アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(314)和田春樹「歴史としての社会主義」

1991年、「ペレストロイカ」の過程はついにソ連共産党とソ連邦の終わりをもたらし、計画経済体制は崩壊した。1917年のロシア革命から続いたソ連型の社会主義、国家社会主義の破綻が明らかになった。1917年のロシア革命によるソ連邦の社会主義国成立から1991年のソ連の崩壊まで、実に74年間に渡る社会主義国家、共産主義を標榜するソビエト連邦であった。

このソ連の終焉という歴史的事件を受け、1990年代の日本国内では現代日本の資本主義体制を支持して今まで反共キャンペーンを催してきた保守・右派・国家主義の反マルクス主義者らが、保守系の新聞や雑誌やメディアにて「やっぱりマルクス主義は虚妄であった。左派の社会主義や共産主義の思想は遠からず必ず全て理論破産する」云々と盛んに言い立てた。そして、これに応酬・反論するかのように、ソ連の終焉を目撃してもマルクス主義を擁護し、むしろ再定義して新たに評価し直すような左派陣営の側からの対抗言説も多く見られた。

例えば、廣松渉「今こそマルクスを読み返す」(1990年)には、90年代に破綻指摘の毀損(きそん)激しい、まさに虫の息で瀕死のマルクス主義を「今こそ読み返し」再評価して復権させようとする、哲学者でありマルクス研究者でもある廣松渉の強い思いがあった。

岩波書店の赤、和田春樹「歴史としての社会主義」(1992年)も、廣松の著作と同様、ソ連の解体という歴史的事件に際し、同時代人としてマルクス主義の総括を行おうとする主旨の新書である。しかしながら和田「歴史としての社会主義」は、廣松「今こそマルクスを読み返す」とは異なり、廣松渉のように理論的・思想的なマルクス主義の再定義よりの「読み返し」ではなくて、国際政治の歴史社会の文脈から、いわゆる「世界史」記述の立場からマルクス思想の出自とそれに基づく社会主義国家の歴史的展開と行く末を新書の200ページ余りで振り返り、一気にコンパクトにまとめたものだ。マルクス主義の理論的内容にあえて深く踏み込まず、思想の内実を再検討や再吟味せずに、それがロシア革命を経て社会主義体制として成立し、ソ連を中心とする社会主義国家が世界史の中で展開して体制崩壊する近現代の国際政治の「歴史」を主に概説している。ゆえに本新書のタイトルは「歴史としての社会主義」なのであった。

本書は全10章よりなる。まず冒頭に、著者がソ連解体後のモスクワを1992年に訪れた際に実際に目にした「変容したモスクワ」のレポートがある。現実にロシアの「何が『終った』のか」が、著者の体験を交えて現地から語られる。続いての第2章から第9章までで、いよいよマルクス主義の由来と社会主義体制の確立と社会主義国家の展開とその崩壊までが一気に概説される。「近代以前のユートピア思想」として、トマス・モアやバブーフやサン=シモンやロバート・オーウェンについて述べられ、次にいよいよマルクスである。その後、ロシア革命のレーニン、ソ連の一国社会主義体制確立のスターリンが第一次世界大戦と第二次世界大戦の国際政治を絡(から)めて論じられ、中途で東欧諸国と東アジアの中国と北朝鮮、東南アジアのベトナムでの社会主義の各国情勢も語られる。

それから第二次世界大戦後の米ソ対立の冷戦と、その冷戦由来の各地域にての「代理戦争」の様相たる朝鮮戦争、ベトナム戦争についての記述があり、「ペレストロイカ」(ロシア語で「建て直し」の意味)の改革を経て、いよいよ1991年のソ連の終焉である。1917年のロシア革命によるソ連邦の社会主義国成立から1991年のソ連の崩壊まで実に74年に渡る、まさに「歴史としての社会主義」であったのだ。そうして最終章ではソ連崩壊後の国際政治における冷戦構造の終結を受けて、本新書執筆の1992年時点での著者による今後の国際社会の見通しが、アメリカと日本の二つの国がこれからとるべき姿として示され本論は結ばれる。

岩波書店の赤、和田春樹「歴史としての社会主義」は、国際政治の歴史社会の文脈から、いわゆる「世界史」記述の立場からマルクス思想の出自とそれに基づく社会主義体制の歴史的展開と行く末を新書の限られた紙数のわずか200ページ余りで、一気に強引に書き抜いているため各所にて足早で説明不足の感も正直、否定できない。だが、本書はマルクス主義の出自やソ連邦ら社会主義国の成立と展開と終焉を知らない人が最初に読む入門書としてコンパクトにまとめられており、非常に優れている。初学者に有用な社会主義入門の歴史概説書といえる。

「東欧革命とソ連邦解体によって、ロシア革命が切り拓いた国家社会主義のシステムはついに終焉の時を迎えた。この歴史的な大転換はいったい何を意味するのか。ペレストロイカの展開を見守ってきた歴史家が、マルクス主義の成立にまで遡(さかのぼ)りながら、社会主義の思想・運動・体制の歴史を批判的に見直し、世界史における社会主義の運命を問う」(表紙カバー裏解説)