アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(63)清水幾太郎「愛国心」

岩波新書の赤「岩波新書で『戦後』をよむ」(2015年)は面白い。本書は「戦後」に出された既刊の岩波新書から21冊を厳選し、三人の識者が座談形式で読み解いて、日本の「戦後70年」の内実を問う趣向の合評座談の新書である。

討論座談の参加者に小森陽一(日本近代文学、1953年生まれ)、成田龍一(歴史学・近代日本史、1951年生まれ)、本田由紀(教育社会学、1964年生まれ)の三人を配する。特に最年少で紅一点の本田由紀がよいと思う。本田は私よりも歳上で、目上の人に対して失礼で申し訳ないが、この人は精神的に若い。まるで勉強し始めの20代の大学院生のような若々しい性急な精神的雰囲気の人だ。現在の日本の「戦後」社会への批判意識が強烈で生々し過ぎるため、過去の岩波新書の各書に対しても、それが執筆された時代状況や著者の性格資質の持ち味をほとんど勘案せず、書評批判が超越的で読みがインスタントで外在的過ぎるのだ。つまりは時代や著者に即して、それらを考慮した内在的読みになっていない。

本新書の座談にて議論となる「戦後」の岩波新書に対し、だいたいいつも最年少の本田が今回改めて読み返して、もしくは初めて読んでみて「ぬるい」「面白くない」「よんでいて非常につらい」と超越的に批判して痛烈に新書を斬る。すると本田より10歳以上年上の成田が「厳しいですね」「それは厳しい問いであり、鋭い指摘ですね(笑)」「大変手厳しい議論でしたが」と多少たじろいで、それから本田の意見に賛同を見せて議題の新書の問題点や時代の限界性をさらに指摘して話を深めるか、もしくは本田の言葉とは距離を置いて本新書の時代的良さや他側面の読まれるべき点も他方で指摘し話を広げるかの、どちらかだ。そして、成田と同年代の小森は自身の発言以外にも司会者的に話の進行や座談での各人発言の振り割りに努めて、より冷静な立論にて毎回議論を進めてまとめる。

「岩波新書で『戦後』をよむ」を通読して全体的に分かるのは、自社の過去新書を改めて読み返し、それへの議論を新たに新書にまとめる今回の試みにあたり、企画進行の岩波新書編集部が「過去の自社新書を再発掘して再度ほめ称(たた)えるような自画自賛的座談の醜態にならないように」の一本筋を通したい相当に強い思いがあって、その線から一貫して書籍を作ろうとしている所だ。そうした編集部の思いは完成した本新書を一読して見事に成功していると思う。そして、それは座談メンバーに、時に感情的な価値判断を前面に出して過去新書を斬りまくる本田由紀を人選した編集部の、あらかじめの計算の勝利だといえる。小森陽一も成田龍一も相当にデキる人達で座談慣れしており、現在では「座談の名手」といってよい人達だとは思うが、本田のように年少で性急で精神的にやたら若い感情的な強い読みを展開する人が参加していなければ本新書は、ここまで面白いものにはならなかったであろう。本田本人が岩波編集部から暗に期待された、感情的な価値判断から過去の岩波自社新書を斬って斬って斬りまくる自身の「斬り込み隊長」的な役割を本座談にて、どれほど自覚的にやっていたか分からないが、とりあえず「岩波新書で『戦後』を読む」では座談参加者の中で最年少で紅一点の本田由紀が特によいと私は思う。

本新書での「戦後」の岩波新書全21冊の内の最初の一冊は、清水幾太郎「愛国心」(1950年)である。清水「愛国心」に対しても本田由紀は、相変わらず手厳しい。例えば本書にての以下のような本田と成田のやりとりだ。

「本田─私もこの新書は非常に『教科書的』に見えたんです。つまり、『面白くない』ということですけれども。もうわかっていることを、なぜこんなに抽象度を高めて論じる必要があるのかが、私にはよくわかりませんでした。九0年代の国民国家論など、その後の議論を私たちがすでに経てきているから、そう感じるのかもしれないのですが。これは当時としては新鮮な本だったのでしょうか?
成田─それは厳しい問いであり、鋭い指摘ですね(笑)」

他の人が書く書評や文芸批評を読むのは実に面白いとつくづく感じる。同じ内容の書籍を読んでいても読む人によって感じ方の幅や読みの深さが全く異なり、「いや私は全くそのように思わないよ」とか「なるほど、そういった読みも可能であるな」といったことを他者の書評や批評を通して改めて思い知らされるからだ。岩波新書の青、清水幾太郎「愛国心」は私は昔から知っていて何度か読み返していた。だが、本田のように「もうわかっていることを、なぜこんなに抽象度を高めて論じる必要があるのか。この新書は非常に『教科書的』に見えた。つまりは『面白くない』」とは一度も考えたことはなかった。むしろ、逆にこれほどまでに抽象度を高めて高踏的で啓蒙的に「愛国心」をわざと教科書的に論じる「愛国心とは何か」の一般定義や西洋史における「愛国心の歴史」の由来概説から始める清水幾太郎が本新書で選択した手法を私は非常に高く買って評価し、内心ひそかに感心していたから。

清水が「愛国心」を問題にする際、本田が問題にしたような、そうした「教科書的な」抽象的論じ方の入り方をするのは「悔恨共同体」から一億総懺悔(ざんげ)的に「愛国心」が感情批判的に激しく語られて、「愛国心」そのものが安易に糾弾否定される戦後の思想的風潮からの回避の戦略が実はあったに違いない。だから、清水幾太郎は一過性の時事論ではなく「愛国心」を抽象議論から原理や由来を押さえて、わざと迂遠に「教科書的に」高踏的に語るのだ。また敗戦後に初めて「学問の自由」が回復し、それまで国家や「愛国心」に関して理論的考察が出来なかった。戦前には天皇制国家の抑圧により「国体」(国家)が学問的な理論の考察対象とはなり得ず、日本には厳密な意味での政治学や歴史学の社会科学が成立していなかった。戦後、清水幾太郎らは何もない、そうしたゼロの地点から社会科学を始めなければならなかったのであり、例えば丸山眞男は「科学としての政治学」(1947年)を書き、大塚久雄は「近代的人間類型の創出」(1946年)を書いたというように、社会科学が未成立な敗戦時の戦後日本にて「愛国心」の考察も慎重を期して形式的で固い抽象度の高い「科学として」や「近代的」の「教科書的な」国民啓蒙的なものに最初はならざるを得ない。むしろ、そこに清水幾太郎の戦後の知識人としての誠実さを私は清水の岩波新書「愛国心」から以前に読み取っていたので、本田の発言には率直に「違う」と思えた。

社会科学が不在のゼロから始めざるを得なかった敗戦直後の時代状況を加味して過去の新書は内在的に読まれるべきだ。本田由紀という人は勉強し始めの大学院生のように性急で感情的で精神的に確かに若い。なるほど「九0年代の国民国家論など、その後の議論を私たちがすでに経てきているから、そう感じるのかもしれないのですが」と本田自身が述べているように、現代的立場からする現在日本の「戦後」社会への批判意識が強烈で生々し過ぎるため、過去の岩波新書に対してもそれが執筆された時代状況などをほとんど勘案せず、書評批判が超越的で読みがインスタントで深みがない、一方的過ぎると思う。

岩波新書の青、清水幾太郎「愛国心」は、第五章にあたる「愛国心の呪詛」の中の第一節「日本人の愛国心」にての清水の分析が特に優れている。本節の目次項目を書き出すと以下の通りだ。それら表題項目がそのまま「愛国心の呪詛」であり、戦前の「日本人の愛国心」の問題指摘になっている。

「陰鬱な温室、天皇崇拝、非寛容、孤忠と暴力、神の子、ラッパの音、悪魔と戦う苦行者、神道、個人の欠如、世界の欠如、合理化されぬ愛国心」

しかし他方で、清水の「愛国心」に問題があることも確かだ。清水幾太郎に関して、後に彼が「日本よ国家たれ・核の選択」(1980年)を書いて「転向」したことを私達は知っている。そこから逆算して、なぜ清水の戦後ナショナリズムがそうした核武装論の立場への「転向」を後に遂げたのか。敗戦直後の清水の「愛国心」や他の文章を読んで、後の「転向」に至る清水幾太郎の必然性の内的論理を押さえておくことも必要だ。「岩波新書で『戦後』をよむ」の中で指摘されているように、清水幾太郎「愛国心」に関して、それがアメリカ占領下の敗戦直後に書かれているが、アメリカの占領による戦争勝者の大国ナショナリズムを議論に乗せて、それに対し批判的なことを清水は何も言っていない。同様に、これは「岩波新書で『戦後』をよむ」にて触れられていないが、清水の「愛国心」の考察では戦前・戦時のアジアの近隣諸国やアジア・太平洋地域の人々に被害を加えた日本のナショナリズムの罪悪にも触れられていない。

このことは1990年代に展開された戦後日本の総括の「戦後民主主義批判」にてよく指摘されたことであるが、清水幾太郎らが志向する戦後日本のナショナリズムには、諸外国の加害者(アメリカ)や被害者(東アジア近隣諸国)の外部の他者がなぜか存在しないのだ。戦前の反省を踏まえ、常に一国の自国民だけの日本国内のみでの日本人にとっての合理的で健全な「愛国心」を志向するものであり、いわば「閉じたナショナリズム」の「戦後民主主義革命」なのであった。こうした面で、日本人以外の本当の意味での他者が不在な自国民中心主義の清水の「愛国心」も、ある意味では抽象度が故意に不自然なまでに高い「空理空論」であり「教科書的」とも読める。そこに「愛国」が核武装論と結合し、後に「転向」する清水幾太郎の「愛国心」の問題の萌芽を見切って彼の岩波新書「愛国心」を批判的に読むことは、今日では重要であるといえる。

(※岩波新書の青、清水幾太郎「愛国心」は近年、ちくま学芸文庫から改訂版(2013年)が復刻・復刊されています。)