アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(479)ロビンス「組織行動のマネジメント」

(今回は岩波新書ではない、ロビンス「組織行動のマネジメント」についての書評を「岩波新書の書評」ブログではあるが、例外的に載せます。念のため、ロビンス「組織行動のマネジメント」は岩波新書ではありません。)

昨今では行動経済学や管理経営学、組織行動学、行動心理学、組織心理学…らの研究書籍が流行して、例えばドラッカー「マネジメント」(日本語版、1974年)が、間歇(かんけつ)的に繰り返し時折ブームで世間の話題になったりしているけれども、この手の経営管理学の書籍は昔からあった。

そもそもの企業組織に属する個々人の適正能力・労働意欲(モチベーション)や組織への忠誠を高めたり、個人の反組織的行動を諌(いさ)めたり事前に防止したり、組織全体の生産性を向上させて企業の経営効率を高めたり、無用な派閥抗争や組織全体の倫理的腐敗・反社会的な逸脱行動を防いだりする、そのような目的での「経営管理学」の研究は、確かに早くからなされていた。この点については、いわゆる「科学的管理法(労働の科学とその管理)」を説いたテイラー(「テイラー・システム」の提唱=課業管理、作業の標準化、作業管理のための最適な組織形態))と、「管理原則の父」とされるファヨール(「経営管理」の定義=計画、組織、指揮、調整、統制の5つの要素)に、今日の経営管理学の礎(いしずえ)は求められると思う。テイラーもファヨールも20世紀初頭の人で1910年代に集中して経営管理の主要著作を出しており、そこから今日流行の労務管理を主とする経営管理学、組織行動学は本格的に始められたのであった。こうした経営管理学ないしは組織行動学の成立は、特に1900年代に入ってからの資本主義の急激な発展・変化に伴い、多くの人々が会社組織に属し雇用され組織人として協調して効率的に働く(べき)労働形態にて、自身と家族の生活を成り立たしめる賃金労働者になった20世紀近代の社会状況に、実に見事なまでに対応していた。

私は経営学専攻ではないし、何ら専門的に学んでいないが、経営管理や組織行動学の書籍は人並み程度に読んで知ってはいる。この手の経営管理ないしは組織行動学の書籍が会社経営者や労務管理者の一部の人にとどまらず、それ以外の一般読者にも普及して広く読まれ出したのは、確かにドラッカー「マネジメント」の大ヒットの功績があったからに相違ない。何しろ現代の日本では会社経営者や労務管理者ではない、「高校野球の女子マネージャー」までもが「マネジメント」を読んで実践するほどのドラッカーの「マネジメント」ブームなのである(笑)。

そして先日、たまたまロビンス「新版・組織行動のマネジメント」(2009年)を読んだ。「マネジメント(経営管理)」と「組織行動」の両域にまたがり、その全体を概説した書籍である。本書は「マネジメントと組織行動学の分野における世界一のベストセラー教科書」であり、「これまでの本の売上げは200万冊を超え、…アメリカ国内の1000以上の大学で教科書として採用され、世界各国でも使われている」という。以下、ロビンス「新版・組織行動のマネジメント」の目次を書き出してみると、

「第Ⅰ部・組織行動学への招待、第1章・組織行動学とは何か、第Ⅱ部・組織の中の個人、第2章・個人の行動の基礎、第3章・パーソナリティと感情、第4章・動機づけの基本的なコンセプト、第5章・動機づけ・コンセプトから応用へ、第6章・個人の意思決定、第Ⅲ部・組織の中の集団、第7章・集団行動の基礎、第8章・チームを理解する、第9章・コミニュケーション、第10章・リーダーシップと信頼の構築、第11章・力(パワー)と政治、第12章・コンフリクトと交渉、第Ⅳ部・組織のシステム、第13章・組織構造の基礎、第14章・組織文化、第15章・人材管理の考え方と方法、第16章・組織変革と組織開発」

全4部に渡る全16章を読んで、もう決定的であると思う。大学の経営学の講義にてテキスト(教科書)として広く世界各国で採用されていることからも明白なように、ロビンス「組織行動のマネジメント」は非常に優れている。冒頭の第1章での「組織行動学とは何か」の定義から始めて、以降の各章で「マネジメント」の経営管理学を基底に、心理学や社会学や人類学や政治学ら近接の学問の最新知見をその都度取り入れながら、「組織行動に関係する行動科学」の全容を明らかにしている。

日本の経営学専攻の人が、同じ大学講義用のテキストとして経営管理や組織経営に関する著作を上梓しているが(「行動分析学」「組織の行動学」「組織開発」などの言葉を用いた類似タイトルの書籍)、それら類書を読んでも、ロビンス「組織行動のマネジメント」ほどには手際(てぎわ)よく上手にまとめられているようには見受けられない。そのためロビンス「組織行動のマネジメント」の読後には、経営管理・組織経営の同じテーマの日本人による著作を何冊読んでみても、ロビンス「組織行動のマネジメント」の二番煎じ、再編集版、簡易の要約本のような悪印象が拭(ぬぐ)えない。

仮に経営学での単位認定の筆記の論述試験が近日中にあるとして、そこで「優」の高得点をもぎ取るくらいの強い心持ちで、本書「組織行動のマネジメント」をテキストとして読み返し内容理解を深めて、会社経営者や労務管理者は、日々の労働現場での健全な対人・組織マネジメントとして現実に活かすべきであるし、また一般労働者や労働運動の労組の執行部は、経営者と企業総務の心持ちや人事管理の常套手法を本書から読み取り学び知って、それ相当の日々の適切労働に努めるべきか。その辺りが本書の最適な読まれ方の使われ方であろう。

ロビンス「組織行動のマネジメント」を一読して大変参考になり、学ぶべき所は大いにあるが、その反面、私には若干の不満も正直残る。それは著者のロビンスの記述のあり方や個々の理論・考察に関する疑義ではなく、マネジメント(経営管理)と組織行動学という理論的研究そのものに対する限界性の指摘の全体的な批判である。最後にその要点を手短に挙げておく。以下、ロビンス「組織行動のマネジメント」を始めとして、マネジメント(経営管理)と組織行動学という理論考察全般に共通する問題である。

(1)全体に論述の進め方が分析羅列的の箇条書きで、平板図式的で表面的である。分析羅列的な箇条書きの一律解説なため考察内容に深まりがなく、単調機械的な説明の悪印象が残る。

例えば企業組織内の労働者個人の、労働作業への動機づけ(モチベーション)に関する理論が、「第4章・動機づけの基本的なコンセプト」に解説されている。そこで「マズローの欲求五段階論」や「マクレランドの欲求理論」がそれぞれの欲求項目別に羅列・説明されている。これは本書で展開される組織行動学や経営管理学だけの問題ではなく、それら学問のために借用してきた近接の心理学や社会行動学そのものの根本的問題でもあるのだが、仮に「マズローの欲求五段階論」の理論に依拠して、人間欲求の五つ(「自己実現的欲求」から「生理的欲求」まで)を淀(よど)みなく列挙でスラスラ言えたとしても、そのことを以て「人間行動の起動・持続の機構(動機=モチベーションのメカニズム)を解明できた」とか、遂には「人間とは何か」を本当に深く理解したということにはならない。

単に分解して列挙した機械的平面分析では、それら各項目要素の関係性や相互作用、それら部分から変容影響を受ける全体への還元作用まで掘り下げて明らかにした事には、決してならないからである。

(2)組織行動学という学問が、組織の中での個人の心理的操作・誘導に特定環境下で極めて実利的に使われる危険性がある。特に組織行動学や社会心理学の理論が、経営管理学(マネジメント)の企業組織に落とし込まれる時、それは会社経営者や労務管理者からする、会社組織のために個の労働者に犠牲を強いる「他者の操作」という反倫理的な問題を少なからず含む。これは昨今、同様に流行し大人気である「行動経済学」にも共通する問題といえる。

「マネジメント」を著したドラッカーを始め「組織行動のマネジメント」のロビンスも、その理論考察を経ての労働者への「労働の動機づけ強化」の応用実践の指南は、「個人が組織内で働くこと」に対する精神論的で根性論的な動機付けの提示、例えば自身の中での仕事遂行の達成感や、仕事を介しての自分自身の精神的な成長とか他者や社会への利他的貢献などを説いて、劣悪な労働環境下(低賃金、長時間、無理な達成目標の設定・遂行の強要、厳しい研修・指導など)でも個人に過酷な労働を強いる「やりがい搾取」や「パワハラまがい」と紙一重であるし、時にそれら企業の組織内暴力の正当化にも「組織行動のマネジメント」は機能する。少なくとも組織内の個の労働者が、そうした企業の組織的暴力に原理的に正面から抗(あらが)えない形での考察理論の提供に、今日の経営管理学は終始する傾向が多分にある。

これは元々、経営管理学が「どうすれば企業組織内での非生産的コンフリクト(統制されない対立)を回避し、組織全体の生産性を向上させ企業の経営効率をより高めることが出来るのか」という労務管理を行う側の経営者目線から発想され、その要請に応えるかたちで取り組みが始まった研究である事情に由来している。