アメジローの岩波新書の書評(集成)

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岩波新書の書評(475)原武史「『昭和天皇実録』を読む」(その1)

戦前、戦中、戦後の昭和天皇(天皇裕仁)のその時々の意思や発言や行動を知る重要な史料に、原田熊雄「西園寺公と政局」(1950年)と「木戸幸一日記」(1966年)と「昭和天皇独白録」(1946年作成、1990年公開)と「昭和天皇実録」(2014年)がある。これらが最重要の、いわゆる「一次史料」と呼ばれるものであり、世に多く出ている昭和天皇に関する研究や評伝を参照すると、ほとんどが前出の4つの基本史料に依拠して、そこから引用し書かれていることが分かる。ゆえに、とりあえず昭和天皇に関しては、これら基本の一次史料から順次当たるのが妥当である。

原田熊雄「西園寺公と政局」は、昭和天皇の実際の言動に関し、昔からある相当に定番な史料といえる。「西園寺公と政局」は、大正後期から昭和の太平洋戦争開戦の前まで元老であった西園寺公望の私設秘書を務めた原田熊雄による、元老側近の西園寺に仕えた原田を通しての、宮中での昭和天皇についての一般には知られざる貴重な証言である。本書は原田の口述であり、内容が詳細で信頼性がそこそこあるため、だいたいどの識者も昭和天皇に関しては「西園寺公と政局」からの引用とこの証言を元にした考察が多い。続く「木戸幸一日記」も、昭和天皇に関し昔から定番の基本の史料であって、「西園寺公と政局」と共によく引用される。木戸幸一は、明治の維新期に功労をなした木戸孝允の孫であり、西園寺公望が元老を退いた後、太平洋戦争開戦前から1945年の日本の敗戦まで内大臣として最も近くで昭和天皇を支えた人物であった。

「昭和天皇独白録」は、昭和天皇が戦前と戦中の出来事に関し敗戦後の1946年に側近に対して語った談話をまとめた記録である。「独白録」は、外務省出身で当時宮内省御用掛として昭和天皇の通訳を務めていた寺崎英成により作成された。この「昭和天皇独白録」の存在が一般に明らかされたのは、昭和天皇没後の1990年であった。

「昭和天皇実録」は、宮内庁による公的な昭和天皇の伝記(「実録」)である。昭和天皇の生誕から死去までを年代順に記述している。「実録」は1990年より編纂(へんさん)が始まり、24年の歳月をかけて2014年に完成した。これまでの史料に比べて、「昭和天皇実録」は全19巻で一冊の総ページ数も多く、全冊を精読するのは相当に大変である。既出の昭和天皇に関する信頼ある史料全てにほぼ触れる形で編年体で評伝記述されており、かなりの分量の詳細なものとなる。またこの「実録」で初めて明らかにされた昭和天皇に関する秘話も多い。私は「昭和天皇実録」全巻だけは所有していない。他の「昭和天皇独白録」らは所蔵して時折、目的もなくパラパラ読んでいるのだが。「昭和天皇実録」は冊数多く、しかもなかなかの高価であるので「実録」は地域の公立図書館で日常的によく借りている。

これら昭和天皇に関する基本の史料は天皇に深く関係し、また当時、昭和天皇の近くにいた人達により書かれた(語られた)公的文書と私的な日記であるから、それら書かれた人の立場から当然に加わる、それぞれの偏向(バイアス)も考慮して、あくまで書かれたものをそのまま鵜呑(うの)みにせず、時に醒(さ)めた意識で批判的に読んで処していくことも必要であろう。

「西園寺公と政局」と「木戸幸一日記」は、昭和天皇側近の西園寺公望の私設秘書の原田熊雄への聞き書きと、日米開戦から敗戦までの時期に内大臣を務めた木戸幸一の日記である。彼らは天皇の側にいて内閣製造の組閣の奏薦をやり、やたら戦争をしたがる軍部への対抗をなして戦争遂行には消極的であった勢力であり、一般にいう「宮中リベラル」であるから、「西園寺公と政局」「木戸幸一日記」では、開戦や戦線拡大を常に主張する強硬外交の帝国陸海軍、その他、枢密院や外務省らの好戦的な人達は割合厳しく痛烈に書かれている。その反面、昭和天皇と天皇の近くにいた元老や侍従ら自分たち宮中の人間に関しては良イメージで肯定的に書く傾向が強い。

「昭和天皇独白録」は、外務省出身の経歴を持ち昭和天皇の通訳を務めていた寺崎英成によるその作成過程からして、この「独白録」は敗戦直後、東京裁判開廷前に戦勝国のアメリカ側に提出されている。つまりは「昭和天皇独白録」とは、極東国際軍事裁判(東京裁判)で天皇が戦犯として訴追される可能性を懸念し、天皇の戦犯追及をかわす免責を狙ってGHQに提出することを念頭においた「弁明書」であるため、昭和天皇への戦争責任追及を回避するような、戦時に天皇は開戦や戦争継続には何ら主体的に深く関与していないことを暗に強調する故意のアリバイ作り的な「独白」記述に最初からなっている。「昭和天皇独白録」を読む際には、この点に留意して、ある程度は批判的に読む意識が必要だ。

「昭和天皇実録」は、宮内庁により編纂された生誕から死去までの昭和天皇の伝記(「実録」)であり、評伝の決定版で集大成のような記録である。宮内庁書陵部により公的に編纂され、しかも多人数が執筆に携わっているため、先の「木戸幸一日記」や「昭和天皇独白録」の一人のみの記述・語りとは異なり、私的な推測や個人的感情記載の面は少ない。「実録」は、昭和天皇に関する公式記録の「正史」として後々の時代にまで残り、末永く多くの人々に読まれることを意識して慎重に記述されている。「昭和天皇実録」には、確かに天皇の病歴や学業成績ら私的(プライベート)なことは書かれていない。かつ兄弟の秩父宮や高松宮との衝突・不和の事柄や、戦時に昭和天皇自身が戦争に前のめりになっている好戦的言動の詳細や、天皇が戦争遂行に走る軍部の暴走をもはや止めることができず、統帥権を有する「大元帥」としての天皇の無力さや立憲君主としての機能不全の実際を、他史料とは異なり、なるべく抑(おさ)えて書こうとするフシが宮内庁公式の「昭和天皇実録」を読んで私には一貫して感じられた。「昭和天皇実録」には天皇に対しての厳しい評価記載をあらかじめ周到に回避するような、官製の顕彰的評伝記述に徹する傾向が確かにある。

さて近年の岩波新書にて、昭和天皇の史料刊行に関連してその都度、出された書籍といえば、1990年に初めて公開された「昭和天皇独白録」を受けてのそれへの読み込みと検証である吉田裕「昭和天皇の終戦史」(1992年)、そして2014年の「昭和天皇実録」の完成を受けての読み込みと解説である原武史「『昭和天皇実録』を読む」(2015年)があった。

それぞれの新書の概要について、吉田裕「昭和天皇の終戦史」は、

「戦争責任ははたして軍部だけにあったのか?天皇と側近たちの『国体護持』のシナリオとは何であったか?近年、社会的反響を呼んだ『昭和天皇独白録』を徹底的に検証し、また東京裁判・国際検察局の尋問調書など膨大な史料を調査・検討した著者は、水面下で錯綜しつつ展開された、終戦工作の全容を初めて浮き彫りにする」(表紙カバー裏解説)

また原武史「『昭和天皇実録』を読む」は、

「昭和天皇の生誕から死去までを年代順に記述した『昭和天皇実録』。その細部を丁寧に読みこむと、これまで見えてこなかった『お濠の内側』における天皇の生活様態が明らかになってくる。祭祀への姿勢、母との確執、戦争責任と退位問題、キリスト教への接近…天皇と『神』との関係に注目し昭和史・昭和天皇像を刷新する」(表紙カバー裏解説)

となっている。

「昭和天皇独白録」と「昭和天皇実録」の近年に公開・完成の史料伝記を読む前後で、これら二冊の昭和天皇に関する岩波新書を読んでおくのは誠に有益である。「昭和天皇と戦争」を柱とする昭和史に対するより深い理解の助けになるだろう。