アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(350)保立道久「歴史のなかの大地動乱」

現在の地震研究では一応は試みられてはいるが、確固たる科学理論に基づく決定論的な「地震予知」はできないので、統計に基づいた過去の地震発生事例、文献史料や過去記録のデータベースからその発生周期を確率論的に導き出す「地震予測」が今日では便宜的に取られている。加えて単一発生の事例だけでなく、近接他の地震との発生前後の関係性や他地域の大規模地震との発生間隔を見定め、そこから将来に起こるであろう地震活動を予測しようとする動きもある。

例えば東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震(2011年、マグニチュード9.1)は、「1000年に1度」の発生規模とされ、震源域や震源断層の規模と構造の類似により約1100年前の貞観地震(869年、M8.7)との共通点がよく指摘されている。このことから現代の東日本大震災以後の将来を古代の貞観地震後の状況に重ね合わせることで、近接他の地震との発生前後の関係性や他地域の大規模地震との発生間隔を見定め、そこから将来に起こるであろう地震活動を予測しようとする考えもある。

この考えに基づいて貞観地震前後に近接地と他地域で起こった主要な地震・噴火の災害を書き出してみると以下の通りだ。貞観地震発生時は古代の平安時代、清和天皇の治世に当たる。

864年5月、富士山噴火
864年10月、阿蘇神霊地噴火
867年1月、豊後鶴見岳噴火、10月、阿蘇山噴火
868年7月、播磨地震、京都群発地震
869年5月、貞観地震(M8.7)※東日本大震災と酷似
869年7月、肥後地震、大和地震
874年3月、薩摩開聞岳噴火
878年9月、南関東大地震(M7.4)
880年11月、出雲地震(M7.0)
885年8月、薩摩開聞岳噴火
886年5月、伊豆新島噴火
887年7月、南海・東海連動地震(仁和地震)(M8.6)

東日本大震災の事後、「日本列島は静穏期からいよいよ地震活動期に入った」「歴史は繰り返す。東日本大震災と貞観地震との不気味な共通点」などと言う人は多い。「1000年に1度」の発生規模とされる東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震と貞観地震とが酷似していることから、約1100年前の平安時代の大規模地震発生パターンを今日の2000年代初頭に重ね合わせて、「869年・貞観地震(2011年・東日本大震災)→878年・南関東大震災(関東地方ないしは首都圏直下地震)→887年・南海・東海連動の仁和地震(南海トラフ地震)」の順番で今後、大規模災害が発生するという「地震予測」である。しかも、この順序での発生間隔をみると「関東地方ないしは首都圏直下地震は東日本大震災の9年後、さらに南海トラフ地震は関東地震の9年後」となる。

つまりは、貞観地震前後に近接地と他地域で起こった主要な地震災害の発生パターンを現代にそのままトレースして落とし込むと、「東日本大震災(2011年)後の10年間隔の目安で次に南関東大地震規模の大地震が関東で発生し、さらに関東大地震後の10年間隔の目安で次に南海トラフ地震が起きる」という「地震予測」である。この予測でいけば、2021年前後にまず関東地方で大地震が起き、さらに2031年前後に南海トラフ地震が発生するということになろうか。

私が本記事を書いているのは2020年8月である。今のところ関東地方や首都圏で甚大な被害を伴う大きな地震は発生していない。私は地震学の専門家ではないから、過去の貞観地震後の各地での地震発生パターンや発生間隔を現代の2000年代の東日本大震災後の状況に何のひねりもなく、そのまま安易に当てはめてよいのか分からないし、その「地震予測」なるものには与太話の「トンデモ地震予測」めいて多分に半信半疑である。とりあえず直近の2021年前後に本当に、以前の関東大震災(1923年、M8.3)クラスの大規模災害が関東地方ないしは首都圏にて発生するのか!?

さて岩波新書の赤、保立道久「歴史のなかの大地動乱」(2012年)は、その副題通り「奈良・平安の地震と天皇」について、歴史学者の著者が過去の文献史料から奈良・平安時代の古代日本の地震・噴火の災害の歴史を明らかにしようとするものだ。本書の読み所は少なくとも以下の3つあると思う。

(1)奈良・平安時代の地震、なかでも今日では東日本大震災との酷似が指摘される貞観地震・津波に明治・大正期の早くから着目し、その存在と解明に尽力した地震学者の今村明恒(1870─1948年)の先駆的業績や、8・9世紀の地震・噴火についての基礎的な歴史地震研究をなした山本武夫ら、歴史的アプローチからの地震の研究史に触れている。(2)奈良・平安時代の地震・噴火について、文献史料を実際に引用して個々の災害事項の詳細を解説している。各章冒頭に7世紀から9世紀にかけての世紀別の災害年表が掲載されている。(3)奈良・平安時代の地震・噴火に対し当時の為政者ら、つまりは天皇や貴族が、天災の頻発を天地の神の意向や個人の怨念・祟(たた)りに結びつけて理解し、天災調伏や災害からの復興を祈りや祭りの宗教儀式に託していたことが明らかにされている。

岩波新書「歴史のなかの大地動乱」は、東日本大震災が発生した2011年のわずか1年後の2012年が初版である。私は、初版の2012年の比較的早い時期に本書を手に取り読んだ。当時は東日本大震災での地震・津波の深刻な被害を受けて、同じ発生メカニズムとされる約1100年前の貞観地震に人々の関心注目が集まり、それについて皆が詳しく知りたいと思っていた。まさにその時期に日本古代の奈良・平安時代の地震・噴火の災害に関する書籍を出すという大震災の1年後の非常に時宜を得た絶妙なタイミングでの出版となっており、本書執筆の著者ならびに本書を企画進行した岩波新書編集部の担当者は実に優秀な人達だ、と本新書初読時に私は思った。

「奈良・平安の世を襲った大地の動乱。それは、地震活動期にある現在の日本列島を彷彿(ほうふつ)させる。貞観津波、富士山噴火、南海・東海地震、阿蘇山噴火…。相次ぐ自然の災厄に、時の天皇たちは何を見たか。未曾有(みぞう)の危機を、人びとはどう乗り越えようとしたか。地震・噴火と日本人との関わりを考える、歴史学からの新しい試み」(表紙カバー裏解説)