アメジローの岩波新書の書評(集成)

岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(292)小長谷正明「医学探偵の歴史事件簿」

先日、岩波新書の赤、小長谷正明「医学探偵の歴史事件簿」(2014年)を読んでみた。

「歴史上の人物の行動には病気が深く関わっていた。遺伝子鑑定や歴史記録の解読を通じて、その真相を推理する。病気持ちの大統領や独裁者、王様たちが歴史をどう変えたか。ツタンカーメンやロマノフ家の家系の事実とは?二・二六事件、第二次大戦末期の反乱事件などの歴史を変えた事件や、医学の革新者たちの逸話も紹介」(表紙カバー裏解説)

本書は、何よりも「医学探偵の歴史事件簿」という切り口のアイデアが優れている。病気と医学の観点から歴史上の人物や歴史的事件を推理して科学的に斬るというのが面白い。本新書は読者にもかなり好評で売れたに違いない。同じ著者による続編「医学探偵の歴史事件簿・ファイル2」(2015年)も後に出ている。

ただし一冊目の「医学探偵の歴史事件簿」に関する限り、あまりに多くの歴史上の人物や事件を雑多に次々に取り上げ過ぎて、実は本格的な病名の解明や死因の推理や斬新な新解釈を厳選してやるわけではないので、案外とりとめがない。一つのトピックに関し、数ページのわずかな記述しかなく内容が薄い。冒頭からアメリカ大統領ケネディの腰痛とか、レーガン大統領のアルツハイマー病とか、ナチスドイツのヒトラーのパーキンソン病とか次々に書いている。世界史だけではなく日本史に関するものもある。首相の浜口雄幸の東京駅での射殺未遂事件直後の輸血の裏話とか、源頼朝の落馬による死因の特定だとか。

どちらかと言えば「医学観点からする軽い歴史コラム集」のような感触であり、本書をして「医学探偵による歴史の本格推理」とまで行かないのが、内容に読みごたえがなく読んで正直つらい感じもする。

もともと「医学探偵の歴史事件簿」というのは、人文科学や社会科学の正統な歴史研究にはなり得ない。「学問としての歴史」ではない。こういうのは飲み屋で話して間違いなく盛り上がる必殺ネタの与太話のようなものでしかなく、話の内容もやがてはすぐに忘れてしまうが、その場では確実に皆が楽しんで盛り上がれる。岩波新書の赤、小長谷正明「医学探偵の歴史事件簿」も一読の間は、それなりに面白いけれど、ただそれだけの新書のように私には思えた。