アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(339)大塚金之助「解放思想史の人々」

岩波新書の青、大塚金之助「解放思想史の人々・国際ファシズムのもとでの追想・一九三五─四0年」(1949年)は、日本の敗戦後に再出発した岩波新書の新装の青版の第1回配本、シリアルナンバー1の最初の新書である。岩波新書の歴史を深く知りたい人は、この「青版・1」に該当の大塚金之助「解放思想史の人々」は読んでおくとよいかもしれない。

いま手元にある鹿野政直「岩波新書の歴史」(2006年)から、大塚「解放思想史の人々」の解説文章を引用してみる。

「青版が、大塚金之助『解放思想史の人々─国際ファシズムのもとでの追想・一九三五─四0年』を、新しく設けた新書通し番号の1としたのは、発足に当たっての編集部の決意を示していた。社会思想史を専攻する大塚は、一九三三年に治安維持法違反容疑で逮捕されて東京商科大学を解職となり、有罪判決を受けて出所後も、執筆の自由をほとんど奪われていた。そのなかで、トマス・モーアをはじめとする社会思想史上の人びとについて、学生新聞の隅や出版社の業務用雑誌に、ある場合には匿名で書きつづけ、反ファシズムの旗を降ろさなかった。『解放思想史の人々』は、そのように『身うごきならぬ制約のもとで』書きつがれたエッセイを編集した本であった」

岩波新書「解放思想史の人々」を戦後に出した大塚金之助の戦時下、国家による弾圧の受難の傷は生々しい。戦時の大塚は相当に苦労した。共産党シンパの疑いで治安維持法にて検挙され、勤め先の東京商科大学(現在の一橋大学)を解職となり、有罪判決を受けて出所後は執筆の自由を奪われた。治安維持法にて大学を失職したため卒業生として使用できるはずの東京商科大学図書館から入館利用を禁ぜられ、官憲の監視は大塚の自宅の蔵書にまでおよび、洋書や雑誌のバックナンバーや書き抜きや原稿までも焼き捨てなければならなかった。大学を失職し、その後も公職に就くことを禁止され無職で無収入なため、戦時の大塚金之助は、友人からの援助や配偶者(妻)のピアノ私教師の収入で生き延びていたという。十五年戦争の戦時の天皇制ファシズム下にて、学者にとっての学問の自由はおろか、人間個人の思想・良心の自由の権利はことごとく国家により制限され、その制限からはみ出したものは逮捕・投獄で即に弾圧される。社会思想史家で経済学者である大塚金之助には実に苦悩で受難の時代であった。それは近代日本の社会思想史においても同様に相当な苦難で受難の暗黒の時代だったのである。

こうした岩波新書「解放思想史の人々」に収録された大塚金之助による戦時の執筆文章を、その時代的背景を加味しながら本新書を読むとなおさら感慨深いものがある。本書に収録のものは、大塚が失職して大学を去った後、書いても大学紀要や商業誌では検閲や発禁処分で引っ掛かってしまうので「大塚金之助」の名では公表できず、せいぜい匿名で発表するか、官憲の監視が比較的ゆるい学生新聞や業界紙の片隅に小さく載せることしか出来なかった文章群である。

岩波新書「解放思想史の人々」の目次を見ると、例えば「一九三五年(昭和十年)・トマス・モーア(一四七八─一五三五年)」というような表記になっている。最初の「一九三五年(昭和十年)」の表記は何かといえば、大塚が小論を構想し書き上げた年なのであった。だから、「一九三五年(昭和十年)・トマス・モーア(一四七八─一五三五年)」とある場合には、「本当は一九三五年の昭和十年に執筆完成したのだけれども、戦時の天皇制ファシズム下での国家による激しい学問弾圧のために公表できず、もしくは匿名表記の極めて不本意な不自由な制約下での発表でしかなく、長い間、実質未公開になっていたが、戦後の今般の岩波新書にて、初めての公的出版を経て今回人々に広く読まれる機会をやっと得た」の著者の大塚金之助の並々ならぬ思いが込められている。

岩波新書「解放思想史の人々」は、内容はトマス・モアからアダム・スミスやトマス・ペインやシャルル・フーリエまで、その時代での人道的で開明的な思想を唱えながら、当時の為政者や社会体制から抵抗にあい弾圧された、まさに「解放思想史の人々」について、大塚が学問的真理への献身と彼らへの共感とともに書いたものであるが、それは同時に戦時に不本意な形で封印されていた大塚金之助の文章そのものの戦後における「解放」も意味しているのであった。

大塚金之助は戦後に一橋大学に復帰した。大塚は定年退官まで一橋大学で教鞭をとった。大塚の弟子にはアダム・スミス研究で有名な高島善哉がいる。さらに、その高島善哉の弟子には「一橋社会学派」とされる社会思想史研究の水田洋や平田清明らがいる。特にアダム・スミス研究に関しては、高島善哉のスミス研究を読み、それから遡(さかのぼ)って高島の師である大塚のスミス研究を読むと面白い。岩波新書の青、大塚金之助「解放思想史の人々」の中にもアダム・スミスに触れた文章がある。本新書に所収の「一九三六年(昭和十一年)・ジェームス・ワットとアダム・スミス」でスミスの大学論を大塚が論じており、今読んでもなかなか興味深い。