アメジローの岩波新書の書評(集成)

岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(411)小林秀雄「無常という事」(その1)

(今回から3回連続で岩波新書ではない、小林秀雄「無常という事」について書いた読み解きの文章を例外的に「岩波新書の書評」ブログに載せます。念のため、小林秀雄「無常という事」は岩波新書には入っていません)

小林秀雄「無常という事」(1942年)に関し、「この作品は非常に短い文章で随筆・雑感の類であり、厳密な学術論文や評論ではないので、小林の明確な意見や主張はない」という趣旨のこと言う人が時々いる。しかし私が読む限り、「無常という事」には小林秀雄の強い考え、確固たる彼の主張がある。人間理解と歴史認識に対する小林の痛切な主張があって、「無常という事」は一見、随筆や雑感風な短文であるにもかかわらず、読み終わると「いかにも小林秀雄らしい、まさに小林秀雄的な、小林秀雄の思想が満載だ。いつも通りの相変わらずの小林節が全開だな」と私は思う。そういったわけで以下、小林秀雄「無常という事」の読み解きをやってみる。読み方の方法論としては、強い価値判断を有するキーワードとなる言葉を漏(も)らさず拾い上げ、言い換えと語句や意味の対立構造を丁寧に押さえていくに尽きる。

まずは、書き出しの「一言芳談抄」からの引用、「生死無常の有様を思ふに、此世のことはとてもかくても候。なう後世をたすけ給へと申すなり」。小林が比叡山を、ぼんやりうろついてるとき、「突然、この短文が、…心に浮び、文の節々が…心に沁み渡った」。その短文が「一種の名文と思われる…自分を動かした美しさ」であり、「美学の萌芽とも呼ぶべき状態」であった。では、そういう「自分を動かした美しさ」の「美学の萌芽」とは何か。小林は自身が美を感受した時のことを振り返り述べる。「僕は、ただある充ち足りた時間があったことを思い出しているだけだ。自分が生きている証拠だけが充満し、その一つ一つがはっきりとわかっている様な時間が」。

要するに「一言芳談抄」の文=「美しい」=「充ち足りた時間・自分が生きている証拠が充満」である。生きている人間が時に思い出し強く自覚する満ち足りて濃縮された時間、自身の生の充満、それがすなわち「美学の萌芽」である。

それから次は「歴史」の話に移る。「歴史の新しい見方とか新しい解釈とかいう思想からはっきりと逃れる…そういう思想は、魅力ある…ものを備えて、僕を襲った」。「歴史というものは、…新しい解釈なぞでびくともするものではない、そんなものにしてやられる様な脆弱なものではない」。「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい、これが宣長の抱いた一番強い思想だ」。ここで「歴史」に対する、二つの異なった対立する立場が出てくる。まずは「歴史の新しいとか新しい見方とか解釈とか(を後の人が加えると)いう思想」。他方、本来・歴史は「新しい解釈なぞでびくともするものではない」から、軽々に歴史を解釈すべきでないとする立場だ。

小林秀雄においては、「歴史の新しい見方とか解釈とかいう思想からはっきりと逃れる」考えが「魅力を備えて僕を襲った」のであり、また「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい…そういう事をいよいよ合点して、歴史はいよいよ美しく感じられた」のだから、明らかに彼の立場は後者の「軽々しく歴史を解釈してはいけない」のそれである。小林によれば、「歴史」は「美しい」ものであって、本来の「美しい歴史」は後の人から易々と解釈されるような、そんな解釈されることを許すような「脆弱なものではない」はずだと。

次いで小林が川端康成に喋ったことの話に移る。ここでも対立構造がある。「生きている人間」は「何を考えているか何を言い出すのやら、仕出かすのやら…解った例がない。生きている人間は、人間になりつつある一種の動物」でしかない。他方、「死んでしまった人間」は「はっきりとしっかりして来ている…まさに人間の形をしている」。そして、以下が小林秀雄の主張である。「無常という事」の中での小林の強い意見であり、最初の重要な読み所だ。

「思い出が、僕等を一種の動物である事から救うのだ。記憶するだけではいけないのだろう。思い出さなくてはいけないのだろう。多くの歴史家が、一種の動物に止まるのは、頭を記憶で一杯にしているので、心を虚しくして思い出す事が出来ないからではあるまいか」

ここで小林は「記憶する」のではなく、「心を虚しくして思い出さなくてはいけない」と述べている。加えて、「上手に思い出す事は非常に難しい」とも。この「思い出」とか「上手に思い出す事」とは何なのか。実はその内容こそが、これまで小林が前述にて、せっせと書き連ねて説明し準備してきたことなのだ。つまりは「上手に思い出す事」とは、先の「一言芳談抄」の文の小林自身の経験にあるような、歴史の中の人々が自分が生きている証拠となる充ち足りた時間を過ごし、生の充満を持って生きていた、そういった人間の美の萌芽を歴史の中に感じとることであるのだ。同時にそれは新しい見方や解釈を歴史に加えず、それら解釈を拒絶して動じない歴史の美しさを体現させることだ。なぜなら、比叡山をぼんやりうろついていた時、小林に「突然あの短文が心に浮かび、文の節々が心に沁みわたった」のは、まさに「上手に思い出す事」を自分ができたと感じた、彼にとっての貴重な経験であったからに他ならない。この点について実は、すでに前半の部分で小林は「あの時は、実に巧みに思い出していたのではなかったか。何を。鎌倉時代をか。そうかも知れぬ。そんな気もする」と述べている。後の主張文にて出てくる「上手に思い出す」の言い換え「実に巧みに思い出していた」という語をあらかじめ、そのものズバリ何気に用いている。

また「上手に思い出す事」の思い出すは、過去に対する知覚思弁の行為で、つまりは「歴史」に関することだから、同様に前述の「解釈を拒絶して動じないものだけが美しい」云々の、「歴史」に対する小林の考えも「上手に思い出すこと」の内容に繰り込んでやらなければならない。

以上、「上手に思い出す事」は「人間の生の充満の美」と「歴史の解釈拒絶の美」である二つの内容を押さえ、本文中の重要語句を書き抜いて、「無常という事」で小林秀雄が言いたかったこと、読者に伝えたかった主張・意見は、まず以下のようにまとめることができる。

「私たちは、歴史に対し、現代の立場から新しい見方や解釈を加えず、当時の人々が生きていた証拠、充ち足りた時間を過ごした生の充満という人間の美しさを、心虚しくして無心になって歴史の中から感じとるべきだ。そこに後の時代の人からの解釈を拒絶して、動じない歴史の美しさがある」─(A)

ここでの小林の主張を仮に(A)としておこう。そして「無常という事」の内容読み解きの読解は、さらに次回へ続く。