アメジローの岩波新書の書評(集成)

アメリカン・ショートヘアのアメジローです。岩波新書の書評が中心の教養読書ブログです。

岩波新書の書評(61)岩村三千夫「中国現代史」

欧米列強が中国に積極的に、より露骨に介入してくるようになるアヘン戦争あたりから中国近現代史が始まるとして、その「中国現代史」理解の要訣は、主要な歴史的人物と歴史的事件を出来るだけ書き出し、それら人物と事件とを必ずセットにして順々に時系列で話を組み立てる要領にてまとめていけば、とりあえずはよいに違いない。

例えば「アヘン戦争(林則徐、グラッドストン)─太平天国の乱(洪秀全、曾国藩、李鴻章)」というように。その上で「洋務運動─(日清戦争)─変法運動」の因果関係や「第一次国共合作と第二次国共合作」の対照相違など、昔から定番で正統な理解の仕方が中国近現代史のポイントがその都度いくつかあるはずで、それら定番図式を一つ一つ理解しつぶして覚えていけばよいのではないか。

岩波新書の青、岩村三千夫「中国現代史・改訂版」(1964年)は全くクセがなく妙な政治性や党派性の価値判断評価が入っていない、中国近現代の歴史の主要事項のみで概説する中国史概論のコンパクトな新書だ。昔の歴史研究の本は枝葉末節な細かな歴史の袋小路に入り込まず溺(おぼ)れずに、大きな視点から本質的に歴史の流れを太く捉える書きぶりが優れていて魅力的だと思える。確かに昨今の最新個別研究のように細々(こまごま)とした時代の詳細を詳述してはいないのだけれど、歴史の基本の筋を逃すことなく有機的に描き切れている気がする。そうした意味で、この岩波新書「中国現代史」も読後に何とも言えない爽快感のようなものが残る。

ただし、本新書は中国近現代の歴史を単に知りたい・学びたいだけの無難な「歴史教養主義」的動機からのみではなく、本書改訂版発行の1964年の時点での発展・台頭に伴う国連や各種国際会議での国際政治における中国の影響力の増大と中国評価の多様化を踏まえて、日本人の立場から近隣国・中国の出自を改めて知るという意味にて「中国現代史」を学ぶ姿勢である所が、また素晴らしい。

「社会主義圏内で中国の発言権がますますつよまると同時に、国連をはじめ、平和と軍縮に関係のある、すべての国際会議が、もはや中国の参加をみないでは、ほんとうの成果をあげにくくなったほど、国際政治の上でも中国の役割が日ましに重みをましている。だがその反面で、中ソ論争などをへて、全世界にわたって、中国に対する評価が多様化したことも、争えない事実である。このように、中国自体と中国をめぐる世界情勢のなかに、…全く次元の異なった様相が至るところにあらわれてきている。なかでも新中国の独自の歩みこそ、その焦点であろう。それに対する正確な理解がのぞましい。とすれば、中国現代史の発展過程を、いっそう深く探求する必要がおこっているものと、いわねばならない」(「まえがき」)

今日の中国に大国主義や覇権主義の高圧的ナショナリズムを読み込んで中国を悪く言い募(つの)ることは比較的たやすい。むしろ安易すぎる。それ以前に中国近現代史を学んで、「なぜ中国が今のような頑(かたく)なな帝国主義的国家になってしまったのか」を考えるべきだ。中国近代史において、あそこまで日本を加えた欧米列強に中国本土が支配され蹂躙(じゅうりん)されていなければ、かつて諸外国から領土分割され帝国主義支配を受けたという屈辱のルサンチマン(怨念)に満ちた、現在のような逆上した高圧的な覇権国家の中国は成立しなかったのでは、と私には思える。

特に冷戦後の東アジア情勢は、欧米諸国と日本が中国に対する後先を考えずに奔放であった、かつての自分たちの中国に対する帝国主義的侵略行為の跳ね返り、過去よりの、いわば「世界史の負債」をいまだ各国ともに払わされ続けているような気がする。

私は10代の頃に中国近現代史を初めて勉強して、その時に本新書での基本的な最低限の中国史の筋書きを学んだだけで「中国近現代史は面白い」と率直に思えた。孫文を抑えて自らが中華民国の大統領になった袁世凱の政治家としての駆け引きの手腕だとか、毛沢東の「三大規律」「八項注意」の紅軍組織の厳格さだとか、父・張作霖を爆殺された張学良の第二次国共合作における愛国義憤に痛く感心したのであった。

以前にロシア革命に関する概説書で、カー「ロシア革命」(1979年)という書籍があった。それを今の時代に改めて読み返してみると、そのままレーニンからスターリンまでの「ロシア革命」に関するクセのないフラットな入門書的概説本で、まるで現在の高校の世界史教科書のような基本事項を押さえたオーソドックスな論述で大したことはないのだけれど、しかしその書も含めて以前のカーによるロシア革命関連の一連の研究書籍は、ロシア革命の歴史的事実の基礎的事柄が、まだ世界的に詳細に知られていなかったであろう当時、画期的なものであったに違いない。

同様に中国近現代史についても、今では概説書も多く出されているし、高校の世界史教科書や大学受験参考書を読んでもそれなりに学べる。実は同じ岩波新書の中でも「中国近現代史」に関する類書は重複して後にいくつも出されている。だが、岩村三千夫「中国現代史」は、この書物を介して中国近現代の基本の流れを勉強して初めて知った時の自身の喜びの感情記憶があり、ずっと手応えとして自分の中に残っていて何だか手離せない、今でも時々読み返したくなる岩波新書の昔の青版なのである。