務省の策略の陰謀にハメられた』『玉木は何ら悪くない。女性問題は政治の仕事に関係なく、政治家には政策実行力があって政策実現ができればよい』など玉木を擁護の意見が、『今回の不倫報道は玉木の政治的失脚を狙った財務省による悪意ある策略』の陰謀論と共に拡散した」

「事例2─兵庫県職員が当時兵庫県知事であった斎藤元彦による、部下へのパワーハラスメント(激しい叱責、恫喝、舌打ち、無視、机を叩く、物を投げる、勤務時間外での連絡指示など)、県内業者に対する贈答品要求(いわゆる「おねだり」)、イベント事業での金銭の不透明な流れらを告発するも(2024年3月)、斎藤知事は、これを公益通報の扱いにして告発者を保護せず。第三者機関の調査結果を待たずに告発された側の当事者で上司にあたる知事が、知事を告発した側の部下の県職員に早々に懲戒処分を下し、後日、告発者の県職員は『一死をもって抗議する』の遺書を残して自殺した。これら一連の兵庫県庁内部告発文書問題を受け、兵庫県議会が設置した百条委員会にて、斎藤知事が問題追及される報道が連日なされると、『職員の天下り利権や事業の既得権益を温存しておきたい県職員、各市長、県議会議員が、それら権益の見直しをはかる斎藤元彦兵庫県知事を政治的に失脚させて辞任に追い込むために悪意をもって文書告発をやり、それに味方するかたちで百条委員会も招集された』とする陰謀論が噴出。『斎藤知事は県職員と各市長と県議会議員の策略の陰謀にハメられた』『斎藤知事は何ら悪くない。逆に斎藤知事はこれまで県内にはびこっていた天下りや既得権益の見直しをやる改革派の優秀な知事で、告発内容の知事のパワハラやおねだりは嘘。告発した県職員が自殺したのも、知事が公益通報者保護をせず急いで懲戒処分したからではなくて、自己都合により自殺した』の斎藤知事を擁護の意見が、『今回の兵庫県内の知事をめぐる告発文書問題は斎藤元彦知事の政治的失脚の辞任を狙った県職員・各市長・県議会議員による悪意ある策略』の陰謀論と共に拡散した」

これら陰謀論の事例では、否定できない事実情報(玉木代表が不倫していたこと。斎藤知事のパワハラ・おねだりの問題が指摘され、告発した部下を斎藤知事が公益通報者保護せず、後に告発者が自殺していたこと)の背後にあるとされる陰謀付加の操作を通して、話の重心が故意にズラされて、「国民民主党代表の玉木は財務省の策略の陰謀にハメられた。玉木代表は何ら悪くない。玉木、がんばれ!」「斎藤兵庫県知事は県職員と各市長と県議会議員の策略の陰謀にハメられた。斎藤知事は何ら悪くない。斎藤、がんばれ!」の強引な擁護と応援の下に、不倫や、パワハラ・おねだり・告発した部下を公益通報者保護せずに告発者の自殺という最悪結果をもたらしたことら、非倫理的・反社会的行為をなした彼らに対する責任追及を封じて、いつの間にかその重い責任が軽く免責されてしまう、遂には全くの不問にされるという、情報(ニュース)そのものの全体の意味と印象を巧妙に改変させる虚偽(フェイク)操作になっている。

ここに至って、「現職の国会議員で野党の代表で、半ば公人である重責を担う人物が選挙の前後まで、妻子ある身でありながら不倫をして、こうした異性への目先の欲望を抑えきれない人物であれば、外国政府や反社会的勢力(やくざ・暴力団や右翼・左翼の過激派集団ら)のハニートラップ・美人局の罠にかかり弱みを握られ、後々日本の国益に著しく損失を及ぼす恐れもあって、政策実行力云々以前に政治家の資質として不適合ではないか」とか、「いくら有能で仕事ができる県知事であっても、部下にパワハラをやり、知事の地位特権を利用して県内業者に対する贈答品要求(おねだり)で私利私欲に走り、上司である自身を文書告発した、部下に当たる県職員を公益通報の扱いでの告発者保護せず、告発された側の当事者である知事が第三者機関の調査結果を待たずに懲戒処分を急いで下して結果的に告発者を自死に至らしめたというのは、『告発(者)つぶし』にも通じる公益通報者保護法に抵触する重大な違反行為の疑いが濃厚で(さらには告発の県職員が自殺し亡くなった後でも、知事とその側近と知事のシンパたちが告発の社会的信用性を下げるために告発者のプライベート情報をバラまき、死者の告発職員の人格を毀損し続けている異常さで)、そもそも組織下で働く社会人として不適格ではないか。彼がこの後もそのまま県組織の長である知事職を続けてよいのか!?」のまっとうな批判や建設的な議論は、これら陰謀論の前ではもはや継げなくなってしまっているのだ。

この2つの事例は「虚偽のフェイクニュースに仕立てて嘘情報を何ら大々的にまき散らしていなくても、陰謀言説を介し情報への視点や論点の重心を故意にズラすことで、情報(ニュース)そのものの全体の意味や全体的な印象を巧妙に改変させる事態」をもたらす型(タイプ)の陰謀論の典型といえる。

思えば、陰謀論とは、あからさまな虚偽情報(フェイクニュース)の提供だけではなくて、例え事実(ファクト)の情報であっても、その事実情報の背後にある(と無根拠に信じられている)荒唐無稽な傍流の物語(ストーリー)=「実は邪悪で強力な集団組織が関与しており、背後でその集団組織の暗躍による陰謀のたくらみがある」と強弁するような俗説を新たに付加することで虚偽形成をなす、より複雑なフェイク言説なのであった。