アメジローの岩波新書の書評(集成)

岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(165)河野健二「現代史の幕あけ ヨーロッパ1848年」

私は学校を卒業して学生でなくなった後にも、世界史論述の大学入試過去問を遊びで解いていたことがあった。その際、世界史論述対策の問題集にて定番でどの大学受験参考書にも掲載されていたのが、いわゆる「世界史上の1848年」問題であった。あまりに定番問題として一時期、頻繁に出回りよく扱われていたため、近年の大学入試では「世界史上の1848年」論述は忌避され、ほとんど出題されないようではあるが。

「世界史上の1848年」論述とは、1848年に起きたフランス二月革命がヨーロッパの周辺諸国に及ぼした革命余波を「諸国民の春」として、各国別に樹形図のように書き入れる型の論述だ。すなわち、「フランス二月革命(起点)─プロイセン三月革命、オーストリア三月革命、イタリアの対オーストリア宣戦、ポーランドのポズナニで独立蜂起、ベーメン自治政府の樹立、ハンガリー革命、イギリスにてチャーティスト運動の高揚、マルクス『共産党宣言』の刊行、アイルランドのダブリン蜂起(影響)」の構図にて文章化し書き抜けばよいわけである。

岩波新書の黄、河野健二「現代史の幕あけ・ヨーロッパ1848年」(1982年)は、そうした「世界史上の1848年」の論述の元ネタとなるような啓蒙的新書である。よって現在、世界史を学習している高校生や大学受験生が本新書を読むと大変に参考になるに違いない。事実、河野健二「現代史の幕あけ・ヨーロッパ1848年」は、名著な岩波新書として昔から若い読者に推薦されることが多い。また、専門の社会科学の研究論文や書籍にても参考文献として本書が挙げられているのをよく見かける。

ところで本新書のタイトルは、なぜ「現代史の幕あけ」なのだろうか。それは本論にて焦点となっているフランス二月革命の1848年が、もはや一国史だけでは済まされない、ある国の国内革命の影響が隣国や周辺地域一帯に波及していく歴史の同時代性を体現した今日的な現代の世界史の始まり、まさに「現代史の幕あけ」に他ならないからである。革命の世界史的事件の熱が同時代的に周辺隣国に波及し、相互に影響しあう「現代史の幕あけ」時期が1848年のフランス二月革命の時点に求められるからであった。

著者は「あとがき」に次のように書いている。

「本書は一八四八年を扱う歴史書のようなものとなったが、私は歴史を書こうとしたのではなかった。私は一八四八年をクライマックスとして展開された種々の社会思想の競合と交錯のドラマをふりかえり、そこでの問題を現代の問題として受け取る視点を設定しようと試みた。つまり、それは思想史的観点から見た歴史ではあるが、本来の歴史からは外れたものでしかないだろう。『現代史の幕あけ』という題名も、そのことをいくらか示していると思う」

岩波新書の「現代史の幕あけ」には、今日の世界史に連なる歴史の概念要素が「ヨーロッパ1848年」の時点で既に出現し、ことごとく網羅されている。例えば民族、階級、ナショナリズム、食糧危機、不況と失業、チャーティズム、共和主義、社会主義、無政府主義などだ。ゆえに著者が「あとがき」にて述べたように、「一八四八年を単なる過去の完結した一時代の歴史としてではなくて、そこでの歴史の問題を現在も継続してある現代の問題として受け取る視点の大切さ」の趣旨を読み取り、民族や階級やナショナリズムらの世界史の問題を考えなければならない。そうした読みが求められる書籍である、岩波新書の黄、河野健二「現代史の幕あけ・ヨーロッパ1848年」は。