アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(118)井上光貞「日本国家の起源」

日本古代史の研究者はプロ野球の打者に似ている。日本古代史には文献文字の歴史史料はわずかであり、考古学的遺跡や遺物から知られることも少なく、どんなに優れた研究者でも、せいぜい3割か4割程度の解明をなし得れば上出来であり、優秀な研究者といえるからだ。

野球をよく知らない人は、プロの野球選手ならば10回打席に立って7回か8回くらいは打てそうに思えるかもしれないが、実際にプロ野球選手でシーズン中に3割、つまりは10回打席に立って3回打てればかなり優秀である。シーズンを通して4割打って成績確保できれば奇跡に近い。事実、シーズン通算で4割確保の強打者などほとんどおらず、2割程度の打率の選手でもプロでは通用する。

日本近世史や日本近代史にて文献史料が出揃(でそろ)っている頂点思想家の著作を全て読んで、自分としてはだいたい7割か8割は読み切れた、構造的に全体を読み尽くして、かの思想家の歴史的画期も時代の限界性も見切れた、ゆえに先行研究も批判的に読み込める場合はよくあるが、日本古代史研究に関しては、そうはいかない。せいぜいよくて3割か4割の明確さの達成具合である。また日本古代史では先行研究批判や論争も、皆が確固たる決定的実証を手にしているわけではないから、各人各説が入り乱れ明白な結論には至らずに終わる曖昧(あいまい)な後味が毎回、残る。「日本古代史研究の曖昧さの後味」については、例えば昔から有名で未解決な邪馬台国の所在地をめぐる「邪馬台国論争」を考えてみるとよい。邪馬台国の所在については畿内説と北九州説の双方にて、いまだ決定打の決着はつかないのである。

岩波新書の青、井上光貞「日本国家の起源」(1960年)もそうだ。本書は、タイトル通り「日本国家の起源」に関して日本古代史の観点から様々な学説や各論を取り上げ論述してはいるけれど、最終的な結論の決め手は、そうはっきりと明確にはないのであった。この辺りの読み味が「やはり日本古代史研究だ」と妙に私は納得し合点(がてん)してしまう。

「日本国家の起源については、今日なお幾多の解明されるべき問題が残されている。本書は、これまでの歴史学の成果を検討しながら、日本に唯一の統一組織が成立した時期、その経過を描き、さらに国家統一をうながしたものは何であったかを追求、『日本に英雄時代はあったか』『国土統一者は征服王朝か』など、本質的問題に鋭い考察を加える」(表紙カバー裏解説)

さらに著者は「まえがき」にて、次のようにもいう。

「記紀(古事記・日本書紀)が天皇制を神聖視して国家の起源をえがいたということは、君権を絶対化した明治の政治家にとって都合のよいことであった。かれらは学者の明らかにしてきた国家起源の真実を、できるだけ隠蔽しようとした。まして軍国主義の嵐が吹きまくる段階になると、明治の人たちさえ思いもよらなかった記紀の聖典化がおこなわれるようになった。神話や伝説が史実だと教えこむほど非科学的かつ滑稽なことはなかったはずなのに、考古学や人類学の本当の成果は教場では教えられなかった」

1960年に出版された井上光貞「日本国家の起源」は、戦前日本の古代史「研究」に対する、こうした痛烈な問題意識と強烈な批判意識に支えられ執筆されている。すなわち本書は、その時々の国家の為政者らにとって都合のよい愛国の国家の神聖化で日本国礼賛(らいさん)の政治的意図に基づく日本古代史研究(かつての国体論や皇国史観)から明確に脱するものである。そのためには、「日本国家の起源を探る唯一の道は、考古学・人類学・神話学・民族学などの成果をできるかぎり摂取して、記紀の神話や伝説の中から、史実を探りだすという、昔ながらの方法しかない」と著者はいう。そして本書「日本国家の起源」について、「国家の起源はどんな民族の場合でも、それほどはっきりしたことはわからないものであるが、こんにちの学界ではどこまでそれを解明してきているだろうか、学説の分岐点はどこにあるのであろうか。著者は、それをできるだけ包括的、かつ体系的に紹介してみようと思った。これが本書の述作のねらいである」と著者の井上光貞はいうのだ。

岩波新書「日本国家の起源」は前後の二つの篇からなる。まず「前篇・国土統一の過程」では、何よりも邪馬台国に関する主な記述の章「一・中国史書からみた日本」が読んで面白い。1960年代当時での邪馬台国に関する研究の最新成果や今後の課題の子細を網羅的にまとめている。図表や史料の掲載も多く、邪馬台国研究の当時の現状が非常に分かりやすい。続く「二・記紀の伝承は信じられるか」での古事記と日本書紀への史料批判も、その批判的な日本史研究の姿勢が私には興味深い。

次に「後篇・二つの国家起源論」では、「日本国家の起源」に関し二つの所論を取り上げ検討している。一つは、共同体の中から自生的に階級(「英雄」である支配者)が出現し、やがては統一的国家を形成するという階級国家論を前提としたもので、いわゆる「英雄時代論」である。もう一つは、階級国家論ではなくて、農業民族それ自体は国家を形成する必然性を持たないことから民族移動の結果、遊牧民族が農業民族を征服することによって初めて国家が成立したとする征服国家論たる、いわゆる「騎馬民族説」である。

ただ本書にて著者も述べているように、「階級国家論といい、征服国家論といい、国家の起源を論ずる大変重要な学説であることはいうまでもない。…しかし実のところ、この二つは、いわば仮説の域をでないものである。だから、いわゆる実証史家の中に、このような仮説に見向きもしない人々が少なくないこともいわれのないことではない」。

結局は文献史料や考古学的実証による決定的な裏付けの確証なく、どれほど精密に丁寧にやっても「日本国家の起源」についての「英雄時代論」と「騎馬民族説」の「二つの国家起源論」は仮説の域を出ないのであった。岩波新書の青、井上光貞「日本国家の起源」を読んで、「日本古代史では、どんなに優れた研究でも、せいぜい3割か4割程度の解明をなし得れば上出来であり優秀」という冒頭での感慨を私は新たにする次第である。